孫娘は小耳症

孫娘(2021年4月生まれ)は左耳小耳症で両耳難聴です。
頼りない娘を支えつつ孫娘の成長を見守ります。

透明人間が見えるようになって 続き

2025-01-16 14:05:57 | 3歳半から

婿さんが休職状態で家にいたあいだ、娘一家はとても楽しく過ごしていたと思います。

(とくに、転職のメドが立ってからは。)

最初は「パパが毎日家にいる」ことに戸惑っていたマメも、しだいにその恩恵を大享受するようになりました。

マメはパパが大好きなのです。

だって、とにかくやさしくて、とにかく遊ばせ上手なパパですから。

 

娘も、日中ひとりでマメの相手をするしんどさから開放されて、気持ちが楽になったようです。

 

ただ...。

この状況...。

 

いっぽうに超魅力的なパパがいて、

いっぽうにあまり魅力のないママがいる。

 

あるとき(うちに来ているとき)、マメを連れて出かける用事(A)ができたようです。

用事の内容的に、ママが連れて行ったほうが良さそう。

それに、そのあいだにパパは別の用事(B)をすませたいようだし。

 

ところが、マメは「パパと行く」と言って聞きません。

どうするのかと見ていると、娘の出した案は

<用事(A) も用事(B) も3人で行く>というものでした。

婿さんは一瞬「えっ」という顔をしたものの、すぐに笑顔になってOK。

(察するに、こんなことが日常的にたびたび起こっているようです。)

 

「んもー、**くんて、こどもがふたりいるような感じだよね」と茶化したけど...。

あとで考えると、娘のことが不憫に思えてきました。

 

「選ばれない悲哀」をいつも感じているはずなのに、それを口に出したりはしない娘。

「マメちゃんマメちゃん」と、心底マメを可愛がっている娘。

尊い(たっとい)なあ。

 

急用でパパがひと晩留守にしたとき、透明だったママが、とつぜんマメにも見えてきたようです。

ママとたくさんおしゃべりして

ママにたくさん甘えていました。

 

そうそう、ここ数ヶ月、この機会(パパのいないところでマメと過ごす)が娘には失われていたのよね。

 

娘の寂しさや悲哀に思いをはせて、久しぶりに、切ないほどの愛情を感じたことでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


透明人間が見えるようになって

2025-01-16 12:53:31 | 3歳半から

先日、娘一家が二泊三日で泊まりに来ました。

いつもの「ただ遊びに来る」という感じでなく、三日とも用事がありました。

二日目の夕方、どうしても急用ができて、婿さんだけ一泊で自宅に戻ることになりました。

(ちなみに、娘たちはまだ社宅に住んでいます。)

 

夕方5時ごろ婿さんを見送って、まず感じたのが

「やったー!今日の晩ごはんは作らなくていいやー!」でした。

朝から何となく風邪気味でだるかった。

それでも、ハヤシライスなど作ろうと準備していたけど...。

 

婿さんがいないなら、たちまちメニューは「卵かけご飯」に変更です。

みんなでおいしく食べました。

 

婿さんの不在でもう一つ感じたことがあります。

「見えなくなっていた人物が見えるようになった」ことです。

その「人物」とは娘です。

 

以前のわたしにとって、娘はいわば世界の中心。

とろくて弱い娘を守るため、つねに最大級の愛情・配慮・サポートを惜しまなかった。

ところが...。

マメが生まれてから、わたしの世界の中心はマメに移りました。

娘は主役の座から転がり落ちたばかりか、主役(マメ)をうまく引き立てられないヘボ脇役として、わたしの不興を買っています。

 

さらにさらに、(この辺でわたしの心は娘への憐れみでいっぱいになりました)、

ここ数ヶ月は、婿さんが準主役級人物として、わたしの関心を集めています。

仕事のこと、住まいのこと。

果たしてうまくいきそうなのか。

今どんな状況なのか。

婿さんとたくさんたくさん話すようになりました。

婿さん相手の会話量が「8」とすると、娘相手のそれはわずか「1〜2」です。

 

