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源氏の物語 3 ものをかたる

2015-11-22 | 源氏のものがたり
源氏の物語りは文学である。物語文学として、この前も、この後にも、作品が、歌物語、伝奇物語、歴史物語、擬古物語、戦記物語、説話物語などとならぶ、作り物語といわれる源氏物語のその以前にも、その以後にも、日本文学の特徴に物語となるもので、源氏物語を超える作品はない。古典文学の最高峰にある。源氏物語が、ものがたり である、そのゆえんは、なにか。光源氏であり、女房語りである。そこには、ものを語るという、その内実が求められる。そもそも、日本語の、もの という語は、理解されている物質としての意味ではなかった。そこからものがたり、ものをかたる、そのものの、とらえかたがある。物、者、もの モノについて、何を語ろうとするのであるか。

物語の語が見えるのは、日本国語大辞典の用例に、三宝絵に、又物語と云て女の御心をやる物也、とあるのが、初出例になり、宇津保物語俊蔭に、そこに仲純の君おはしければ、対面して御物がたりし給ふ、と見える。さらに宇津保物語楼上下に、おとな、わらは、几帳そばめつつ、物がたりよみ、あそびしためり、と見えるのは、ものがたる、ものがたりす、物語読み、というふうに、用いられていた。源氏物語蛍には、物語論としてとらえられる、ものがたりを、いと、わざとの事に、のたまひなしつ、という例はよく指摘されている。物語について、源氏物語の作者が自ら言う場面である。


蛍の巻

絵物語などのすさびにて、明かし暮らしたまふ

さまざまにめづらかなる人の上などを、真にや偽りにや、言ひ集めたるなかにも、わがありさまのやうなるはなかりけり、と見たまふ。

かかる世の古言ならでは、げに、何をか紛るることなきつれづれを 慰めまし。さても、この 偽りどものなかに、げにさもあらむとあはれを見せ、つきづきしく続けたる、はた、はかなしごとと知りながら、いたづらに心動き、らうたげなる姫君のもの思へる見るに、

神代より世にあることを記しおきけるななり。日本紀などはただかたそばぞかし。これらにこそ道々しくくはしきことはあらめ。

その人の上とて、ありのままに言ひ出づることこそなけれ、善きも悪しきも、世に経る人のありさまの、 見るにも飽かず、聞くにもあまることを、後の世にも言ひ伝へさせまほしき節々を、心に籠めがたくて、言ひおき始めたるなり。

善きさまに言ふとては、善きことの限り選り出でて、人に従はむとては、また悪しきさまの珍しきことを取り集めたる、皆かたがたにつけたる、この世の他のことならずかし。

人の朝廷の才、作りやう変はる、同じ大和の国のことなれば、昔今のに変はるべし、深きこと浅きことのけぢめこそあらめ、ひたぶるに虚言と言ひ果てむも、ことの心違ひてなむありける。

仏の、いとうるはしき心にて説きおきたまへる御法も、方便といふことありて、悟りなきものは、ここかしこ違ふ疑ひを置きつべくなむ。

物語をいとわざとのことにのたまひなしつ。

さて、かかる古言の中に、まろがやうに実法なる痴者の物語はありや。いみじく気遠きものの姫君も、御心のやうにつれなく、そらおぼめきしたるは世にあらじな。いざ、たぐひなき物語にして、世に伝へさせむ

思ひあまり昔の跡を訪ぬれど
   親に背ける子ぞたぐひなき

古き跡を訪ぬれどげになかりけり
   この世にかかる親の心は

姫君の御前にて、この世馴れたる物語など、な読み聞かせたまひそ。みそか心つきたるものの娘などは、をかしとにはあらねど、かかること世にはありけりと、見馴れたまはむぞ、ゆゆしきや

