日本と世界

世界の中の日本

「失われた20年」の構造的原因

2022-08-02 15:57:31 | 日記

「失われた20年」の構造的原因

深尾 京司 (ファカルティフェロー)
Research Digest No.0058
  • ポリシー・ディスカッション・ペーパー:10-P-004 [PDF:875KB]
バブル崩壊後の1990年代は「失われた10年」と呼ばれる。

しかし、2000年代に入って銀行の不良債権問題や企業のバランスシートの毀損などが解決しても、日本の経済成長はバブル崩壊前の勢いを取り戻せていない。

このことから深尾京司FFらは、バブル崩壊後から今日までを「失われた20年」として長期的・構造的な視点から分析した。

1990年代、2000年代を通じて堅調な成長を続けている米国は、ICT(情報通信技術)革命によって労働生産性を大きく高めたのに対し、日本ではICT投資が驚くほど少ない。

また、TFP(全要素生産性)を分析すると、大企業は1990年代半ば以降、活発なR&D(研究開発)や国際化でTFPを高めている。

深尾FFは、日本経済が長期的停滞から脱するには、生産性の高い企業がシェアを拡大できるよう、新陳代謝を促すことや中小企業の生産性を高めることが必要だと指摘する。

需要側から見た問題も分析

――「失われた20年」の構造的原因を研究対象とされた動機は何でしょうか。

バブル経済崩壊後の1990年代を、よく「失われた10年」と呼びますが、2000年代に入ってからも、日本の経済成長は1970年代、1980年代に比べて緩慢なものにとどまっていました。

バブル崩壊で露呈した銀行の不良債権問題や企業のバランスシートの傷みといった問題は基本的に解決していたにもかかわらず、経済成長はバブル崩壊以前の水準に戻らなかったのです。

そこには不良債権問題やバランスシートの毀損だけではない構造問題があると考えられます。

そうした構造問題をマクロの視点からきちんと数量的に評価することが重要であると考えました。

経済停滞からの脱却をめぐる議論では、デフレから脱出すれば需要が回復して成長経路に乗るという主張があります。

しかしバブル崩壊後の20年間、本当に投資は過小だったのでしょうか。

この間、労働生産性はなぜ停滞したのでしょうか。

こうしたことも分析する必要があります。

そのためには長期にわたるデータが必要になりますが、こうしたデータが整備されたことによって研究の機が熟したという面もあります。

2007年から、内閣府の「バブル/デフレ期の日本経済と経済政策」研究プロジェクトに「マクロ経済と産業構造」分野の座長として参加してきました。

気鋭の学者により非常にクリアな分析が行われたのですが、残念ながら不良債権問題やデフレといったマクロの視点から見た個々の問題が、経済停滞にどれだけの影響を与えていたのか、また、問題が解決したら、たとえば需要がどのくらい回復するのか、というようなところまでは議論が至りませんでした。

そこで、今回の研究では、需要側から見た問題も分析するとともに、もっと長期の視点から、産業レベル、企業レベルの実証分析も盛り込むことを目指しました。

国際比較できるデータが整備

――分析には、どのようなデータを使われましたか。
内閣府や経済産業省などが公表しているデータのほかに、日本産業生産性データベース(Japan Industrial Productivity Database(JIP))やEU KLEMSデータベースを使いました。

経済成長については労働生産性の問題が重要ですが、生産性は産業によって大きく異なります。

また、同じ産業であっても国によって違ってきます。
JIPはRIETIが一橋大学のグローバルCOEプログラムと共同で整備しているデータベースです。

全産業を108業種に分類して、産業別の生産性、産業構造、寡占の状況など、日本経済の成長を供給側から示しています。

1970年から2006年までのデータ整備を完了していますので、長いスパンでの分析が可能です。

EU KLEMSは、JIPデータベースの数年後にEU(欧州連合)の資金で作成された欧州に関するデータベースです。
KLEMSとは資本(K)、労働力(L)、エネルギー(E)、中間投入(M)、サービス(S)の頭文字をとっており、生産に必要な投入を計測することで、生産性を産業別に見ることができます。

