悲劇は防げた…安倍元総理銃撃事件を見て「犯罪学者が考えたこと」
7/14(木) 17:53配信
「ディフェンダーX」や「ゾーニング」で襲撃は予防できた可能性が…
山上容疑者の母親は生活に困窮し、02年ごろ破綻したという(撮影:加藤 慶)
7月8日、奈良市内で選挙応援演説中に安倍晋三元総理が襲撃された。
日本でこのような事件が起きたことに驚くばかりだが、 これがあれば事件は防げた可能性がある「ディフェンダーX」とは… 「防げる方策はいくつかあった」 と、犯罪学者の小宮信夫氏は言う。
その一つが「ディフェンダーX」。緊張すると顔の皮膚に精神的なストレスによる一過性の“ふるえ”が現れる。
その“ふるえ”を検知するソフトウエアがディフェンダーXだ。
検知すると、画面上でその人物が赤い枠で囲まれる。
「何百人もいるところで、不審な動きをしている人を、咄嗟に判断するのはむずかしい。でも、ディフェンダーXを使えば、見つけられるかもしれない。
防犯カメラに取り付けられるので、事前に駅や駅前のロータリーなどにある防犯カメラ、あるいは選挙カーに取り付けておけば、犯罪者を検知できたかもしれない」 警備のあり方にも問題があったと言う。
「犯罪を予防するのに重要な方法に“ゾーニング”というものがあります。
多層防御とも言われています。
これはターゲットの周囲をゾーンによって区分けする方法で、たとえば今回のような場合、SPのほかに選挙のボランティアの人たちをゾーンによって配置するんです。
ターゲットのいちばん近いところ、第一層には招待した人、その外側・第二層には一般の人と場所を区切って、第一層にはSP、第二層にはボランティアを配置しておく。
そうすれば、一般の人がターゲットに近づくのはむずかしい。
この層が多ければ多いほど鉄壁の守りとなります。
欧米ではゾーニングすることは当たり前になっていますが、日本ではゾーニングという概念が乏しい。
簡単に至近距離まで近づけるのは、ゾーニングができていないということなんです」
◆自爆テロ型の犯罪が増えている「意味」 警備についてはいろいろ言われているが、これらのことは対症療法で、こうした事件を予防する根本的な解決法ではないと小宮氏は言う。
「今回は自爆テロ型の犯罪。犯人は逃げることを考えていない。捕まってもいいと思っているんです。 そして、自爆テロ型の犯罪が近年増えている。
自爆テロ型の犯罪であることを意識して、真剣に考えなければいけない時期にきていると思います」
安倍元総理の事件が起きる前日には、仙台で女子中学生が男に刃物で切り付けられる事件があった。
犯人は「殺人を犯して刑務所に入るつもりだった」と言っていることから、捕まるつもりでやったことだとわかる。
6月21日には埼玉県川越市で男が従業員を人質にネットカフェに立てこもる事件が起きた。
2月には大阪でクリニック放火事件が起き、2021年11月には京王線で放火が、2019年には川崎市でカリタス小学校の児童や父兄を切り付ける事件や京都アニメーション殺人放火事件が起きた。
「徐々に自爆テロ型の犯罪が増えていて、その発生頻度も縮まっている。
しかも、対象はだれでもいいという無差別事件から変容し、京都アニメーションやカリタス小学校の事件ではターゲットを個人に特定したわけではなかったけれど、だれでもいいわけでもなかった。
そして、大阪クリニック放火事件では、ターゲットがかなり特定されて、自爆テロ型犯罪のステージが1ステップ上がった。
今回の事件は、これらの事件の延長線上に起こった有名人相手のもので、前兆はあったんです」
◆失業者にIT教育を。産業構造を転換させて貧困をなくすことが犯罪をなくす なぜ彼らには犯罪という選択肢しか残されていなかったのか。
そのような視点で考えなければ、これからも自爆テロ型の犯罪は増え続けると小宮氏は言う。
「将来に絶望して、社会に反撃して終わろうというのが自爆テロ型の犯罪です。今回の事件の容疑者も、たとえ宗教団体への恨みがあったとしても、今の生活に満足していれば、事件を起こしていないでしょう。 日本は今、貧困が深刻化しています。
一人当たりのGDPは28位で、もはや先進国とは言えません。
それで最も危機的状況になっているのが30代~40代。
非正規雇用が増え、生活が安定しない。
40代で仕事を失ってしまったら、たいへんです。
一方、ITのスキルをもっている人は、いろいろな業種で必要とされています。
失業者に対して、きちんとITの教育をして、就職をサポートしてあげる。
就職先が決まるまではベーシックインカムを導入して、最低限の保障をする。それで貧困は防げるので、自爆テロ型の犯罪も減っていくし、産業構造も転換していくと思います」
デジタル化も早急に進める必要があると言う。
「日本の経済が成長しないのは、デジタル化が遅れているからです。
いつまでもハンコやFAXに頼っている仕事の仕方をしているから生産性が上がらない。
生産性が低いから低賃金のまま。
今の報道は、『木を見て森を見ず』になっている気がします。
個別事件の動機について舌戦を繰り返すのではなく、そろそろ、それらに共通する背景に目を向けるべきではないでしょうか。
対症療法だけでなく、根治療法にまで踏み込まないと、日本は経済的によくならないし、自爆テロ型の犯罪も増えていくと思います」 小宮信夫 立正大学教授(犯罪学)。
社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。
本田技研工業情報システム部、国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。第2種情報処理技術者(経済産業省)。
「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。
取材・文:中川いづみ
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