●大分市から佐伯市へ
通勤通学が落ち着いた頃を見計らって大分市の市街地を走り抜ける。
さらに郊外へ向けて国道10号をひたすら走る。歩道が広くて段差も少ないので走行車線に降りる必要はない。チャリダーにとっても有難いし、ドライバーにとってもそのほうがいいに決まってる。
ところで。
九州のドライバーのほとんどは自転車に寛容で優しい。
地方によっては、自転車で車道の左端を怖々と走ると車からの、あからさまな威嚇や嫌がらせを繰り返し受けることがある。
〇〇県、〇〇県、〇〇県は特に酷い。(笑)
しかしどうだろう。九州では、ほぼ皆無なのだ。
それは南に下るほどに顕著で、南九州ではむしろ手厚く保護されているような錯覚すらある。
それを「民度が高い」と軽々しく語るのは控えたいが、いずれにせよ「優しさ」を感じることは嬉しいものだ。
地元の人は地元民の運転マナーの低さを自嘲気味に嘆くのだが、僕はそうは思わない。
ドライバー同士はわからないけれど、九州各県のドライバーのほとんどの方は、少なくとも「弱い者いじめ」をしない。
これを九州人気質というのだろうか。
カラリとしている。
さて、
しばらく走っていると反対車線側は大きな川になっているようだ。
国道は、川を遡って南へ伸びる。少しずつ標高をあげていく。
ふと、看板が目に入る。
「戸次川古戦場跡」とある。
4車線で交通量の多い反対側なので向こう側に渡るのはやや困難と見えた。
そのまま通過したのだが、
気になる気になる。
戸次川合戦がわかる人はかなりの戦国歴史マニアだろう。教科書にも1行載るか載らないか、試験には出ないと思う。
秀吉による九州征伐の緒戦の主要合戦で、この戦で上方軍の仙石秀久は島津勢に惨敗を喫したうえ、死兵となって戦い続ける諸将を置きざりにして戦場離脱をはかり、秀吉の怒りを買って改易される。
この戦いで四国の主要な戦国武将であった長宗我部信親(土佐)、十河存保(讃岐)は、仙石秀久が逃亡した戦場で最後まで戦い続け討死する。
威張る仙石秀久に付き合わされた四国の諸将にとって、本来なら敵対するはずのない島津氏であった。なんの意味があろうか。
それから数百年後、
土佐の旧長宗我部氏系の郷士であった坂本龍馬は、島津氏の薩摩と手を結ぶ。
歴史はドラマチックだ。
ともあれ、四国の戦国時代は、ここ九州で終わった。
その地をいま、走っている。
そのうち、もうひとつの碑が、僕の走行車線側に現れた。
おお。なんということだろう。
讃岐と土佐の混血である僕は、
手を合わせずにはいられない。
豊後大分市郊外、戸次川であった。
さて。
国道はずんずん山の中へ進んでいく。歩道はなくなり、車道の左端を走る。
紅葉が美しいと言いたいところだけど、割と地味にしんどい。汗が吹き出る。
並行して高速道路があるせいだろう。交通量は思ったほどには多くはなく、気にならない。
ふと見ると、石橋が目に入った。
アーチ橋ではないか。
美しいではないか。
水路がある。水道橋を兼ねていたようだ。
安政橋とあるから、幕末の橋だろうか。大正年間に崩落して再建されたとある。
昔は荷駄がこの橋を賑やかに往来したのだろうな。
俺も、チャリで走ってみるぞ!
お!なかなかイイぞ!
