日本語文章論の文法解析である。
芝居をこしらえる方法がある
坂手洋二さんが教えてくれた
台本を孫が書いて祖父に送ってきた
祖父とその友人が読んで
せりふが続く
元の台本がひどければひどいほど、面白くなるかもしれない
文章の内容は、不出来な台本を劇にするという方法だ。
それを承けて、
それなりの俳句ができる
と、万能句に転じて、コピペの話題を述べようとする。
結びには、
自分が何をやったか
と触れて、
ひどい俳句をつくった方が、よほどましなのである
と言う。
こうしてみると、劇台本、万能句そしてコピペで、話題が及ぶのは世相の流行についてか。
中日春秋
2014年3月17日
> どんなに筋の通らない不出来な台本であっても、ちゃんとした一本の、しかも、それなりの芝居をこしらえる方法がある。劇作家の坂手洋二さんが教えてくれた
そのままの台本では芝居にはならない。そのひどい台本を孫が書いて祖父に送ってきた、という設定にする。祖父とその友人が読んで、けなしつつ、実際に演じてみせるという展開にすればどうか。「ひどいねえ」「ああ、ひどい台本だねえ」。そんなせりふが続く。どんな台本でも成立する。元の台本がひどければひどいほど、面白くなるかもしれない
もちろん、冗談だが、この話を聞いて思い出すのは「根岸の里のわび住まい」である。有名な「万能句」。この句の頭に季語を含んだどんな五文字を加えてもそれなりの俳句ができるという。例えば「うぐいすや」と加えてみる。不思議とそれらしく聞こえるのである
短歌でいえば「それにつけても金の欲しさよ」という下の句。戦国武将で歌にも通じた、細川幽斎の作ということになっている
長い歴史のある、「万能句」だが、実際のところ、これをコピー・アンド・ペースト(コピペ・切り貼り)して、俳句や短歌をこさえる人はあるまい。楽しくないし、創作の喜びとは無縁であろう
ばれなくても、自分が何をやったかはよく分かっている。苦しむ。ひどい俳句をつくった方が、よほどましなのである。
芝居をこしらえる方法がある
坂手洋二さんが教えてくれた
台本を孫が書いて祖父に送ってきた
祖父とその友人が読んで
せりふが続く
元の台本がひどければひどいほど、面白くなるかもしれない
文章の内容は、不出来な台本を劇にするという方法だ。
それを承けて、
それなりの俳句ができる
と、万能句に転じて、コピペの話題を述べようとする。
結びには、
自分が何をやったか
と触れて、
ひどい俳句をつくった方が、よほどましなのである
と言う。
こうしてみると、劇台本、万能句そしてコピペで、話題が及ぶのは世相の流行についてか。
中日春秋
2014年3月17日
> どんなに筋の通らない不出来な台本であっても、ちゃんとした一本の、しかも、それなりの芝居をこしらえる方法がある。劇作家の坂手洋二さんが教えてくれた
そのままの台本では芝居にはならない。そのひどい台本を孫が書いて祖父に送ってきた、という設定にする。祖父とその友人が読んで、けなしつつ、実際に演じてみせるという展開にすればどうか。「ひどいねえ」「ああ、ひどい台本だねえ」。そんなせりふが続く。どんな台本でも成立する。元の台本がひどければひどいほど、面白くなるかもしれない
もちろん、冗談だが、この話を聞いて思い出すのは「根岸の里のわび住まい」である。有名な「万能句」。この句の頭に季語を含んだどんな五文字を加えてもそれなりの俳句ができるという。例えば「うぐいすや」と加えてみる。不思議とそれらしく聞こえるのである
短歌でいえば「それにつけても金の欲しさよ」という下の句。戦国武将で歌にも通じた、細川幽斎の作ということになっている
長い歴史のある、「万能句」だが、実際のところ、これをコピー・アンド・ペースト(コピペ・切り貼り)して、俳句や短歌をこさえる人はあるまい。楽しくないし、創作の喜びとは無縁であろう
ばれなくても、自分が何をやったかはよく分かっている。苦しむ。ひどい俳句をつくった方が、よほどましなのである。