継母の腹ぎたなき昔物語も多かるを、このころ、心見えに心づきなし、と思せば、いみじく選りつつなむ、書きととのへさせ、絵などにも描かせたまひける。

http://www.genji-monogatari.net/html/Genji/combined25.3.html より。

長雨例の年よりもいたくして、 晴るる方なくつれづれなれば、御方々、 絵物語などのすさびにて、明かし暮らしたまふ。明石の御方は、さやうのことをもよしありてしなしたまひて、姫君の御方にたてまつりたまふ。
西の対には、ましてめづらしくおぼえたまふことの筋なれば、明け暮れ書き読みいとなみおはす。 つきなからぬ若人あまたあり。さまざまにめづらかなる人の上などを、真にや偽りにや、言ひ集めたるなかにも、「 わがありさまのやうなるはなかりけり」と見たまふ。
『住吉』の姫君の、 さしあたりけむ折はさるものにて、今の世のおぼえも なほ心ことなめるに、主計頭が、ほとほとしかりけむなどぞ、かの監がゆゆしさを思しなずらへたまふ。
殿も、こなたかなたにかかるものどもの散りつつ、御目に離れねば、
「 あな、むつかし。女こそ、ものうるさがらず、人に欺かれむと生まれたるものなれ。ここらのなかに、真はいと少なからむを、かつ知る知る、かかるすずろごとに心を移し、はかられたまひて、暑かはしき 五月雨の、髪の乱るるも知らで、書きたまふよ」
とて、笑ひたまふものから、また
「 かかる世の古言ならでは、げに、何をか紛るることなきつれづれを 慰めまし。さても、この 偽りどものなかに、げにさもあらむとあはれを見せ、つきづきしく続けたる、はた、はかなしごとと知りながら、いたづらに心動き、らうたげなる姫君のもの思へる見るに、 かた心つくかし。
また、 いとあるまじきことかなと見る見る、おどろおどろしくとりなしけるが目おどろきて、静かにまた聞くたびぞ、憎けれど、ふとをかしき節、あらはなるなどもあるべし。
このころ、 幼き人の女房などに時々読まするを立ち聞けば、ものよく言ふものの世にあるべきかな。 虚言をよくしなれたる口つきよりぞ言ひ出だすらむとおぼゆれど、さしもあらじや」
とのたまへば、
「 げに、偽り馴れたる人や、さまざまにさも汲みはべらむ。ただ いと真のこととこそ思うたまへられけれ」
とて、硯をおしやりたまへば、
「 こちなくも聞こえ落としてけるかな。神代より世にあることを、 記しおきけるななり。『 日本紀』などは、ただかたそばぞかし。これらにこそ道々しく詳しきことはあらめ」
とて、笑ひたまふ。

紫の上も、姫君の御あつらへにことつけて、物語は捨てがたく思したり。『 くまのの物語』の絵にてあるを、
「いと よく描きたる絵かな」
とて御覧ず。小さき女君の、何心もなくて昼寝したまへるところを、昔のありさま思し出でて、女君は見たまふ。
「 かかる童どちだに、いかにされたりけり。まろこそ、なほ 例にしつべく、心のどけさは人に似ざりけれ」
と聞こえ出でたまへり。 げに、たぐひ多からぬことどもは、好み集めたまへりけりかし。
「 姫君の御前にて、この世馴れたる物語など、な読み聞かせたまひそ。みそか心つきたるものの娘などは、をかしとにはあらねど、かかること世にはありけりと、見馴れたまはむぞ、ゆゆしきや」
とのたまふも、 こよなしと、対の御方聞きたまはば、心置きたまひつべくなむ。
上、
「 心浅げなる人まねどもは、見るにもかたはらいたくこそ。『 宇津保』の藤原君の女こそ、いと重りかにはかばかしき人にて、過ちなかめれど、すくよかに言ひ出でたる こともしわざも、女しきところなかめるぞ、一様なめる」
とのたまへば、
「 うつつの人も、さぞあるべかめる。人びとしく立てたる趣きことにて、 よきほどにかまへぬや。よしなからぬ 親の、心とどめて生ほしたてたる人の、子めかしきを生けるしるしにて、後れたること多かるは、何わざしてかしづきしぞと、親のしわざさへ思ひやらるるこそ、いとほしけれ。
げに、さいへど、その人のけはひよと見えたるは、かひあり、おもだたしかし。言葉の限りまばゆくほめおきたるに、し出でたるわざ、言ひ出でたることのなかに、げにと見え聞こゆることなき、いと見劣りするわざなり。
すべて、善からぬ人に、いかで人ほめさせじ」
など、ただ「この姫君の、点つかれたまふまじく」と、よろづに思しのたまふ。
継母の腹ぎたなき昔物語も多かるを、 このころ、「心見えに心づきなし ★」と思せば、いみじく選りつつなむ、書きととのへさせ、絵などにも描かせたまひける。






