先週、日本に来日し、国民を大いに沸かせた
ブータンの
ワンチェク国王夫妻。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/ee/c4b446884ccc0fa08d19ed7955e88315.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/3f/d1549df3a97f29f072b5320dc0dd7f93.jpg)
当初は
「イケメン国王」と「美女の王妃」という見た目に関心が集中したが、滞在時間が長くなるにつけ、
国王の気さくで素朴なお人柄に魅せられた国民が続出。
そして、国会、被災地、京都での数々のお言葉と立振舞いはまさに
気品にあふれ高貴そのものでした。
もう、帰国の頃は一種のブームのようになっていましたよね。
「国民総幸福量(GNH)」という言葉もメディアに取り上げられ、その幸せ度がブータン国民の97%というから驚き。
でも、決して経済的、
物質的に豊かというわけではないそうだ。
ブータンでは
我欲や私欲まみれの国民が少ない証拠です。
んで自分このニュースを見ていて思い出したのが、↓この言葉。
「彼らは貧しい。しかし高貴である。」
この言葉は、フランス人の劇作家にして詩人そして外交官であった
ポール・クローデル(フランス駐日大使1921年~27年まで赴任)の昔の日本人への評価を述べたもの。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/12/c78da73aa6883921fe3d44e17c682b19.jpg)
クローデルは、米、欧州、中国などのへ外交官として駐在した後、日本へは1921年(大正10年)に駐日フランス大使として赴任してきました。で、その二年後の1923年9月1日
「関東大震災」が起きたのです。
フランス大使館も焼け落ち、クローデルも途方にくれました。その時の手記がこれ↓
「地震の日の夜、私が東京と横浜の間を長時間歩いているとき、あるいは生存者が群れ集まった巨大な野営地で過ごした数日間、私は不平ひとつ聞かなかった。(略)
廃墟の下に埋もれた犠牲者たちの声も「助けてくれ!こっちだ!」というような差し迫った叫び声ではなかった。「どうぞ、どうぞ、どうぞ」(お願いします)というつつましい懇願の声だったのである」
被災しても、不平を言わず、助けを求めるにも礼節を忘れない当時の日本人像が伝わってきます。
先の大震災でも、三陸沖の被災者の方々はこの日本人の美徳を発揮し、世界をアッと言わせたのは記憶に新しいところですよね。
時が流れ、1943年(昭和18年)。最初は連戦連勝を重ねてきた帝国海軍もミッドウェーの大敗で連合艦隊も壊滅状態。
いよいよ日本の敗戦が現実味を帯びてきた秋、ポール・クローデルがパリの夜会に招かれて、述べた有名なスピーチがこれです。
「私がどうしても滅びてほしくない一つの民族があります。それは日本人です。あれほど古い文明をそのままに今に伝えている民族は他にありません。日本の近代における発展、それは大変目覚しいけれども、私にとっては不思議ではありません。日本は太古から文明を積み重ねてきたからこそ、明治になって急に欧米の文化を輸入しても発展したのです。どの民族もこれだけの急な発展をするだけの資格はありません。しかし、日本にはその資格があるのです。古くから文明を積み上げてきたからこそ資格があるのです。」
そして、最後に例の有名な言葉で締めくくりました。
「彼らは貧しい。しかし高貴である。」
今の現代日本人(被災地の方々は別としても)はこんな言葉を送られるほど高貴ではないことを日本人自身良く承知しているのではないでしょうか。
何せ、これだけ豊かになりながら、我欲、私欲そのもの「子
○手当て」や「高
○無料化」などの目先のお金に国民は目がくらみ、はたまた株主のお金で100億円も博打でスっちゃう一流会社の経営者まで現れるんですから(ここまでいくとある意味アッパレですが)。
かつて、高貴と賞賛された我々の祖父母が見たらなんということか・・・・・・。