日本に関するデータはJIPを提供しており、EU側でデータを国際比較可能な形に調整して発表しています。

また米国ハーバード大学や、韓国KIPデータベースなども連携しており、多国間での国際比較が可能です。

EU KLEMSプロジェクト自体は3年で終了してしまいましたが、それを受け継ぐ形でのプロジェクトが複数動いています。

貯蓄超過からバブルも発生

――長期的な需要不足を招いた原因はどこにありますか。

需要不足の背景には、70年代半ばから継続してきた貯蓄超過問題があります。

日本はもともと民間の貯蓄率が高かったのですが、これは人口構成上の問題として、団塊世代が退職後に備えて貯蓄してきたから、といった説明がされてきました。

しかし、実際には団塊世代が退職した後も貯蓄率は下がらなかったのです。投資との関係では、1970年代後半から投資が減って貯蓄超過になっています。

国際経済学の視点から言うと、「貯蓄超過で何が悪い」ということになります。

つまり、貯蓄超過は海外に投資され、経常収支黒字によって財市場の均衡が達成されることになるからです。

ところが日本の場合は、これがなかなかうまくいかなかったのです。

第1次石油危機を受けた世界不況の克服を模索するなかで1970年代後半に日独が世界経済の機関車になるべきであるという「機関車論」が盛んに言われました。

日米貿易摩擦の激化もあって、日本の政策は1986年の前川リポートに象徴されるように、内需拡大に傾いていき、円高が進行することになります。

日本から海外への投資とは逆のことが起きたわけです。

貯蓄超過が引き起こした問題ということでは、バブルもそのひとつの表れです。

貯蓄超過の使い道としては、財政赤字を穴埋めするか、海外に投資するか、金利を引き下げて民間投資を促進するか、ということしかなく、これらの政策のどれもうまくいかなければ不況になるというのがケインズの理論です。

日本は円高進行を抑えるために、金利を引き下げて民間投資を促進する道を選び、結果としてバブルを引き起こすことになりました。

驚くほど少ないICT投資

――資本や労働といった供給側にも問題がありましたか。

失われた20年の間も、日本の資本労働比率は増加してきました。

このことから、投資不足が成長停滞を招いたとは考えにくいわけです。

米国では1990年代半ば以降、流通、サービスなどの産業で、ICT投資を行った結果、生産性の上昇が加速したことが明らかになっています。

ところがEU KLEMSデータベースで日米欧の比較をすると、日本は活発に非ICT投資をする一方、ICT投資は、米国との比較だけでなく、欧州との比較でも驚くほど少ないのです。

これが日本の成長停滞の原因のひとつだと考えられます。

もうひとつの原因として、人口一人当たり労働時間の低下があります。

日本の相対的な窮乏の要因としては、これまで議論されることが少なかったのですが、日米で比較すると大きく下落しています。

これは、1990年代半ばまでは、1987年に改正された労働基準法の影響による労働時間の短縮が主な理由です。

加えて、パート労働者が増えたことによる労働時間の縮小や、高齢化が進んだことに企業が対応し切れず、高齢者を生かし切れていない可能性があります。

ただ、労働時間の短縮については労働者自らの選択が反映していることも考えられます。

大企業は「失われた5年」

――1990年代以降の日本のTFP(全要素生産性)上昇の低迷は、何が原因でしょうか。

非製造業と製造業を分けて考えると、非製造業の場合はバブル経済期を除き、それ以前からTFP上昇がずっと停滞していました。

製造業では、現場の労働者を重視して生産性を高める日本独自のモノづくりのシステムが広く確立していましたが、非製造業ではこのようなシステムができなかったことが一因と考えられます。

製造業をさらに大企業と中小企業に分けて分析してみると、大企業は1990年代半ば以降、盛んなR&D(研究開発)や国際化を通じて1980年代以上のTFPの上昇を実現しています。