ものがたりす 大日本国語辞典より

宇津保物語〔970〜999頃〕俊蔭「そこに仲純の君おはしければ、対面して御物がたりし給ふ」


日本の文学形態の一つ。作者の見聞または想像をもととし、人物・事件について人に語る形で叙述した散文の文学作品。狭義には平安時代の作り物語・歌物語をいい、鎌倉・南北朝時代のその模倣作品を含める。広義には歴史物語、説話物語、軍記物語などもいう。作り物語は、伝奇物語、写実物語などに分ける。ものがたりぶみ。

*観智院本三宝絵〔984〕上「又物語と云て女の御心をやる物也」

*宇津保物語〔970〜999頃〕楼上下「おとな、わらは、几帳そばめつつ、物がたりよみ、あそびしためり」

*源氏物語〔1001〜14頃〕蛍「ものがたりを、いと、わざとの事に、のたまひなしつ」


日本国語大辞典 もの の項より。
〔一〕なんらかの形をそなえた物体一般をいう。
〔二〕個々の具体物から離れて抽象化された事柄、概念をいう。
〔三〕抽象化した漠然とした事柄を、ある価値観を伴ってさし示す。
〔四〕他の語句を受けて、それを一つの概念として体言化する形式名詞。直接には用言の連体形を受けて用いる。

>もの 【物】
解説・用例

【一】〔名〕

〔一〕なんらかの形をそなえた物体一般をいう。

(1)形のある物体・物品をさしていう。

(イ)修飾語によってその物体の種類・所属などを限定する場合。

*万葉集〔8C後〕一五・三七六五「まそ鏡かけて偲(しぬ)へとまつりだす形見の母能(モノ)を人に示すな〈中臣宅守〉」

*東大寺諷誦文平安初期点〔830頃〕「三千世界に独り一たび出現したまひたる某仏は、三界を束ね収めて我が有(モノ)と為たまふ」

*源氏物語〔1001〜14頃〕桐壺「この御子三つになり給ふ年、御袴着のこと、一の宮の奉りしに劣らず、内蔵寮(くらづかさ)納殿(をさめどの)のものを尽くしていみじうせさせ給」

