禅的哲学

禅的哲学は哲学であって禅ではない。禅的視座から哲学をしてみようという試みである。禅を真剣に極めんとする人には無用である。

WABI-SABI(わび・さび)

2017-03-16 11:51:21 | 雑感

先日、図書館で「翻訳できない世界のことば」という本を借りてきました。結構話題になっている本で、昨年から予約していたものがやっと順番が私にまわってきたのです。著者はエラ・フランシス・サンダースさんという若い女性イラストレーターです。で、いろんな国に住んだ経験から、それぞれの土地には一言では翻訳できない言葉あることを知り、それを紹介したいと思い立ったのだそうです。

例えば、イクトゥアルポク(iktsuarpok) というのは、イヌイット語の名詞で、「誰か来ているのではないかと期待して、何度も何度も外に出てみること」だそうです。人口の希薄な氷雪の世界に住むイヌイットにとっては、人との出会いがそれほど貴重で新鮮な出来事なのでしょう。そのように思いを巡らせると、「イクトゥアルポク」がとても素敵な響きに感じられます。

で、この本には日本語からは"boketto"(ぼけーっと)、"wabi-sabi"(わび・さび)、"tsundoku"(積読)の3つが収録されています。このうちの"wabi-sabi"についての意味は次のようになっています。

(意味) ≪ 生と死のサイクルを受け入れ、不完全さの中にある美を見出すこと。≫

(解説) ≪ 仏教の教えがルーツにある日本のこの考え方は、不完全で未完成であるものに美を見出す感性です。うつろいと非対称性をくらしのなかに受け入れるとき、わたしたちはつつましく、満たされた存在になります。 ≫

わびとさびはもともと別概念ですが、現在ではひとくくりに使用されることが多いので、一つの概念として扱って問題はないと思います。私たち日本人は、わびさびの意味を体感しているかのように思いがちですが、あらためてこのように表現されると、「はっ」と気づかされるものがあるのではないでしょうか。西洋的な理念は真・善・美における完全性を求めますが、日本においては仏教の無常観に基づいて、そのような理念は排除します。無常の中ではすべては過渡的で不完全でしかないのです。その辺は西洋式庭園と日本式庭園を比較してみれば明瞭です。西洋のそれは幾何学的な直線と曲線によって表現されますが、日本のそれは非幾何学的かつ非対称的です。
( 参照==>「リアルな世界に完全なものは存在しない」 )

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無分別智

2017-03-13 10:40:28 | 哲学

今ではそんなことはもうないだろうが、金髪碧眼という言葉が外国人(と言っても白人だけだが)の代名詞だった。それで白人を見ると、栗毛であろうと茶髪であろうと、黒髪より薄い色で茶色がかっていれば、それをみな「金髪」と呼ぶ人が日本には少なからずいた。欧米人の髪の色のバリエーションは非常に多くて、レッド、ブラウン、ブルネット、ブロンドなどと多彩に呼び分けされている。ところが、日本人の髪の色はほとんど黒一色なので、髪の色を細分化する発想が無かったのである。 

ペルシャ人やアラブ人は日本人の目から見れば白人にしか見えないが、欧米の基準によると非白人になるらしい。欧米人にとっては、白人というのはヨーロッパ出自の白人に限られる。決して人類学的な意味における分類ではない。

かつて南アフリカでは公的な人種差別であるアパルトヘイト制度が存在した。その時、重要な貿易相手国であった日本人は(全然名誉なことではないが)名誉白人とされた。 

つまり、分類というものは分類する側の関心や価値観による恣意的な視点から行われる。仏教における無分別智はこのような偏見を排除するということで、それは空観に基づいている。

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主客未分?

2017-03-09 15:31:51 | 哲学

 

西田哲学や禅仏教において「主客未分」ということがよく言われる。それで世間には、精神状態が主客未分と主客分離の二つの状態があるというように考えられています。つまり、坐禅中のように精神が統一されている状態が主客未分で、雑多なことを考えているのが主客分離のように受け止められているのではないでしょうか。おそらく、坐禅を実践されている方々の中にもそのように考えている方がおられるはずです。

一般には、向こうに見えている木や山が「客」で、それを見ている自分が「主」であると考えられています。しかし、ここで注意しなくてはいけないのは、どうしてそれを見ているのが自分であると分かるのか、ということです。木も山も確かに見えているが自分は見えていないのにです。デカルトなら、「自分は見えていない」と考える自分がある、というかもしれません。