地味に汗をかき続け、峠を登り、やがて下りていく。地味だ。地味すぎる。
峠を下っていくと、弥生という最初の集落に大きな道の駅があった。
ここから国道10号を外れる。9km off highway。
佐伯の町はもうすぐ。
いまにも雨が降りそうだった。先を急いだ。
●佐伯市から延岡市へ
佐伯は古い港町。豊かな漁場に恵まれ漁港として名高い。四国からのフェリーも発着する。
お城があった。
唯一残る、三の丸門だという。
なんと、なんと。
美しい城下町ではないか。
昨日夕方からの雨はあがり、今朝は青空が戻ってきた。
ずっと走り続けてきた国道10号に戻るために川を遡ること9km。国道10号に復帰。
ここから先も、山村を縫って国道は南へと続く。
これから先は、県境の峠を越えていく。
ダラダラ続く、大きな峠だ。
昨日はこの峠を境に天気が悪かったので手前の佐伯で宿を取った。
今朝も道路はまだ所々濡れていて、昨夜の雨の名残りが見られる。
交通量は少ない。片側1車線。
歩道はないけど、気にならない。
この先、延岡市まではコンビニもない。
チャリ旅をしていると意外とそういうことも多いから、そういうときは道沿いの自動販売機がありがたく感じられる。
清涼飲料水の自動販売機。
これは日本独特のものだ。
初めて海外を自転車で走ったとき、「水」に困った。
あって当たり前の自動販売機は、どこにもなかった。
水筒が必要だった。
多くの場合、海外では自販機は屋外にはない。
キャンプ場のオフィスやガソリンスタンドにある。
日本のように、道沿いにぽつんと置いておくと、あっという間に持っていかれるそうだ。
中にあるお金だけを奪っていくわけではない。
自販機丸ごとピックアップトラックに乗せられて、そっくり持ち去られる。
家に持ち帰ったら工具を使ってじっくり分解して、お金やら飲み物を取り出す。
そして自販機の部品も、蚤の市で売るのだ。
…。
日本は安全。
ありがたいね。
さて。
国道10号はJR九州日豊本線に沿って、渓谷を縫うように峠を登っていく。
そのうち標高は200mを超える。
宗太郎峠、というらしい。
宗太郎峠、なんとも良い名前だ。
ここは、裕次郎ではいけない。
イチローでもいけない。
宗太郎。
なんだか薪をいっぱい背負って働く親思いの青年を想像するではないか。
裕次郎ではブランデーくさい中年のオッサンになってしまうから、いけない。
イチローでは、かっこよすぎて、いけない。
さてさて。
宗太郎峠。
標高だけなら大したことはないけれど、ここまでのプロセスが長かったから、随分と秘境感がある。
重岡、という駅があり、どうやらこの辺りが峠の頂上らしい。
もともとは駅前には宿屋もあり商店もあったような名残はあるけれど、いまは人の気配がない。
それでもここだけは、この区間唯一、少し明るい雰囲気があった。
宗太郎峠は美しい渓谷を縫う。
やがて県境が現れた。
前輪が宮崎県。後輪は大分県にある。(暇)
わかりにくいけれど、写真中央左端に苔むした四角い石があり、それが県境の境界柱。
峠の宮崎県側は、割とあっという間だった。
どんどん降りていく。
それでも、どんなに標高が下がっても川は美しく、町が近づいてきても汚れていない。
澄んだ深いグリーンの淵にはいかにも大きな魚が棲んでいそうに思える。
鵜や、鴨がいる。
普通にいる。
驚くほど、ゴミがない。
北海道の川とは違う。
え?
わけを話そう。
北海道の川は綺麗といわれるが、
冷静に見てみよう。
人口に対して見ると、汚い。
ゴミが多すぎる。
かつて川下りの仕事をしていたから、
実は割と北海道の川は汚いというのを実際にこの目で見てきた。田舎に行けば行くほどに、家庭の大型ゴミなどは川に捨てるのが当たり前という習慣があった。し尿は垂れ流していたし、川底は針金やら得体の知れないゴミでいっぱいだ。
泳ぐなど、とんでもない。
怪我をする。
ところが、九州は川が綺麗なのだ。
水が澄んでいて川底が見える。
昔から水と上手に付き合ってきた歴史がある。
田舎だから綺麗なのではない。
北海道など、田舎でもゴミだらけなのだ。
むしろ田舎が汚い。
広いから、わかりにくいだけだ。
九州の人口は、北海道の倍以上。