*咄本・きのふはけふの物語〔1614〜24〕下「何なりとも惜しくほしき物を取りて帰り給へ」

*金色夜叉〔1897〜98〕〈尾崎紅葉〉後・一・二「お前は学者ぢゃから〈略〉財(かね)などを然(さ)う貴いものに思うて居らん」

(ロ)直前または直後の語によってその物体が示されている場合。

*竹取物語〔9C末〜10C初〕「火ねずみのかは衣此国になき物也」

*枕草子〔10C終〕九三・無名といふ琵琶の御琴を「御前にさぶらふものは、御琴も御笛も、みなめづらしき名つきてぞある」

*雑兵物語〔1683頃〕下「染物の黒い物は武具にはよくないものだと申物が御座る」

(ハ)特に限定せず物品一般をいう場合。

*万葉集〔8C後〕二・二一〇「吾妹子(わぎもこ)が形見に置けるみどり児の乞泣(こひなく)ごとに取り与ふる物し無ければ〈柿本人麻呂〉」

*枕草子〔10C終〕一五二・人ばへするもの「あなたこなたに住む人の子の四つ五つなるは、あやにくだちて、ものとり散らしそこなふを」

*徒然草〔1331頃〕三〇「はての日は、いと情なう、たがひに言ふ事もなく、我かしこげに物ひきしたため、ちりぢりに行あかれぬ」

*坊っちゃん〔1906〕〈夏目漱石〉一「清が物を呉れる時には必ずおやぢも兄も居ない時に限る」

(2)特定の物体・物品を一般化していう。文脈や場面から具体物が自明であるとして用いる。

(イ)財物。器物や金銭。

*土左日記〔935頃〕承平五年二月一六日「中垣こそあれ、ひとつ家のやうなれば望みて預れるなり、さるは便りごとにものも絶えず得(え)させたり」

*枕草子〔10C終〕八七・職の御曹司におはします頃、西の廂にて「くだ物、ひろき餠などを、物に入れてとらせたるに」

*浮世草子・西鶴織留〔1694〕一・一「霜夜に裸で起て、旦那の御上京なされたと嬉しがる程物とらせたし」

*読本・椿説弓張月〔1807〜11〕後・二九回「しからば彼が懐に物あるべし」

(ロ)衣類。織布。

*大和物語〔947〜957頃〕一四六「これに物ぬぎて取らせざらむ者は座より立ちね、と宣ひければ」

*源氏物語〔1001〜14頃〕須磨「ものの色し給へるさまなどいと清らなり」

*源氏物語〔1001〜14頃〕浮舟「乳母(めのと)おのが心をやりてもの染めいとなみ居たり」

(ハ)飲食物。

*竹取物語〔9C末〜10C初〕「きたなき所の物きこしめしたれば、御心地あしからんものぞ」

*宇津保物語〔970〜999頃〕藤原の君「京に住むにも物食はせ、衣着ても使はるる人なし」

(ニ)楽器。

*源氏物語〔1001〜14頃〕乙女「大宮の御方に内の大臣(おとど)参り給て、姫君渡し聞こえ給ひて、御琴など弾かせ奉り給、宮はよろづのものの上手におはすれば、いづれも伝へ奉り給」

(3)対象をあからさまにいうことをはばかって抽象化していう。

(イ)神仏、妖怪、怨霊など、恐怖・畏怖の対象。

*仏足石歌〔753頃〕「四つの蛇(へみ)五つの毛乃(モノ)の集まれる穢き身をば厭ひ捨つべし離れ捨つべし」

*蜻蛉日記〔974頃〕下・天祿三年「暁がたに松吹く風の音いと荒く聞ゆ、ここらひとり明かす夜かかる音のせぬは、ものの助けにこそありけれとまでぞ聞こゆる」

*平家物語〔13C前〕五・物怪之沙汰「ある夜入道の臥し給へる所に、ひと間にはばかる程の物の面(おもて)出できてのぞき奉る」

(ロ)物の怪(け)による病。また、一般に病傷、はれものなど。

*伊勢物語〔10C前〕五九「かくて物いたく病みて死に入りたりければ、面(おもて)に水注きなどして」

*栄花物語〔1028〜92頃〕御賀「源少将実基の君は、この舞人にさされ給へりけるが、身にものの熱してえ舞はざりしかば」

*浮世草子・好色産毛〔1695頃〕五・二「唐がらしは物の出来るにまいるなといへど、胸がすくとて隠しそばめてあがります」

(ハ)男女の陰部。

*仮名草子・仁勢物語〔1639〜40頃〕上・二七「水底にものや見ゆらん馬さへも豆盥(まめだらひ)をばのぞきてぞ鳴く」

*雑俳・伊勢冠付〔1772〜1817〕「嚊が飛入・座中の男根(モノ)が立ちかける」

(4)民法上の有体物で、動産及び不動産をいう。

*民法(明治二九年)〔1896〕八五条「本法に於て物とは有体物を謂ふ」

〔二〕個々の具体物から離れて抽象化された事柄、概念をいう。

(1)事物、事柄を総括していう。

*万葉集〔8C後〕二〇・四三六〇「山見れば 見の羨(とも)しく 川見れば 見のさやけく 母能(モノ)ごとに 栄ゆる時と 見(め)し給ひ 明らめ給ひ〈大伴家持〉」

*竹取物語〔9C末〜10C初〕「かぐや姫物知らぬことな宣ひそとて、いみじく静かに公に御文奉り給ふ」

*徒然草〔1331頃〕一三〇「物に争はず、己を枉(ま)げて人に従ひ、我が身を後にして人を先にするには及かず」

*読本・椿説弓張月〔1807〜11〕後・一九回「女護といふ名を更(あらた)めて八郎島(はっちゃうしま)と呼做(な)せしが、物(モノ)換(かは)りゆく世のたたずまひに、その故事を訛(よこなま)り、今八丈と称(となふ)る」

(2)「ものの…」の形で抽象的な語句を伴って、漠然と限定した事柄をいう。

(イ)事態、状況についていう場合。

*平中物語〔965頃〕二七「女の親の、わびしくさがなき朽嫗(くちをな)の、さすがにいとよくものの気色を見て〈略〉かく文通はすと見て、文も通はさず、責め守りければ」

