《ウクライナ侵攻》
「富と贅沢にとりつかれた」1400億円“プーチン宮殿”の全貌が動画告発された!
2022年上半期BEST5
2022年上半期(1月~6月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。
国際部門の第2位は、こちら!(初公開日 2022年3月2日)。
* * *
ロシアのプーチン政権がウクライナに侵攻してから1週間が経つ。
ロシア軍は首都キエフなどで激しい戦闘を続けている。
それに対して、国際社会は厳しい制裁を次々と科すが、ロシアがひるむ様子はない。
こうしたプーチン大統領の「暴走」とも言える決断について、 元産経新聞モスクワ支局長の佐々木正明氏によれば、ロシア国内からも「ニェット」(NO)を掲げる批判のマグマが溜まりつつあるという。
だが、ロシア国内では、ウクライナ侵攻以前から一部でプーチン政権に対する批判の声が上がっていた。
その動画の再生回数は1億回を超え、プーチン氏への批判は徐々に強まってきていた。
ジャーナリストの小坂諒氏による当時の記事を再公開する
(初出2021年2月1日。年齢、肩書きなどは当時のまま)
◆
ロシアの反体制派指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏(44)が主宰する団体「汚職との戦い基金」がユーチューブ上に投稿した「プーチン宮殿」の動画が、国内外で大きな反響を呼び起こしている。
動画の再生回数はロシアの全人口(1億4500万人)に近づきつつある
ナワリヌイ氏自らが説明役となって、「プーチン宮殿」の開発に1000億ルーブル(1400億円)が投じられたと告発した約2時間の動画は、投稿10日も経たない間に再生回数1億回以上に達した。
至れり尽くせりの豪華絢爛の宮殿内には柔道家のプーチン氏のために畳のあるトレーニングルームまで用意されているという。
さらに敷地内には、ヘリポートやスケートリンク、教会、円形劇場まで設置されている。
ナワリヌイ氏は「内部を見ると、ロシア大統領は精神的な病であることがわかる。彼は富と贅沢に取りつかれてしまった」と指摘している。
動画はロシア語版のみだが、動画の再生回数はロシアの全人口(1億4500万人)に近づきつつある。
このスピードだと、いずれ凌駕することは間違いない。
プーチン大統領自身は「宮殿は私のものではない」と否定。
1月30日にはプーチン氏の柔道の仲間である大富豪アルカディ・ローテンベルク氏が「私のものだ」と答えるなど火消しに躍起だ。
ナワリヌイ氏の訴えは、経済不況と新型コロナウイルス禍に苦しむロシア国民の怒りの導火線に火をつけた。
1月31日、極寒の中で行われたデモはロシア全土に及び、参加者は「プーチンは泥棒」などとスローガンを叫び、クレムリンの主への抗議の意を露わにした。
実は「プーチン宮殿」の概要が明るみになったのは、今回が初めてではない。
すでにロシア国内でも「南方プロジェクト」として何度か報じられており、その都度、プーチン氏への関与が政権により否定されてきた経緯がある。
約15年前に始まった「南方プロジェクト」
「南方プロジェクト」と名付けられた開発は約15年前の2005年、クラスノダール州の手付かずの自然が残る、黒海沿岸の森林地帯で始まった。当時はプーチン政権2期目にあたる。
石油ガスの値が高騰し、ロシアが高度経済成長を続けていた時期だ。
「子供用のキャンプが建設される」という触れ込みで突然フェンスがはられ、周囲は立ち入り禁止になった。
しかし、それはすぐに嘘と分かった。
この地域には水道が通っていなかったし、断崖絶壁の沿岸は危険すぎて、海水浴には不適切な場所だったからだ。
2010年には、南方プロジェクトの開発に携わった実業家、セルゲイ・コレスニコフ氏がこの開発がプーチン氏のために行われていることを暴露した。
コレスニコフ氏は当時のメドベージェフ大統領宛てに、プーチン氏の仲間であるオリガルヒ(新興財閥)や利権を与えられた側近らが汚職にまみれた資金を投入しているとして、そのからくりを記した公開書簡を発表した。