つまり、大企業にとっては「失われた20年」どころか「失われた10年」でもなく、せいぜい「失われた5年」程度でTFPの再上昇を果たしているのです。

しかし、生産性の高い大企業がシェアを拡大することがなかったため、日本全体のTFP上昇は停滞したわけです。

日本では雇用の保障が優先されるため、事業所を閉鎖したり、新規に開設するコストが高くなっています。

ところがデータをみると大企業は実際には雇用を驚くほど減らしていて、その一方で子会社では雇用を増やしています。

つまり、子会社は平均労働コストが親会社より安いため、人件費を抑制する目的で人員を子会社に移すことが盛んに行われたわけです。

ただし一般に生産性は子会社のほうが親会社よりも低くなりますから、人員と仕事を子会社に移すことによって生産性は上がらなくなってしまいます。

また、大企業が積極的に海外への生産移転を進めたため、国内での生産拡大が実現しなかったこともあります。

一方、中小企業の生産性が停滞した原因ですが、R&Dが大企業に集中して中小企業では活発化しなかったことが挙げられます。

これには、バブル崩壊後の不況期に大企業が垂直系列を見直して中小企業との取引を整理したことによって、大企業から中小企業への技術移転が進まなかったことも考えられます。

ただ、この点は推測であり、実証していくためには取引関係に関する長期のデータが必要になります。

――どのような政策インプリケーションが得られますか。

多くの問題が労働と関連しています。

まず日本でのICT投資が欧米に比べて少なかった背景には、ICT投資の見返りが十分ではないことが考えられます。

たとえば、日本のソフトウエア投資では汎用性が高いパッケージソフトウエアではなく、自社のみで使えるカスタムソフトウエアを使う場合が多いのです。

米国では安価なパッケージソフトウエアを使う企業が多いのですが、これは、企業組織が組み替えやすい柔軟なものになっているからできるという面があります。

ソフトウエアに合わせて企業の組織を変えることが米国では柔軟にできるのです。

これに対して、日本の企業組織は硬直的でソフトウエアに対応して組織変更をするといったことは難しいわけです。

そのため日本では既存の組織のままで使えるカスタムソフトウエアが主流となりますが、コストが高く競争力が無いため、ICTへの大規模な投資が起きにくくなっていると考えられます。

米国では企業内部の仕事の一部を、より効率の良い外部の企業にアウトソーシングすることが盛んに行われています。

これに対して、日本の場合は大企業が子会社にアウトソーシングして人員も子会社に移しています。

仕事を効率的にできる企業に移すわけではないので、これでは生産性が上がりません。

もちろん、職を保障したいという企業の動機も理解できるのですが、経済全体としては、このような方法をとっていると効率が良くなっていきません。

同様の問題はドイツでも起きていると言われます。

また、人件費を抑制するためにパート労働の活用に頼ると、人的資本の蓄積も進みません。

パート労働者には社内の研修などを通じて技能を高めるといった機会がないためです。

一方で子会社に移してでも職を守る正規労働者がいて、一方でパート労働者が活用されているという、労働に関して区別された状況がいいものかどうか。

二者の中間的なところを見つけていくべきではないでしょうか。

高齢者の活用も選択肢のうちに入るでしょう。

現在は定年後、一律に安い給料で再雇用されるしかないのですが、例えば、働く時間や給料などがもっと柔軟に決まる仕組みがあってもいいのではないでしょうか。

産業の新陳代謝が進まない原因の一つとして事業所閉鎖のコストが高いことが挙げられますが、企業が採算の悪い事業所はもっと閉鎖しやすいようにして、採算の良い事業を拡大しやすくすれば全体の生産性も引き上げることができます。

産業の新陳代謝を促進するためには企業の新規事業への参入規制をもっと緩和することも大事になります。

TFPの上昇が停滞している中小企業の問題も考える必要があります。

大企業の垂直系列見直しによって、大企業からの技術移転の機会が減少する中、一律に保護するのではなく、中小企業が独自でR&Dに取り組んだり、国際化していくことを後押しするような政策も求められるでしょう。

