ば○こう○ちの納得いかないコーナー

「世の中の不条理な出来事」に吼えるブログ。(映画及び小説の評価は、「星5つ」を最高と定義。)

「スピノザの診察室」

2024年01月14日 | 書籍関連

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雄町哲郎(おまち てつろう)は、京都の町中の地域病院で働く内科で在る。30代の後半に差し掛かった時、最愛の妹が若くして此の世を去り、 1人残されたの龍之介(りゅうのすけ)と暮らすに、其の職を得たが、嘗て大学病院で数々の難手術を成功させ、将来を嘱望された凄腕医師だった。哲郎の医師としての力量惚れ込んでいた大学准教授の花垣辰雄(はながきたつお)は、愛弟子の南茉莉(みなみ まつり)を研修称して、哲郎のに送り込むが・・・。
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現役の医師・夏川草介氏は、「『神様のカルテ』シリーズ」で知られる、売れっ子の小説家でも在る。「医師になって20年が過ぎたという彼が、医療現場でずっと見詰めて来た人の命の在り方に付いて、彼なりに丁寧に描いた。」というのが、今回読んだ「スピノザの診察室」。

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バールーフ・デ・スピノザ(1632年~1677年):オランダ哲学者レンズ磨きを生業の1つとし、思索執筆専念する。人間の行動と感情を嘆かず笑わず嘲らず、只管理解し様と努めたヨーロッパ哲学思想史に於て、常に重要な位置を占め、独自の魅力を放ち続けている。著書に「エチカ」や「知性改善論」等が在る。
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医師の役割とは何か?「病気を治す事」というのは当然だが、中には「現代医学では治す事が出来ず、死に向かって行くだけの病気。」という物も世の中には存在し、其の場合は「如何に患者を安らかに過ごさせ、そして死を迎えさせる。」というのも、医師の役割となる事も。前者の役割が「最先端医療」、後者は「終末医療」に関わる事と言って良い。

「スピノザの診察室」の主人公・雄町哲郎、通称“マチ先生”は、京都の町中の地域病院で働く内科医で在る。彼は最先端医療に関わると同時に、終末医療にも関わっている相反するとも思える役割を、一見“ふわっとした感じ”の彼が熟せるのには、医師として卓抜した技量胆力有している事に加え、「最愛の妹を若くして病で失った。」という“経験”が大きい。「シングル・マザーとして、1人息子を残した、旅立たなければならなかった妹の無念さ。」を痛い程理解している彼だからこそ、「死に向かって行かざるをない患者ならば、無理無理に生かせる事では無く、如何に安らかに過ごして行けるかに注力したい。」という思いになるのは当然の事だろう。

そんなマチ先生の人柄に、多くの人が惹かれて行く。彼の先輩で在り、大学准教授の花垣辰雄もそんな1人で、2人の“距離感”がとても良い。又、妹の遺児・龍之介との関係性も、じーんと来る物が在る。

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・人が死ぬということは、大変なことである。生から死への移行は、どうしても苦痛の谷を越えなければいけない。例外は在るが、多くがそうである。医学が発達している今、痛みや吐き気をとる薬もたくさんの選択肢がある。薬が飲めないなら、点滴があり、点滴がとれないなら、貼り薬もある。けれども、『薬をうまく使えば、最後の時間も楽に過ごせる。』という考えは、まだまだ幻想にすぎない。薬に対する患者の反応は千差万別で、驚くほど医者の思い通りにはならず、よかれと思ってモルヒネを増やして、あっという間に呼吸が止まることさえ哲郎は経験している。そして薬の増量とともに患者が急変した場合、医療者はもとより残された家族の心にも後悔自責が残ることが少なくない

大学医局という組織の最大の特徴は、その強固ヒエラルキーにあると言って良いだろう。教授、准教授、講師助教から、医員研修医大学院生へと連なる身分制度は、一見、一般企業にも見られる様々な肩書きを塗り替えただけに見えるだろうが、そうではない。この制度は、医師というだけですでに一定以上の影響力を有している人々の行動を明確に制限し、彼らを統率するための巧妙統治システムを成立させている。要するに、ヒエラルキーがもたらす権力の差は、一般企業よりはるかに大きい。頂点に立つ教授の持つ力は、中世専制国家国王さながらに巨大なもので、中世と異なることがあるとすれば、下剋上が成立しないということくらいだろう。一度、教授になってしまえば、どれほど傑出した部下も警戒すべき競争相手にはなり得ない。教授が恐れる唯一無二天敵は「定年」の二字に尽きるのである。

・「間違えてはいけないよ、先生。医療がどれほど進歩しても、人間が強くなるわけじゃない。技術には、人の哀しみを克服する力はない。勇気や安心を、薬局で処方できるようになるわけでもない。そんなものを夢見ている間に、手元にあったはずの幸せはあっというまに世界に呑まれて消えていってしまう。私たちにできることは、もっと別のことなんだ。うまくは言えないけれど、きっとそれは・・・。」。哲郎は、また空を見上げる。暗闇で凍える隣人に、外套をかけてあげることなんだよ。
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4話から構成されており、何れも良いのだけれど、特に「第4話 秋」が強く印象に残った。哲郎を色んな意味で手子摺らせた老人・辻新次郎(つじ しんじろう)が孤独死した際、哲郎に遺した“書き置き”にぐっと来てしまったので。

患者の側からは窺い知れない、医師だからこそ“見える景色”という物が在るだろう。そんな景色をさらっと見せてくれる、夏川氏の筆力は見事だ。

総合評価は、星4つとする。


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