九州の広さは、北海道の半分くらい。
人口密度は、
北海道64人/km2
九州325人/km2
もしも北海道が九州並みの人口密度ならば、
北海道の自然はたぶん滅茶苦茶だと思う。破滅的だ。
もう止そう。
九州は美しい、という話をしたのだ。
話を戻そう。
まだ午後も早いうちに延岡市に着いてしまった。
ここから先、宮崎市までは概ね平野が続く。
もっと先に進みたかったが、宿の予約を済ませていたからそうもいかない。
市内の五ヶ瀬川の畔にあるビジネスホテルに着いた。
僕は宿を選ぶとき、朝食で選ぶ。
立地や値段で選ぶことはあまりない。
朝食の評判で選ぶ。
当たることもあるし、外れることもある。
九州にはよく来るので、決めている宿もあるし、初めての宿もある。
延岡。きょうは、初めての宿。
「うーん、明日の朝ごはんは、どんなだろ?」
チェックインする時の僕の期待はもう、
それはそれは、
半端ないのだった。
欲望に、ギラギラしているよ。
通勤通学が落ち着いた頃を見計らって大分市の市街地を走り抜ける。
さらに郊外へ向けて国道10号をひたすら走る。歩道が広くて段差も少ないので走行車線に降りる必要はない。チャリダーにとっても有難いし、ドライバーにとってもそのほうがいいに決まってる。
ところで。
九州のドライバーのほとんどは自転車に寛容で優しい。
地方によっては、自転車で車道の左端を怖々と走ると車からの、あからさまな威嚇や嫌がらせを繰り返し受けることがある。
〇〇県、〇〇県、〇〇県は特に酷い。(笑)
しかしどうだろう。九州では、ほぼ皆無なのだ。
それは南に下るほどに顕著で、南九州ではむしろ手厚く保護されているような錯覚すらある。
それを「民度が高い」と軽々しく語るのは控えたいが、いずれにせよ「優しさ」を感じることは嬉しいものだ。
地元の人は地元民の運転マナーの低さを自嘲気味に嘆くのだが、僕はそうは思わない。
ドライバー同士はわからないけれど、九州各県のドライバーのほとんどの方は、少なくとも「弱い者いじめ」をしない。
これを九州人気質というのだろうか。
カラリとしている。
さて、
しばらく走っていると反対車線側は大きな川になっているようだ。
国道は、川を遡って南へ伸びる。少しずつ標高をあげていく。
ふと、看板が目に入る。
「戸次川古戦場跡」とある。
4車線で交通量の多い反対側なので向こう側に渡るのはやや困難と見えた。
そのまま通過したのだが、
気になる気になる。
戸次川合戦がわかる人はかなりの戦国歴史マニアだろう。教科書にも1行載るか載らないか、試験には出ないと思う。
秀吉による九州征伐の緒戦の主要合戦で、この戦で上方軍の仙石秀久は島津勢に惨敗を喫したうえ、死兵となって戦い続ける諸将を置きざりにして戦場離脱をはかり、秀吉の怒りを買って改易される。
この戦いで四国の主要な戦国武将であった長宗我部信親(土佐)、十河存保(讃岐)は、仙石秀久が逃亡した戦場で最後まで戦い続け討死する。
威張る仙石秀久に付き合わされた四国の諸将にとって、本来なら敵対するはずのない島津氏であった。なんの意味があろうか。
それから数百年後、
土佐の旧長宗我部氏系の郷士であった坂本龍馬は、島津氏の薩摩と手を結ぶ。
歴史はドラマチックだ。
ともあれ、四国の戦国時代は、ここ九州で終わった。
その地をいま、走っている。
そのうち、もうひとつの碑が、僕の走行車線側に現れた。
おお。なんということだろう。
讃岐と土佐の混血である僕は、
手を合わせずにはいられない。
豊後大分市郊外、戸次川であった。
さて。
国道はずんずん山の中へ進んでいく。歩道はなくなり、車道の左端を走る。
紅葉が美しいと言いたいところだけど、割と地味にしんどい。汗が吹き出る。
並行して高速道路があるせいだろう。交通量は思ったほどには多くはなく、気にならない。
ふと見ると、石橋が目に入った。
アーチ橋ではないか。
美しいではないか。
水路がある。水道橋を兼ねていたようだ。
安政橋とあるから、幕末の橋だろうか。大正年間に崩落して再建されたとある。
昔は荷駄がこの橋を賑やかに往来したのだろうな。
俺も、チャリで走ってみるぞ!
お!なかなかイイぞ!