*紫式部日記〔1010頃か〕寛弘五年一一月二二日「もののよすがありて伝へ聞きたる人々、をかしうもありけるかな、と言ひつつ」

*源氏物語〔1001〜14頃〕若菜上「ものの違目ありて、その報に、かく末はなきなりなど人言ふめりしを」

*俳諧・韻塞〔1697〕許六を送る詞「をのれが心をせめて物の実を知る事を喜べり」

(ロ)心情についていう場合。

*土左日記〔935頃〕承平四年一二月二七日「都へと思ふをもののかなしきは帰らぬ人のあればなりけり」

*源氏物語〔1001〜14頃〕空蝉「さも靡かしつべき気色(けしき)にこそはあらめ、童なれど、ものの心ばへ人の気色見つべくしづまれるを、とおぼすなりけり」

*夜の寝覚〔1045〜68頃〕四「世の中いとあぢきなく、世のそしりもののいとほしさも知るべき心地もせず」

(3)概念化された場所を表わす。中古から中世にかけて、特に神社仏閣をさすことが多い。

*古今和歌集〔905〜914〕冬・三三八・詞書「ものへまかりける人を待ちて師走のつごもりによめる」

*蜻蛉日記〔974頃〕上・天暦九年「正月(むつき)ばかりに、二三日見えぬほどに、ものへ渡らんとて、人来(こ)ば取らせよとて書き置きたる」

*枕草子〔10C終〕九八・くちをしきもの「宮仕所などより、同じやうなる人もろともに寺へもまうでものへも行くに」

*宇治拾遺物語〔1221頃〕一三・七「守殿物より帰りて、など人々参物は遅きとてむつかる」

(4)ことばや文字。また、文章や書物。その内容もいう。→もの(物)を言う。

*土左日記〔935頃〕承平四年一二月二一日「それの年の師走の二十一日の日の戌(いぬ)の時に門出す、その由、いささかにものに書付く」

*枕草子〔10C終〕一〇四・淑景舎、東宮にまゐり給ふほどのことなど「松君のをかしうもののたまふを、誰も誰も、うつくしがりきこえ給ふ」

*今昔物語集〔1120頃か〕二四・一九「其所に船を浮べて、海の上に物を書て、物を読懸て」

*徒然草〔1331頃〕一三「この国の博士どもの書ける物も、いにしへのは、あはれなる事多かり」

(5)感じたり考えたりする事柄。悩み事、考え事、頼み事、尋ね事など。→もの(物)を見る・もの(物)覚ゆ・もの(物)を思う。

*万葉集〔8C後〕一・七七「吾が大君物(もの)な思ほし皇神の嗣(つぎ)てたまへる吾が無けなくに〈御名部皇女〉」

*徒然草〔1331頃〕四一「人木石にあらねば時にとりて、物に感ずる事なきにあらず」

(6)道理。事の筋道。

*竹取物語〔9C末〜10C初〕「物知らぬことなの給ひそ」

*源氏物語〔1001〜14頃〕帚木「世のすきものにて、ものよく言ひ通れるを」

*杜子春〔1920〕〈芥川龍之介〉三「お前は若い者に似合はず、感心に物のわかる男だ」

(7)特定の事柄が思い出せなかったり、わざとはっきりと言わないようにしたりするとき、また、具体的な事柄を指示できないとき、問われて返答に窮したときなどに仮にいう語。

*虎明本狂言・茫々頭〔室町末〜近世初〕「『なんじゃなんじゃと申ほどに、物じゃと申た』『なんじゃといふた』『物じゃ』」

*虎寛本狂言・今参〔室町末〜近世初〕「『いかほど置せらるるぞ』『物程置う』『何ほど』『物程』『いかほど』『ヱヱ、三千ばかりも置うか』」

*虎寛本狂言・萩大名〔室町末〜近世初〕「『十重咲出るの跡をおしゃらぬと、跡へも先へもやる事では無いぞ』『ハア今思ひ出いた』『何と』『ものと』『何と』『ものと』『何と』『十重咲出る』」

