9月30日: サンデースポーツで、早速、高橋大輔&村元哉中組へのインタビューが放送されました。こちら動画
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ビックリ半分、やっぱり半分、という、ちょっとした大ニュース。
既に色々と報道されていますが、男子シングルに復帰していた、高橋大輔選手が、アイスダンスに転向することを発表。
アイスダンスで組むお相手は、少し前にカップル解消して、次のパートナーが見つかっていなかった、アイスダンスの平昌五輪日本代表でもあった、村元哉中(かな)選手。
村元選手は、日本人としては稀に見るアイスダンスの才能がある選手だと思うので、このままでは本当にもったいないと私は思っていましたので、再び挑戦できるのは、本当に良かったですね…!
高橋大輔選手は、今年の西日本選手権と全日本選手権を最後に、男子シングルからアイスダンスへ転向し、
来年(2020年)1月をスタートに、アイスダンスのコーチのいるアメリカに、拠点を移す計画だそうです。
村元選手からの経緯のご報告は、こちらの記事より。
高橋選手は、「変えることの出来るものを、変える勇気を」もって行動された、と私は解釈しておきます。(笑)
高橋大輔選手は、フィギュアスケートを観てきた方々なら知っていると思いますが、そうとう前から、「生まれ変わったら、アイスダンスの(金メダリストの)メリル選手(今は既に引退済)とパートナーを組んでみたい」、と語っていたことが有名です。
たとえ気楽に言ってみただけだったとしても、そういう言葉がそこに出てくること自体、
「本当は」「本音では」アイスダンスにも挑戦したいか、強い興味や想いがあったというのは、フィギュアスケートファンなら気づいていた方もいらっしゃるでしょうし、よく知っていた方も多いと思います。
人間は、本当に死んだら、そこでこの世の人生はお終いですけど、
生きたまま「生まれ変わる」ことができる(=新生できる)ことは、聖書によればもちろん「可能」です。(笑)
(アイスダンスをやってみるか、ちょっとでも関わってみればいいのにね…)と私はずっと前から思っていましたし、そうこのブログに書いたこともありますけれども、
そうはいっても、こればかりは、本人が決断するかどうか、と、興味ややる気が本当にあるかどうか、そのような情熱が与えられているかどうかが、最終的にはすべてなだけに、
このニュースは、高橋選手にそれだけの想いが沸き上がったからこその結果、だと思います。
高橋大輔選手にとっては、とても良い挑戦だと思いますし、
勇気は必要だったでしょうけれども、色々後悔しないためには、良い決断になったのでは、と思います。
アイスダンスで平昌五輪まで出ておきながら、パートナーが見つからずに困っていた村元選手にも、これは本当に朗報だったことでしょう。
今後どうなるのかは、アイスダンスで最も重要と思われる、「お二人の相性」と、
高橋選手の体力や意欲次第、あとはお二人の使命がどうなのか、ということにかかってくるかと思いますが、
いずれにしても、日本のアイスダンス活性化には、必ず力になるとは思います!
既に活躍されているアイスダンスの選手たちと共に、
正々堂々と、「本当に良い演技」を目指して、前向きに頑張ってほしいですね。
既にお二人での練習を始めているようですが、
できるだけ早く、慣れて本格的に取り組めると良いですね…!
何がどうなっても、心がけ次第で、未来への希望につなげることのできる、良き挑戦だと思います!!
羽生選手にとっても、他の選手たちにとっても、色々な意味で、これは朗報だと、私は思いますね…!!
ただ強化費についてだけは、使い方としてどうなのか、とは思いますが…。
スケート人生に直結する、怪我などに気を付けて、未来へと進んで行ってほしいと思います…!
一人一人の本音や取り囲む状況、本当の事情、あらゆる裏の裏までもを、正しく正確に完璧に見抜いておられる
真の天地創造主たる神様は、ご自分に真に従おうとする心を本当に持つ真摯な者たちへは必ず、
長年にわたり苦しめられたものから、最善の形で、最善のタイミングで解放してくださいます。
そのような人たちが、
その人本来の良さを生かし、使命を生きるための、一番良い道へと導いてくださいますよう、
心より 主イエス=キリストの御名でお祈りいたします! アーメン。
羽生選手が本当に頑張ってやろうとしてきたことは
「本当に伝わるべき人たち」には、必ず神様が伝えて下さいますし、
その人が「伝わるべき人」なのかどうかは、神様がその人の心を見て、正確に判断されています。
羽生選手は、信頼して、希望をもって、やるべきことを頑張れ~~~♪♪♪
あらゆる、周囲の「闇」から守られますよう、心より主イエス=キリストの御名でお祈りしております…!!
「だから、私たちは落胆しません。
私たちの外なる人が朽ちるとしても、私たちの内なる人は日々新たにされていきます。このしばらくの軽い艱難(かんなん)は、私たちの内に働いて、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。
私たちは、見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。
見えるものは一時的であり、見えないものは永遠に存続するからです。」
(コリントの信徒への手紙 第二 4章16~18節 新約聖書 新共同訳より)
「神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができるからです。
さらに、神の御前では隠れた被造物は一つもなく、すべてのものが神の目には裸であり、さらけ出されているのです。この神に対して、わたしたちは自分のことを申し述べねばなりません。」
(ヘブライ人への手紙 4章12,13節 新約聖書 新共同訳より)