その中に「南方プロジェクト」についても語られていた。
その後、エストニアに亡命し、欧米メディアのインタビューに答え、「ロシアには皇帝がおり、その皇帝に従わなければ、奴隷になるしかない」と訴えた。
2011年には敷地内部に、環境保護活動家が侵入し、宮殿の外観を撮影することに成功した。
途中、活動家は警備員に捕まり、持ち物を全て没収されたが、靴の中に写真のデータを収めたフラッシュドライブを隠し、外部に持ち出すことができたのだった。
その活動家はロシアのメディアに対し、この警備員はロシア連邦保安庁(FSB)の要員だったと答えた。
「なぜFSBがこんな場所を警備するのかと聞いたが、対応した要員たちは誰も答えられなかった」という。
一方、ナワリヌイ氏はこれまでも独自調査でプーチン政権と与党幹部らの不正蓄財を次々と暴露してきた。
その都度、全国で大規模な抗議デモが起き、無許可の違法デモを呼び掛けたとして何度も逮捕されている。
反体制政治家としての存在感は増してきており、目下のところ、プーチン体制に歯向かう急先鋒である。
化学兵器の神経剤によって毒殺されかけたナワリヌイ氏
ナワリヌイ氏は、昨年8月、統一地方選を前にシベリア各地を行脚した後、モスクワに戻る機中でこん睡状態に陥った。
後に、化学兵器の神経剤によって毒殺されかかったことがわかり、長期療養のためドイツへ渡航。
治療のかたわら、今回の動画の作成に携わり、1月18日にロシアに帰国した直後に再び拘束された。
過去の有罪判決による執行猶予の条件を守らなかったなどの理由で、今後、数年間の服役の有罪判決を受ける恐れがある。
ナワリヌイ氏のチームは「プーチン宮殿」の建設に関わった業者らから見取り図や豪華家具など内装情報を独自に入手。
最初の告発者、コレスニコフ氏のインタビューや行政機関への照会で登記簿上の記録を照らし合わせ、いったい誰が開発にかかわったのか、支払われた金額はどれほどになるのかを1つ1つ突き詰めていった。
ロシアで最も秘密めき、最も警備が手厚い施設
判明した「宮殿」の敷地面積はモナコ公国の国土の39倍の7800ヘクタールにも及ぶ。
周囲をFSBが警備し、近くの街から入るときはいくつかの検問所を通過しなくてはならない。
海からも沿岸に近づくことは禁止されている。
この敷地内では今も「数千人の労働者」が働いており、内部にはカメラ付きのスマートフォンを持ち込むことを禁じられている。7
さらに、内部に進入する車は国境通過のような厳重な検査を受ける。
そうした厳しい条件にもかかわらず、ナワリヌイ氏のチームは果敢に内部の状況把握に努めた。
数人が近くの港町からゴムボートで沿岸に近づき、ドローンを飛ばして、上空からの撮影に成功。
動画ではこれまで集めた数々の情報を詳細につなぎ、一部をコンピューターグラフィックスで再現した。
ナビゲーター役のナワリヌイ氏は動画でこう語った。
「誇張なしで言うが、(この宮殿は)ロシアで最も秘密めき、最も警備が手厚い施設だ。これはダーチャ(別荘)でもなく、カントリーハウスでもない。
いうなれば、都市そのものであり、王国なのです。
難攻不落のフェンス、独自の港、独自の警備員、教会やアクセスする際の独自の態勢まで完備されている。
そして上空は飛行禁止区域に設定されていて、独自の国境検問所まである。
これはロシア国内にある1つの独立した国家なのです。
そして、この国家には唯一のかけがえのないツァーリ(君主)がいます。そうプーチン氏です」
宮殿の床面積は1万7691㎡、ロシアで最も大きな邸宅
映像や写真は動かぬ証拠であり、 動画 を見れば、その詳細がわかる。
さらに 特別サイト には宮殿の見取り図や登記簿、衛星写真、イタリア製の豪華インテリアの値段まで紹介されている。
港から断崖絶壁の先の地上部分に行くためにはトンネルが掘られており、その中には直通エレベーターが設置されている。
宮殿の床面積は1万7691㎡にもなり、ロシアで最も大きな邸宅だという。