娘なんて、目に入ってなかった。

 

わたしがマメとにぎやかに遊んだり、

婿さんと現状についてアレコレ話し合ったりするあいだ

娘はそばでひっそりと座っていた。

 

そんな娘のすがたを思い起こして、しみじみと語りかけました。

「このごろいつも**くんと一緒に来るから、ふたりだけでゆっくり話す機会がなかったね」と。

「うん」とうなづく娘。

「この数ヶ月、**くんのことで不安が大きかったと思うけど、いつも明るくしてて感心したよ」

「うん」とニッコリ。

 

さて、「透明人間が見えるようになった」現象は他の家族にも起こっていたようなので、次記事でお伝えします。

 

 

 

 

 


スーツケースで図書館へ

2025-01-10 10:44:14 | 3歳半から

音楽会のあと、「本を借りる」という長男一家にくっついて、となりの図書館に。

 

こども本コーナーの奥が、ちょっとした「くつろぎスペース」になっています。

くつを脱いで上がり、寝転がったり、親子で絵本の読み聞かせをしたりできます。

3人の孫たちと、そのスペースで楽しく過ごしました。

 

小2孫が椅子にすわり、「絵本を読んでほしいひと?」

「はーい」とうれしそうに手をあげる小さいふたり。

 

そのうちにマメもまわりの絵本を手に取り、たどたどしく読み始めます。

「い・い・な・い・い・な・ぼ・く・も・ほ・し・い・な」

すると年中孫が

「マメちゃんちがうよ。いいな、いいな、ぼくもほしいな、って区切って読むんだよ」

と指導を入れてきます。

 

微笑ましく孫守りをしていると、息子と嫁さんが忙しそうに動き回っているのが目に入りました。

棚から棚へ移動しながら、何冊もの本を抜き取っています。

手にかかえきれなくなると、持参の小型スーツケースにどんどん放り込んでいます。

「やっと35冊か。あと7冊だな」などと言っています。

 

ははーんこれか。

上の子がほんの赤ちゃんのころから、「絵本読み聞かせ」にリキを入れていた長男。

「毎晩3冊ずつ読むから1週間で21冊必要。それを週末にまとめ借りするんだ」

と豪語していたっけ。

 

まだ続けてるんだ。

すごいな、えらいな。

今は下の子の分もあるから、毎週42冊必要なのね。

 

負けてはいられない。

負けたくない。

でも、「毎週20冊もの(ちがう)絵本を読み聞かせる」なんて、同居してないわたしにはとうてい無理。

 

ここで、「量より質」という(いつもの)魔法の言葉を呼び起こして、心を落ち着かせます。

冊数は圧倒的に少ないかもしれないけど、本選びにかける手間ひまは圧倒的に多いもんね。

厳選したものだけを与えてるもんね。

ふう...。

 

それはともかく、小2孫の本好きぶりを目の当たりにしたのは印象的でした。

小さい子たちの相手に飽きると、自分でも何冊か本を選んできました。

そして一心に読みふけり始め、その没入ぶりが「まさに本好きにんげん」だったのです。

 

あの域に達したのならば、もう親が「選んで与える」必要はないのにね。

自分で学校図書館で好きな本をさがすのにね。

 

 

 

 

 

 

 

 


音楽会大丈夫かな

2025-01-09 20:22:22 | 3歳半から

元日に、長男一家と次男一家が我が家に集まりました。

(娘一家は婿さんの実家を訪問していたため不参加。)

 

ワイワイガヤガヤのなかで、長男嫁さんが誰かと話しているのがチラリと聞こえます。

「今度の日曜日に、公民館ホールの無料音楽会に家族で行く」と。

「えっなになに?」と、すぐに首を突っこむわたしです。

もう心のなかでは、マメを連れて行く気まんまんになっているのでした。

 