(8)言いよどんだとき、あるいは、間(ま)をとったりするために、話の間にはさんで用いる語。

*浄瑠璃・天鼓〔1701頃〕万歳「今のは頭から只一口にとは〈イヤナニ、モノ〉、只一口に弔らふてやらふものをと云こと」

*滑稽本・浮世風呂〔1809〜13〕前・上「田舎出の下男、〈略〉モノ、金を拵(こせへ)べい云(てっ)て山事は悪(わり)い事(こん)だネ」

(9)(格助詞「が」を伴った「がもの」の形で)「…に相当するもの」「…に値するもの」などの意を表わす。→がもの。

〔三〕抽象化した漠然とした事柄を、ある価値観を伴ってさし示す。

(1)一般的・平均的なもの、また、一人前の、れっきとしたもの。物についても人についてもいう。

*蜻蛉日記〔974頃〕上・序「かたちとても人にも似ず、心魂もあるにもあらで、かうものの要にもあらであるもことはりと思ひつつただ起き伏しを明かし暮らすままに」

*源氏物語〔1001〜14頃〕桐壺「春宮の御祖父(おほぢ)にてつひに世の中をしり給ふべき右の大臣の御勢ひは、物にもあらずおされ給へり」

*浜松中納言物語〔11C中〕一「后のおはすると、事々なく見れば〈略〉眉、ものよりけたかく見なし給ふに」

(2)大事、大変なこと。重要なこと、問題。

*金刀比羅本保元物語〔1220頃か〕下・為朝生捕り遠流に処せらるる事「今は何事をすべき、片輪者になりたればとこそ思ふらむ、一働きだに働かば、これ程の輿、物(モノ)にてや有るべき」

*浄瑠璃・三拾石〓始〔1792〕四「コレ太切な廻船の御朱印を書入た証文じゃによって、物じゃて物じゃて」

*草枕〔1906〕〈夏目漱石〉一二「肉体の苦しみを度外に置いて、物質上の不便を物とも思はず」

〔四〕他の語句を受けて、それを一つの概念として体言化する形式名詞。直接には用言の連体形を受けて用いる。

(1)そのような事態、事情、意図などの意を表わす。

*万葉集〔8C後〕一五・三六〇一「しましくも独りありうる毛能(モノ)にあれや島のむろの木離れてあるらむ〈遣新羅使人〉」

*竹取物語〔9C末〜10C初〕「これを聞てぞ、とげなき物をばあへなしと言ひける」

*伊勢物語〔10C前〕二一「忘草植うとだに聞く物ならば思ひけりとは知りもしなまし」

*当世書生気質〔1885〜86〕〈坪内逍遙〉二「相談相手となさんものと、其の近寄るをば待居たり」

*吾輩は猫である〔1905〜06〕〈夏目漱石〉一「望のない事を悟ったものと見えて」

(2)文末にあって断定の語を伴い、話し手の断定の気持を強めた表現となる。→ものか・ものかな・ものぞ・ものだ・もん。

*万葉集〔8C後〕一七・三九〇四「梅の花いつは折らじといとはねど咲きの盛りは懐しき物(もの)なり〈大伴書持〉」

*徒然草〔1331頃〕五四「あまりに興あらむとする事は必ずあいなきものなり」

*ロドリゲス日本大文典〔1604〜08〕「スギシ コトヲ クヤミ イマダ キタラザルコトヲ nego〓mono (ネガウモノ) ナリ」

(3)活用語の連体形を受けて文を終止し、感動の気持を表わす。さらに終助詞を付けて、逆接的な余情をこめたり、疑問・反語の表現になったりすることが多い。

*古事記〔712〕下・歌謡「たぢひ野に 寝むと知りせば 立薦(たつごも)も 持ちて来(こ)まし母能(モノ) 寝むと知りせば」

*万葉集〔8C後〕五・八七六「天飛ぶや鳥にもがもや都まで送り申して飛び帰る母能(モノ)〈山上憶良〉」



(「もの(物)」と同語源)

人。古来、単独で用いられることはごくまれで、多く他の語句による修飾を受けて、形式名詞ふうに用いられる。卑下したり軽視したりするような場合に用いることが多く、また、現代では、「これに違反したものは」「右のもの」など、公式的な文書で用いる。

*日本書紀〔720〕仁徳二二年一月・歌謡「朝妻の ひかの小坂を 片泣きに 道行く茂能(モノ)も 偶(たぐ)ひてぞ良き」

*万葉集〔8C後〕三・三四九「生ける者(もの)遂にも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しくをあらな〈大伴旅人〉」

*土左日記〔935頃〕承平四年一二月二三日「八木のやすのりといふ人あり、この人、国に必ずしも言ひ使ふものにもあらざなり」

*今昔物語集〔1120頃か〕二八・四二「髻(もとどり)放たる男の大刀を抜て持たるにこそ有けれ。者は極(いみじ)き臆病の者よ」

*平家物語〔13C前〕一・祇園精舎「おごれる人も久しからず、只春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ」


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