内部にある385㎡の25m用プールにはマッサージ室、サウナ、医務室が併設されている。
さらにプールの外には豪華な噴水が設置されている休息用のスペースもある。
そのほかにも、196㎡の屋内劇場、134㎡の読書室、134㎡の音楽視聴室、109㎡の映画館、106㎡のカジノホール、72㎡のビリヤード用ホールなどの娯楽用の施設が完備されている。
イタリア製の最も高価な机は419万3438ルーブル(570万円)。
ソファーは208万421ルーブル(290万円)。
宮殿内には多くの客間、従業員用の部屋があり、床は大理石で施され、調度品の数々はまさに贅沢の限りを尽くした王朝の貴族の暮らしぶりを彷彿させる。
宮殿で働く従業員の居住棟まで
ナワリヌイ氏のチームのドローンは宮殿以外の建物も映し出した。
屋根が緑の丘のような施設の内部には、ホッケーのリンクがあるはずと指摘する。
ナワリヌイ氏らが入手した宮殿を撮った衛星写真を見ると、ホッケーリンクとちょうど同じ大きさの枠組みがあるのがわかる。
プーチン氏は柔道以外にも、ロシアの冬の国技であるアイスホッケーをプレーすることでも知られる。
緑の中にある円形劇場はまだ建築中で骨組みのままだ。
敷地内には80mに及ぶ巨大な橋まである。
2500㎡の面積を持つ温室棟には約40人の従業員が絶えず、植物を育てている。
さらに、宮殿まで続く道路の途中には、この宮殿を管理するオフィス棟とここで働く従業員の居住棟まであった。
この複合体施設の総面積は68ヘクタールにもなる。
しかし、その100倍の領土の7000ヘクタールの区域をFSBが管理していることも登記簿で判明した。
この区域は2020年9月から2068年まで宮殿を所有する会社にリースされている。
独裁者の絢爛豪華な宮殿は民衆の怒りを爆発させる
それにしても、歴代のロシアの最高指導者は黒海沿岸が好きらしい。
ロシア革命まで約300年続いたロシア帝国の最後の皇帝ニコライ2世はクリミア半島に離宮を所持し、家族で最後の時を過ごした。
2014年に冬季五輪が開かれた保養地ソチでは、ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンが別荘を構えた。
そして、ソ連最後の大統領、ミハイル・ゴルバチョフはクリミア半島の黒海沿岸のフォロスに休養中の1991年夏、古参共産党幹部のクーデターにより、軟禁状態に置かれた。
ロシアの最高指導者と黒海沿岸の邸宅の組み合わせには不幸も付きまとう。
過去の歴史を紐解いても、ルーマニアのチャウシェスク大統領しかり、リビアのカダフィ大佐しかり、フィリピンのマルコス大統領しかり……独裁者の絢爛豪華な宮殿は民衆の怒りを爆発させ、その後のクーデターや政権転覆につながったケースは少なくない。
ロシアでは2014年のクリミア併合以降、欧米の制裁措置が国内経済に打撃を与え、民衆の暮らしぶりが次第に汲々としてきている。
貧富の差はさらに広まり、高齢者は少ない年金で糊口をしのいでいる。
さらにプーチン体制が20年以上の長期に及ぶに至り、仲間内の側近政治がさらに加速、社会の閉塞感も強まっている。
「宴会の悪役たちに従うことに賛成しないでほしい」
ドイツの専門家はロシアの抗議デモはナワリヌイ氏の釈放を求める勢力だけでなく、こうした苦境を訴える人たちも集まってきていると指摘している。
ナワリヌイ氏は動画の最後にこんなメッセージを付け加え、民衆に呼びかけた。
「私たちのすべきことはただ一つ。耐えることをやめましょう。立ち止まって待つことをやめましょう。私たちの暮らしと税金をお金持ちの人々に使うのをやめましょう。私たちの未来は私たちの掌中にある。沈黙しないで。そして、この宴会の悪役たちに従うことに賛成しないでほしい」
ソ連崩壊から30年。ロシアはまた、激動の年を迎えるのか。プーチン大統領がナワリヌイ氏の処遇を間違えば、王国崩壊に向かう加速度はさらに強まるかもしれない。
(小坂 諒/Webオリジナル(特集班))