需要面から政策を考えることも重要です。

貯蓄超過は現在も続いており、2008年秋以降の世界同時不況による外需の減少によって、大きな需給ギャップが残っています。

つまり、日本には大幅な余剰生産能力が存在するわけです。

このようなときには、米国のように本格的な需要喚起策をとることが必要だと思います。


また、長期的に貯蓄超過が続いているのですから、経常収支の黒字をどうするのか、どういう対外均衡を考えていくのかということが、極めて重要な問題であるはずです。

米国を相手に回して、人民元相場を厳しい管理のもとに置いている中国は、日本の1980年代の経験を真剣に学んでいるそうです。

今のところは、世界中の需要が足りない状況ですので、日本だけが黒字を出していくわけにはいかないでしょうが、為替レートの推移も含め、日本も貯蓄超過を海外にどう還流するかについての「司令塔」を置くことを考えるべきでしょう。

金融危機とTFPなどが研究課題

――今後の研究課題は何でしょうか。

産業の新陳代謝がなぜ進まないのかについて、きちんと調べなければならないと考えています。

次に、金融危機とTFPの長期停滞の関係について分析したいと思っています。

古くは1929年に始まった世界大恐慌や1997-98年の東アジアの通貨危機、中南米でも同じ問題があると思いますが、日本の経験を踏まえて国際比較研究ができないかと考えています。

もう一つは企業のネットワークと技術移転の問題です。技術の問題をどう考えるか。

日本では大企業はR&Dを活発にしていて、TFPが低下したわけではなかった。

R&Dが活発でなかった中小企業のTFPが下がったところに問題があった。

この原因が大企業の垂直系列見直しにあったのかを実証することも含めて検討してみたいと思います。

解説者紹介

深尾 京司
東京大学経済学部卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学修士取得)。成蹊大学経済学部専任講師、一橋大学経済研究所助教授などを経て1999年から現職。内閣府統計委員会委員(委員長代理)、日本経済研究センターアジア研究部主任研究員なども務める。主な著作は『生産性と日本の経済成長:JIPデータベースによる産業・企業レベルの実証分析』〈2008年・東京大学出版会・深尾京司/宮川努(共編著)〉など。<

中国で「不動産バブル崩壊・失業」が深刻化、習近平政権は正念場に

2022-08-02 11:57:13 | 日記
中国で「不動産バブル崩壊・失業」が深刻化、習近平政権は正念場に

真壁昭夫:多摩大学特別招聘教授

2022.8.2 

中国で不動産バブルの後始末が深刻化している。

大手デベロッパーは資産売却を加速しているが、資産価格の下落スピードはそれを上回る。

習近平政権は銀行に不動産業界向けの融資を増やすよう規制を緩めているが、相場底打ちの兆しが見えない。

1~6月期の不動産開発投資は前年同期比5.4%減り、分譲住宅の売上高は同28.9%も減少した。

懸念されるのが失業の増加だ。

6月、中国の若年層(16~24歳)の調査失業率は19.30%に上昇、調査開始以来最高だった。

(多摩大学特別招聘教授 真壁昭夫)

