訊ねた男はこの店の主人有岡だった。
有岡は私に指差しながら「啓一はあそこにいるよ」と言った。
そこには
金色の着流し姿に七色の扇を襟首に差込み座敷の隅で土下座している主人がいた。・・。
私には分かっていた、ここにいる皆が私達家族を知っている事を
他人からどう思われても家族を捨てた男の故郷の、この町に暮らす事を決めたのは私だ。
主人は必ずこの町に帰って来ることを信じていたからだ。
それにしても作者の物語を早く終わらせたいと言う気持ちは良く分かるのだが
あまりにも呆気なさ過ぎる。
本当は
商社マンの夫が赴任先でテロに遭い爆風を受け頭を強打して記憶喪失となる
やがて夫は地元のゲリラとなり激戦地を闘っていたある日、再度、爆風を浴びた
瞬間、記憶がよみがえり私達家族の住む日本へ帰って来る。
「お父さん!!」と子供達は駆け出しながら主人の胸へとしがみつく。
私は、その場で泣き崩れる。以前はメタボ気味でボッタリした身体が
今では屈強な肉体と日焼けした顔から笑みがこぼれ白い歯がのぞいた。
主人はゆっくりと引き締まった太い腕で私を抱き起こし「信子、ただいま」と
私の肩を抱きながら主人は言った「良かった祭りに間に合った・・・・・・・」
その時秋祭りの笛の音は遠くかすかに聞こえ彼岸花は優しく揺れていた・・・。
あぁこれが私のベストの再会シーンだったのに何だこれは!!
白粉を塗りたくって着流し姿だと!ケッ懲りない男だお前は!!
見ればだぶついた腹と丸い肩がうつむきながら震えている。
多分、土下座の足が体重を支えきれなくて苦しんでいるのだろう。
その時だった申し合わせたように場内が暗くなり歌が聴こえてきた。
♪岬の向こうに 手を振れば
風が吹くたび 海鳥鳴いた
潮の流れを追いかけて
白い浜辺で誓った遠い日は
戻って来ないと わかっていても
それでも逢いたい 逢えるなら
あぁ 二人の 浜木綿の丘~~~~
いつの間にか主人の啓一の扇は空を舞い啓一は歌いながら踊っていた。
その体型と歌と衣装があまりにも合わない姿を見て私はあまりにも
バカバカしくなり涙を流しながら大笑いしてしまった。
子供達も主人を見て腹を抱えて笑っていた。その時思った
この人が本当はお父さんだと知ったら子供達はどんな顔するだろうか?
歌が終わると同時に私は席を立った。
「それじゃ 皆さん大変お世話になりました私達これで帰ります。」
私は町内の皆さんにお礼を言うと啓太と美帆を連れ有岡の店を出た。
すると後から主人の啓一が着流しのまま肩を落としトボトボと付いて来た。
子供達が振り返る度に主人はピクリと立ち止まるとやがてニコリと笑った。
「ねぇお母さん、何であのオジさんうしろから付いて来てくるの?」
不思議そうに小声で訊ねる子供たちに私はひとつの決断をした。
私は立ち止まり振り返り
「ねぇうしろから来るあなたはスイカの皮と実どっちが好きなの?」と訊いた。
主人は一瞬呆気に取られたような顔になり、やがて会得したかのように頷き
持ってた扇をパァンと音を立て開き「どっちも好き!」と嬉しそうに叫んだ。
馬鹿だ!こいつは大馬鹿だ!!せっかく子供達に父親と分からせる為の
感動のいい場面を作ってあげようとしたのに
それをぶち壊した空気を読めない男は、こちらからお払い箱だ!!
私は子供達の手を強く繋ぎると小走りに家路へと急いだ。
それでもうしろからはメタボ金色着流し姿が必死の形相で追いかけて来ている。
祭りは終わった。
遠く聞こえるのは主人の息切れの音だけだった。
しかし最後に聞こえたのは「待ってくれ!!お母さん!!」
啓太と美帆が立ち止まった。
終わり