土曜日にやってきたマメにそのことを言うと、

「うん、マメちゃん、あした音楽会行く!」と、ハイテンション。

音楽会というより、いとこたち(小2女児、年中女児)に会えるのが楽しみなようです。

 

ただ、わたしには一抹の不安がありました。

マメ、音楽会大丈夫かな。

 

補聴器をしているマメは「大音量」が苦手です。

以前娘夫婦がアンパンマンの映画に連れて行ったら、わずか数分で外に出たがったとか。

そうか...。たしかに、映画館の音響ってすさまじいものね。

 

でも、マメには音楽(音楽会)を楽しめるようになってほしい。

少しずつでいいから、音楽会というものに慣れていってほしい。

そのためには、こういう気軽なイベントから始めるのが良さそう。

無理なら途中で出ればいいし。

 

近くの公民館ホールで行われた「新春無料音楽会」。

観客100人足らずのこじんまりした音楽会でしたが、思ったよりレベルが高くて楽しめました。

 

マメはどうかな?

うん、大丈夫そうね。

フォルテシモ!の箇所で耳を押さえたことが1、2回あったけれど、おおむね集中して聞けていました。

 

良かった。

休憩時間はホール前の広場でいとこたちと走り回ったり、大興奮のマメでした。

音楽会のあとは、隣にある図書館にみんなで行って...。

(次記事につづきます)

 

 

 

 

 

 

 

 

 


グイグイ行くマメ

2024-12-31 11:32:10 | 3歳半から

マメは、公園などでたまたま居合わせた子とフレンドリーに遊びます。

(「誰でも」というわけでなく、ある程度の好みはあるようです。)

つかず離れず遊んだあと、相手の子が帰るそぶりを見せると、そばに行って「バイバイ」や「タッチ」などで別れを惜しみます。

そんな様子を何度となく目にして、微笑ましく思っていました。

 

さて、このまえの土曜日。

マメとふたりで出かけた近所の公園。

親に連れられた子どもたちが、思い思いに遊んでいます。

 

そのなかに、8歳と4歳の姉妹がいました。

(何歳?と聞いたら答えてくれました。)

お姉ちゃんが、鉄棒で「逆上がり」「前まわり」「片足まわり」などを見せてくれます。

「わーじょうずだね」とわたし。

マメはぽーっとして、お姉ちゃんにひたすら見とれています。

 

その後、この姉妹に対するマメの「つかず離れず作戦」が始まりました。

ふたりがすべり台に行くとマメも行く。

ブランコに行くとマメも行く。

 

でも、ふたりは姉妹だけでじゅうぶん楽しいので、マメの「熱視線」には目もくれません。

さらに気づくと、ベンチに座っていた姉妹のママは、知り合いのママ友と出会って「ヤアヤア」状態。

そのママ友の子どもたち(5〜6歳)とも、姉妹は遊び始めます。

 

にぎやかに楽しく遊ぶ子どもたちを見て、ムズムズしてきたマメ。

「マメちゃんもいっしょに遊びたい」

「う〜ん、そうだね〜」(ダメダメ、この状況ではうまくいかないよ)

「いっしょに遊ぼうって言えばいいかな」

「う〜ん、どうかな〜」(やめときやめとき)

「言ってくる」

「えっ、ちょっと待って」

煮えきらないわたしを置いて、マメは走っていきます。

まっすぐ8歳のお姉ちゃんの前に立って、ハキハキと言います、「いっしょに遊ぼう」と。

 

すごいなマメ。

何たる「グイグイ力(りょく)」!

 

もちろん撃沈しました。

お姉ちゃんからは「は?」という表情を向けられ、

ほかの子からはにらまれ、

ママさんたちからは失笑されました。

 

失意のマメを見て、おかしいやらかわいそうやら。

それにしても、マメの意外な「グイグイ気質」が判明して、、、。

これって、喜ぶべきか心配するべきか。

どっち?

 

*今日は大晦日です、みなさま良いお年をお迎えください。