深刻化する不動産バブル崩壊の後始末

企業業績が悪化、失業率は上昇する

 中国経済が、かなり厳しい状況を迎えている。

主因は不動産バブル崩壊だ。

共産党政権の厳格な融資規制は、人々のリスク許容度を急低下させた。債務問題は悪化している。 

加えて、ゼロコロナ政策は建設活動を停滞させている。

他方、成長期待の高いIT先端企業の規制強化が先行き懸念をさらに高める。

それらの結果として、若年層を中心に失業者が急増。ローンの返済を拒む住宅購入者も急増している。

 地方政府の財政悪化も鮮明だ。

債務返済の延期を銀行に求める地方政府まで、出現しはじめた。

 中国の不動産バブルの後始末は拡大するだろう。

今後、大手不動産デベロッパーの資金繰りはさらに行き詰まる可能性が高い。

ゼロコロナ政策も続き、個人消費は減少基調で推移する。

 他方、世界のインフレも深刻だ。

中国企業のコストプッシュ圧力は一段と強まり、企業業績は悪化するだろう。

生き残りをかけて多くの企業が雇用を削減せざるを得なくなり、若年層を中心に失業率は追加的に上昇するだろう。

失業問題は、共産党政権にとって無視できない問題だ。

長きにわたる不動産バブル膨張

「三つのレッドライン」導入後の誤算

 中国で不動産バブルの後始末が深刻化している。

長い期間にわたって、中国では不動産バブルが膨張した。根底には、共産党の経済政策があった。

 共産党指導部は地方政府に経済成長目標を課す。

達成のために地方の共産党幹部は土地の利用権を中国恒大集団(エバーグランデ)などのデベロッパーに売却する。

それは地方政府の主要財源となった。

デベロッパーはマンションを建設する。

建設活動の増加が、雇用を生み出し、建材の需要も増える。インフラ投資も加速する。

 そうして地方政府はGDP成長率目標を達成し、幹部は出世を遂げた。

中国全体で「党の指示に従えば豊かになれる」という価値観が形成され、「不動産価格は上昇し続ける」という神話が出来上がった。

さらに、リーマンショック後は世界的なカネ余りが価格上昇を支えた。

上がるから買う、買うから上がる、という根拠なき熱狂が不動産バブルを膨張させた。

しかし、いつまでも価格が上昇し続けることはない。

2020年8月、共産党政権は「三つのレッドライン」を導入。

金融機関は不動産デベロッパー向けの融資を減らし、デベロッパーは資産売却による資金捻出に追い込まれた。

そうすることで共産党政権は経済全体での債務残高を削減し、資産価格の過熱を解消しようとした。

 問題は、三つのレッドラインが想定以上の負の影響を経済に与えたことだ。

急速な融資規制は神話を打ち壊し、不動産バブルは崩壊した。

それ以降、売るから下がる、下がるから売るという負の連鎖が止まらない。

 エバーグランデなどは資産売却を加速しているが、資産価格の下落スピードはそれを上回る。

習近平政権は銀行に不動産業界向けの融資を増やすよう規制を緩めているが、相場底打ちの兆しが見えない。

1~6月期の不動産開発投資は前年同期比5.4%減り、分譲住宅の売上高は同28.9%も減少した。不良債権問題が深刻化し始めている。

企業・個人・地方政府に拡大する
不良債権問題

 不良債権問題を三つに分けて考えてみる。
まず、企業に関して。エバーグランデなど大手のデフォルト(債務不履行)が相次いでいる。

銀行セクターでは、ずさんなリスク管理の実態が浮上した。

 河南省では41万人の銀行預金が凍結された。

貸し倒れ、担保資産の価値急落によって、銀行の資金繰りが急激に悪化している。

同省では3000人が参加して、預金の支払いを求めるデモが起きた。取り付け騒ぎだ。

それを阻止しようとした当局との衝突も発生した。

 中国の金融システムの現況は、わが国の1990年代中頃を想起させる。

連鎖倒産が起き、不良債権は雪だるま式に増え、金融システムの不安定感が高まる一連の流れだ。

次に、個人(家計)について。住宅ローンの返済拒否が増加している。

例えば江西省では、不動産デベロッパーが経営体力を失ったせいで、1年以上建設が止まったままのマンションがある。

ゼロコロナ政策も拍車をかけて、建設現場に作業員が集まることすら難しい。

一部の購入者は、10月までに工事が再開されない場合、翌月から返済を停止すると表明した。

購入した住宅がいつ完成するのか、不安視する人が増えるのは当然だ。

支払い拒否は、他の地域でも急増している。

 最後に、地方政府の返済能力が低下している問題だ。

一例として、貴州省政府は債務返済の先送りを金融機関に求め始めた。

鉄道などインフラ事業の収益性は低く、土地利用権の売却収入も減っている。結果、同省政府は債務返済負担に耐えられなくなったようだ。

 インフラ投資積み増しのために債権発行などを増やす地方政府が増えている。