しかし、仏教においては「『自分は見えていない』と考える」ことそのものも「客」なのです、眼耳鼻舌身意によって感覚されるものが色声香味触法です。
このうち「色声香味触」はいわゆる五感で、最後の「法」は心の中に起こる思念のことです。仏教では、この色声香味触法を総称して、(広義の)「色」と呼ぶのです。五感の最初の「色」は視覚によってとらえる狭義の「色」ですが、(広義の)「色」は現前しているすべての現象を意味します。

仏教では、目に見える木や山も、頭の中で考えていることもすべて同じレベルの現象であるととらえます。西田幾多郎は「善の研究」の中で、それを「意識現象」と呼んでいます。

≪我々は意識現象と物体現象の二種の経験的事実があるように考えているが、その実はただ一種あるのみである。即ち意識現象あるのみである。物体現象というのはその中で各人に共通で普遍的関係を有する者を抽象したものに過ぎない。≫

意識現象というのは物体現象に対する言葉ですから、意識現象が唯一であるということならば、かえってその名は適切ではありません。それで、西田はこの「意識現象」を「純粋経験」言い直しています。

なにを言いたいかというと、デカルトが「『自分は見えていない』と考える自分がある」と言ったとしても、実は「『自分は見えていない』と考える自分がある」という考えがそこにあるだけで、依然として「自分がある」という根拠はどこにもないということです。仏教的視点からとらえれば、「考え」も客体に過ぎないのです。「主」というものはどこにも見出せない。

つまり、「主客分離」というのはあり得ない、あり得るのは主客分離しているという「考え」なのです。見えていないはずの「自分」が見えているという「考え」はいわゆる煩悩ということになりましょうか。しかし、いかに煩悩にまみれようと、ないものを分離することなどできない。「主客分離」ということはないのです。

以上のことは哲学的分析でありますが、そのような観点から六祖恵能大師の言葉を吟味してもよいかと思います。

本来無一物
何れの処にか塵埃を惹かん

昨日(2/8)の夕景

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死に向かって生きる

2017-03-01 06:07:14 | 公案

「死に向かって生きる」なんて言うとハイデガーみたいですが、昨日聴いた南直哉さんの講演のタイトルです。南さんはご存知の方も多いと思います。青森県の恐山の院代(副住職)をなさっている、いまや曹洞宗きっての論客です。講演の出だしをちょっと復元してみます。一つ一つの言葉は覚えていないので、大体の感じです。

こんな演題で人が集まるのかと思ってましたが、たくさん見えておられますねぇ。(聴衆の顔を見渡して) なるほど、お迎えの近い方が多いようですねぇ。( どっと笑う )   あの男は ( 死んだらどうなるかを ) きっと知っているに違いない、と思ってきたのでしょうね。きっと私が恐山の院代なんかやっているからでしょうね。なにせ、あの霊場、「れ・い・じ・ょ・う」の恐山ですよ。そこの役員かなんかをやっているぐらいだから、あの男が知らないはずがないと思うのでしょうね。しかし、( ここで声のトーンを一段と上げる ) そんなことぁ、分かるわけがない! 

‥‥‥‥ (  中略 ) ‥‥‥‥

死んだら、どっかへ行くわけですけど、たいてい門番みたいなのがいて、生きてる間に何をやったかチェックされますな。いわゆる閻魔帳ってやつです。それで、あんたはこっち、あんたはあっちと振り分けられるわけです。でも、( ここでトーン上がる ) し・ん・ぱ・い なぁいです。どっちへ行っても大したことありませんっ! 天国なんて、あなた、なんか雲の上でふわふわと、そんなの (トーン上がる )  お・も・し・ろ・いわけがないっ! えっ、地獄が怖い? 大丈夫っ! 苦しいのはすぐ慣れます。私は永平寺で地獄を20年間経験しましたっ。針の山、大したことありません。全然大丈夫、ちょっと痛いだけです。そういうのは慣れてくるんです。経験した私が保証します。

とまぁこんな感じです。下手な噺家よりよっぽど面白いです。90分間で30回は笑かしてもらいました。もしかしたら笑い過ぎて、せっかくためになること言ってくれたのに、肝心なことを聞き漏らしたかもしれません。

講演は横浜駅構内のルミネであったので、臨港パークを散歩して桜木町から電車で帰りました。

フルーツ・ツリー ( 臨港パーク 横浜 )

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