地味に汗をかき続け、峠を登り、やがて下りていく。地味だ。地味すぎる。
峠を下っていくと、弥生という最初の集落に大きな道の駅があった。
ここから国道10号を外れる。9km off highway。
佐伯の町はもうすぐ。
いまにも雨が降りそうだった。先を急いだ。
●佐伯市から延岡市へ
佐伯は古い港町。豊かな漁場に恵まれ漁港として名高い。四国からのフェリーも発着する。
お城があった。
唯一残る、三の丸門だという。
なんと、なんと。
美しい城下町ではないか。
昨日夕方からの雨はあがり、今朝は青空が戻ってきた。
ずっと走り続けてきた国道10号に戻るために川を遡ること9km。国道10号に復帰。
ここから先も、山村を縫って国道は南へと続く。
これから先は、県境の峠を越えていく。
ダラダラ続く、大きな峠だ。
昨日はこの峠を境に天気が悪かったので手前の佐伯で宿を取った。
今朝も道路はまだ所々濡れていて、昨夜の雨の名残りが見られる。
交通量は少ない。片側1車線。
歩道はないけど、気にならない。
この先、延岡市まではコンビニもない。
チャリ旅をしていると意外とそういうことも多いから、そういうときは道沿いの自動販売機がありがたく感じられる。
清涼飲料水の自動販売機。
これは日本独特のものだ。
初めて海外を自転車で走ったとき、「水」に困った。
あって当たり前の自動販売機は、どこにもなかった。
水筒が必要だった。
多くの場合、海外では自販機は屋外にはない。
キャンプ場のオフィスやガソリンスタンドにある。
日本のように、道沿いにぽつんと置いておくと、あっという間に持っていかれるそうだ。
中にあるお金だけを奪っていくわけではない。
自販機丸ごとピックアップトラックに乗せられて、そっくり持ち去られる。
家に持ち帰ったら工具を使ってじっくり分解して、お金やら飲み物を取り出す。
そして自販機の部品も、蚤の市で売るのだ。
…。
日本は安全。
ありがたいね。
さて。
国道10号はJR九州日豊本線に沿って、渓谷を縫うように峠を登っていく。
そのうち標高は200mを超える。
宗太郎峠、というらしい。
宗太郎峠、なんとも良い名前だ。
ここは、裕次郎ではいけない。
イチローでもいけない。
宗太郎。
なんだか薪をいっぱい背負って働く親思いの青年を想像するではないか。
裕次郎ではブランデーくさい中年のオッサンになってしまうから、いけない。
イチローでは、かっこよすぎて、いけない。
さてさて。
宗太郎峠。
標高だけなら大したことはないけれど、ここまでのプロセスが長かったから、随分と秘境感がある。
重岡、という駅があり、どうやらこの辺りが峠の頂上らしい。
もともとは駅前には宿屋もあり商店もあったような名残はあるけれど、いまは人の気配がない。
それでもここだけは、この区間唯一、少し明るい雰囲気があった。
宗太郎峠は美しい渓谷を縫う。
やがて県境が現れた。
前輪が宮崎県。後輪は大分県にある。(暇)
わかりにくいけれど、写真中央左端に苔むした四角い石があり、それが県境の境界柱。
峠の宮崎県側は、割とあっという間だった。
どんどん降りていく。
それでも、どんなに標高が下がっても川は美しく、町が近づいてきても汚れていない。
澄んだ深いグリーンの淵にはいかにも大きな魚が棲んでいそうに思える。
鵜や、鴨がいる。
普通にいる。
驚くほど、ゴミがない。
北海道の川とは違う。
え?
わけを話そう。
北海道の川は綺麗といわれるが、
冷静に見てみよう。
人口に対して見ると、汚い。
ゴミが多すぎる。
かつて川下りの仕事をしていたから、
実は割と北海道の川は汚いというのを実際にこの目で見てきた。田舎に行けば行くほどに、家庭の大型ゴミなどは川に捨てるのが当たり前という習慣があった。し尿は垂れ流していたし、川底は針金やら得体の知れないゴミでいっぱいだ。
泳ぐなど、とんでもない。
怪我をする。
ところが、九州は川が綺麗なのだ。
水が澄んでいて川底が見える。
昔から水と上手に付き合ってきた歴史がある。
田舎だから綺麗なのではない。
北海道など、田舎でもゴミだらけなのだ。
むしろ田舎が汚い。
広いから、わかりにくいだけだ。
九州の人口は、北海道の倍以上。
九州の広さは、北海道の半分くらい。
人口密度は、
北海道64人/km2
九州325人/km2
もしも北海道が九州並みの人口密度ならば、
北海道の自然はたぶん滅茶苦茶だと思う。破滅的だ。
もう止そう。
九州は美しい、という話をしたのだ。
話を戻そう。
まだ午後も早いうちに延岡市に着いてしまった。
ここから先、宮崎市までは概ね平野が続く。
もっと先に進みたかったが、宿の予約を済ませていたからそうもいかない。
市内の五ヶ瀬川の畔にあるビジネスホテルに着いた。
僕は宿を選ぶとき、朝食で選ぶ。
立地や値段で選ぶことはあまりない。
朝食の評判で選ぶ。
当たることもあるし、外れることもある。
九州にはよく来るので、決めている宿もあるし、初めての宿もある。
延岡。きょうは、初めての宿。
「うーん、明日の朝ごはんは、どんなだろ?」
チェックインする時の僕の期待はもう、
それはそれは、
半端ないのだった。
欲望に、ギラギラしているよ。