債権者に返済期間の延長、さらには一部債務減免(ヘアカット)を求める地方政府が急増する可能性が高まっている。

 かくして、「灰色のサイ」と呼ばれる中国の債務問題は深刻化している。

失業問題の深刻化

貧富の格差拡大も避けられない

 懸念されるのが失業の増加だ。

6月、中国の若年層(16~24歳)の調査失業率は19.30%に上昇、調査開始以来最高だった。

建国以来で見ても、新卒学生を取り巻く雇用環境は最悪だろう。中国人留学生の中には、帰国せず日本での就職を目指す者が多い。

 今後、中国では銀行の貸しはがしや貸し渋りが増える。

不動産をはじめ民間企業の資金繰りは切迫する。

ウクライナ危機をきっかけに、世界全体でインフレも深刻だ。

中国では生き残りをかけてリストラに踏み切る企業が増え、若年層を中心に失業率は上昇するだろう。

となると、共産党政権に不満を持つ人が増える展開が予想される。

その展開を回避するために、習政権は高速鉄道などの公共事業を積み増すだろう。

しかし、経済全体で資本効率性は低下基調にある。

高速鉄道計画では、ほとんどの路線が赤字だ。

追加のインフラ投資は、地方政府の借り入れ増を必要とする。

結果として、経済対策は不良債権の温床になる。

 強引なゼロコロナ政策の継続で、個人の消費や投資は減少せざるを得ない。

他方、成長期待の高いIT先端企業の締め付けも強まる。

8月からは改正版の独占禁止法が施行される。

連鎖反応のように、中国全体で企業の業績は悪化するだろう。

 逆に言えば、一時的な失業増を伴う構造改革の実行は容易ではない。

今のところ、共産党政権は公的資金を注入し、エバーグランデなどを救済する姿勢も示していない。

 中国では、追い込まれる企業・個人・地方政府が増える。

その結果、資金流出が加速し、人民元の先安観は強まり、ドル建てをはじめ債務のデフォルトリスクは高まるはずだ。

資産売却などリストラを強行せざるを得ない企業は、追加的に増えるだろう。

 失業問題が深刻化することで、貧富の格差拡大も避けられない。

中国は不動産バブル膨張によって、過剰な債務・雇用・生産能力が出現した。今後は、その整理が不可避だ。




中国が「極端な貧富の差」の中で山ほど抱える難題国内の社会矛盾増大、習近平政権に焦燥が見える

2022-08-02 11:09:54 | 日記
中国が「極端な貧富の差」の中で山ほど抱える難題国内の社会矛盾増大、習近平政権に焦燥が見える

習近平政権が実現しようとする「中国の夢」、すなわち「中華民族の偉大な復興」とは「中華民族=中国人」の統合による近代的な国民国家の建設を意味している。

当然、「中華民族」には、少数民族や香港、マカオ、台湾の人々も含まれる。

2021年7月の共産党創立100年式典や同年11月に採決された「歴史決議」の内容からもわかるように、習近平国家主席は国民統合と祖国統一を歴史的任務と捉えている。 

そうした背景の下で、昨今の新疆ウイグル自治区や香港での激しい弾圧、台湾統一を目指すとする姿勢は、習主席の強い決意の表れでもあるが、同時に不安と焦りを体現しているようにも見える。

なぜなら、経済成長の鈍化と格差の固定化が顕著になる中、国内の社会矛盾は増大し、国際社会からの批判も高まっており、国民統合には難題が山積しているからだ。

固定化する格差

中国の貧富の格差は拡大し続け、固定化の傾向が顕著である。

クレディ・スイスによると、2020年の上位1%の富裕層が持つ富は全体の30.6%で、2000年から10ポイント上がった。

その一方、中国には6億人の平均月収が1000元(約1万8000円)前後の中低所得かそれ以下の人々がいると、李克強首相は2020年の全国人民代表大会閉幕後の会見で指摘している。

社会主義国でこれほどまでの格差が存在することは本来ありえないが、「先富論」で改革開放政策を進める一方、政治改革を抑制したつけが回ってきたのだと言える。

市場経済の競争原理が不完全な形でしか導入されない中で、不動産や株式市場で儲け、先に豊かになった層が肥え続け、貧困層が上の社会階層に移ることは至難の業である。

不平等・不公正な制度下で権力の濫用が深刻化し、富を創出する機会は既得権益層に集中している。

掲げる看板と現実のギャップを埋めるべく、習近平政権は「共同富裕」の考え方を打ち出し、貧困脱却事業や不動産市場への介入を積極的に行っている。

突然の学習塾の非営利化など、驚くような政策も飛び出し、不法利益取得の取り締まりや寄付活動の推進にも力を入れている。

急激な少子高齢化

しかし、中国の経済成長は鈍化しており、2020年夏に導入された不動産融資規制もあり、不動産開発やインフラ投資に依拠していた経済成長モデルは曲がり角に差し掛かっている。

