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或る嵐の晩、資産家の男性が、自宅で命を落とす。死因は、愛車のエンジンの不完全燃焼による一酸化炭素中毒。容疑者として浮かんだ被害者の甥、日高英之(ひだか ひでゆき)の自白で、事件は解決に向かうと思われたが、其れは15年前の殺人事件に端を発する壮大な復讐劇の始まりだった。警察・検察、15年前の事件の弁護も担当した弁護士・本郷誠(ほんごう まこと)、事件調査を請け負う垂水謙介(たるみ けんすけ)、英之の恋人・大政千春(おおまさ ちはる)。其れ其れの思惑が絡み合い、事件は意外な方向に二転三転して行く。
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貴志祐介氏の小説「兎は薄氷に駆ける」は、「15年前、軽度の障害を持つ父・平沼康信(ひらぬま やすのぶ)が殺人容疑で逮捕され、そして、収監中に死亡。」という過去を持つ日高英之を、何とか救おうとする3人の人物が主人公。「康信は人権を無視した警察の過酷な取り調べにより、虚偽の自白をさせられた挙句、収監中に死亡した。」という疑いが強く、又、「そんな父の名誉を回復したい。」と考える英之も、叔父殺しの容疑で逮捕されてしまうのだが、其の自白には人権を無視した警察の過酷な取り調べが存在。「此奴が犯人だ!」という決め付け在りきで事を進める警察及び検察。そういうスタンスにより、生み出されてしまい兼ねない冤罪をテーマにした作品で在る。
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・そもそも、殺人の被害者や遺族にすれば、殺人者が責任能力の有無によって減刑されたり、無罪になったりするのは、理不尽極まりない制度に映っているはずだ。心神喪失、心神耗弱は、飲酒や薬物によるものも含まれるが、自分の意思で、酒を飲んだり薬物を摂取しているのに、それで罪が免じられるというのは、とうてい納得がいかないだろう。
・「質問を変えましょうか。指紋というのは、一般に、どの程度の期間保つものなんでしょうか?」。「それは、条件によって違います。」。長谷部(はせべ)は、正確を期そうとしているように証言台のマイクを口に近づけた。「まず、指紋が付着している素材によって、検出が可能な期間は大幅に変わってきますので。指紋が最もよく保たれるのは紙で、ふつう、二、三年は検出できます。保存状態が良ければ、十年前の指紋でも採れる場合があります。」。(中略)「一般的な硬質の素材、ガラス、鉄、プラスチックなどでは、通常二、三ヶ月は残っています。ただし、屋外の場合は、風雨にさらされたり、紫外線によって分解されたりするので、ずっと短くなります。」。
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貴志氏は1996年、「十三番目の人格 ISOLA」で文壇デビュー。此の作品はミステリー型のホラー小説に分類されるが、以降、彼は此の手の作品“も”十八番としている。「兎は薄氷に駆ける」の帯には「此れぞ現代の“リアル・ホラー”」という惹句が記されており、矢張りミステリー型のホラー小説という事になろう。
読み進めて行くと、どんどん不快感が増して行く。「人権等を一切無視した取り調べを行う警察。」や「流れ作業での処理に腐心する検察」の姿等がそうさせるのだけれど、後半に入って行くに連れ、他の者達の言動も不快感を増させる。“狂気に支配された者達の言動”というのは警察や検察の人間にも見られたが、後半で明らかとなる“彼等”の其れは度を越している。唯々不気味で、そういう意味では“リアル・ホラー”なのかも。
ミステリーの醍醐味の1つは、「どんでん返しにより、予想を超えた意外性を堪能出来る事。」だと思っている。「兎は薄氷に駆ける」でも、“一応は”どんでん返しが設けられているけれど、多くの読者に「思ってた通りじゃないか。」と思わせるで在ろう結末なので、意外性が全く無い。残るのは不快感だけ。貴志作品が好きな自分は、大いに失望させられた。
総合評価は、星2.5個とする。