さらに新型コロナの規制も影響し、内需が弱い状態が続いている。

加えて懸念されるのが、急激な少子高齢化社会の到来だ。

2021年の出生数は1062万人と1949年の建国以来最少となった。

2020年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産むと見込まれる子どもの数)は1.3と日本の1.34より低く、北京や上海などの大都市ではすでに0.7前後と世界最低レベルである。

65歳以上の人口は2億人を突破している。

予想を上回るスピードでの少子高齢化に待ったをかけるため、中国政府は2021年5月に3人の出産を認める奨励策を出した。

しかし出生率が上がらない背景には、公的年金や社会保障制度の未整備、その農村と都市の格差、就業機会や教育を受ける機会の不平等といった事情がある。

子育て世帯への支援策を行っているのは、財政に余裕のある一部地域や企業にとどまる。

昨今の学習塾への締め付けは激化する一方の受験戦争を緩和するためであろうが、まったくの対処療法でしかない。

さらに、中国では結婚時に住宅を用意することが一般的であり、多額の住宅ローンの返済も重荷になっている。

人口抑制は中絶や不妊手術で目標を達成できたのかもしれないが、三人っ子政策の目標は強権的な政府でも容易には達成できないだろう。

各家庭は重すぎる負担に耐えられないし、個人の権利を大切にする女性たちも国家から手段に用いられることを拒んでいる。

儒教文化には子どもを家の所有物のように捉える側面があり、その影響は一人っ子政策が実施されてから一層中国社会に浸透していった。

子どもの進学や就職、結婚や孫の誕生には、一族の命運が掛かっているといっても過言ではない。

両親と4人の祖父母が1人の子どもに過剰な愛情と時間、金をかけるのである。

世界でも例を見ない一人っ子政策の副作用

さらに、一人っ子政策の深刻な副作用は、いびつな男女比にも現れている。

2020年に実施された第7回全国国勢調査によると、男性が女性よりも3490万人も多く、総人口の男女比は105.07、農村人口の男女比は107.91であった。

出生時の男女比は111.3と2010年の118.1よりは下がったが、依然高い水準を維持している。

20~40歳を結婚適齢期とすると男性が女性より1752万人多く、男女比は108.9になる。

それゆえ、中国では「剰男」(売れ残りの男性)が深刻な社会問題となっている。

結婚に際して男性側が多額の彩礼(結納金、住宅、車、贈り物)を準備しなければならない地域もあり、中国の大手IT企業・騰訊の「谷歌データ」によると、

2020年の結納金の平均額は高い順から浙江省18万3000元(約330万円)、黒竜江省15万2000元(約270万円)、福建省13万1000元(約230万円)、江西省11万2000元(約200万円)となっている。

大都市は低めで、北京市6万3000元(約110万円)、上海市7万2000元(約130万円)であった。

北京冬季五輪が開幕する直前、徐州市豊県で8人の子どもを持つ女性が鎖に繋がれて監禁されている様子がSNSで拡散し、衝撃を与えた。

本事件の全貌はいまだ明らかになっていないが、女性に対する家庭内暴力や性的暴行が昨今中国で深刻化している。

また、子どもの誘拐が後を絶たないのは、一部地域では女児が売られるようにして嫁がされ、家のための金づるになっているからだ。

そうした地域では、跡取りである男児の彩礼を準備する必要から、女児を嫁に出すという男尊女卑の考え方も根強い。

一方、「996」(週6日、午前9時から午後9時までかそれ以上働く)というライフスタイルや、エンドレスに非理性的な競争が加速する社会現象「内巻」に嫌気が差した若者の中には、立身出世や物質主義に関心を示さず、「躺平」(寝そべり族)になることを選ぶ者もいる。

結婚しない生き方を選ぶ人、同性愛者であることを明らかにする人も増えている。

2013年以降、婚姻件数は減少傾向にあり、2020年は813万1000組(前年比-12.2%)と最低記録を更新した。

不安定な食糧・エネルギーの供給

習近平政権をさらに不安にさせるのが、不安定な食糧とエネルギーの供給である。

例えば、昨今の豚肉価格の乱高下が懸念事項になっている。2018年にアフリカ豚熱(アフリカ豚コレラ)で養豚農家の廃業が相次ぎ、
一時生産量が激減、2020年は2018年比で生産量が3分の1になり、2020年末までの1年半、豚肉の枝肉価格は市場最高値レベルで推移した。

中国の欧米各国からの豚肉輸入は世界的な食肉価格の高騰も招いた。

しかし、豚肉の価格高騰によって養豚企業が新規参入したため、2021年に入ると生産が増加し、価格は急落した。

さらに、豚の飼養頭数が大幅に増えたことで飼料となるトウモロコシ価格が高止まりし、豚肉価格は大幅安、穀物は大幅高の状態となった。

供給不足を心配して中国が買いすぎると、世界市場の価格が上昇する。

国内の生産調整も容易ではない。

昨年は洪水の影響でコメも輸入拡大の傾向にあった。

中国政府は危機感を抱いたのか、2021年4月末に、食べ残しや大食い動画の投稿を禁じる法律を制定している。

中国はアメリカ、オランダ、ブラジル、ドイツ、フランス、カナダなどから食糧を輸入しているが、こうした国々は中国の人権侵害に厳しい姿勢を示している。

さらに、石炭と天然ガスの価格は昨年後半から今年にかけて過去最高値を更新している。

中国を取り巻く国際関係の緊張状態が続けば、国民を養う生命線である食糧やエネルギーの輸入も難しくなる。

格差が固定化すれば、社会階層間の移動が難しくなる。

能力があってもそれを発揮できないのであれば、若者の間に失望や幻滅が広がっていく。

不平等なシステムは優秀な人材の登用を阻み、ひいては経済発展を妨げる。

さらに、少子高齢化が急速に進み、これまでの不動産に依拠した発展モデルも機能しなくなっている。

一人っ子政策の副作用は深刻で、人々が家族や国家、社会の圧力から逃れようとする傾向は強まっている。

食糧やエネルギーの供給も不安定で、人権問題では国際社会からのプレッシャーもある。

理想と現実が乖離する中でプロパガンダを強化

そうした中で中国政府が力を入れるのはプロパガンダの活動だ。

冒頭に述べた「中国の夢」を国民に抱かせようとするのもその一環であり、格差の是正が難しく、国民に平等な待遇を保障できない環境での国民統合が難航を極めているからこそ、夢を見させようとしているのだろう。

しかし、インターネット上で人々が繋がるようになった時代に、毛沢東時代のような宣伝工作は通用せず、異論や批判に圧力を加える統治と監視の体制を強化するしかない。

ただ、そこにどれだけのコストがかけられるのかが問題だ。

さらに、既得権益を手放したくない社会階層、情報統制下で官製メディアの影響を受けている人たち、あるいは「小粉紅」(ピンクちゃん)と言われるような若い愛国的ネットユーザーたちなど、共産党・政府側のプロパガンダを疑わない人たち、あるいは内心疑っていても表向きは賛同する人たちがいる。

中国政府は国際政治への対応と軍事体制を増強する中で、同時にナショナリズムを煽る傾向が強まる可能性がある。

今後、中国社会がさらに不安定になれば、西側諸国や日本を槍玉に挙げ、闘争状態を継続させることで自らの正当性を確保しようとする場面も増えるのではないか。

政府の政策立案においても、民間の市民交流や経済活動においても、こうした煽りには乗らず、注意深く、理性的に中国との向き合い方を考える必要がある。

(阿古智子/東京大学大学院総合文化研究科教授)
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