深刻化する韓国の貧困と所得格差
2022年06月02日(木)14時15分
ソウルの職業フェアで求人票を撮影する学生たち(2015年)
<韓国では労働者の格差がますます拡大し、大企業に入れなかった若者は「使い捨てティッシュ」と呼ばれるほどの劣悪な環境で働いている場合もある。一方、高齢者の貧困率はOECD平均の3倍に達した>
韓国における貧困と所得格差の問題が深刻化している。
韓国の2018年時点の相対的貧困率*(以下、貧困率)は16.7%で2018年のデータが利用できるOECD34各国平均の11.7%を大きく上回り、34各国の中で5番目に高い数値を記録した。
さらに、同時点における韓国の高齢者貧困率は43.4%でOECD34各国平均15.3%よりも約3倍も高いことが明らかになった。
*相対的貧困率とは、簡単に言うと、所得が中央値の半分を下回っている人の割合である(正確には一定基準(貧困線)を下回る等価可処分所得しか得ていない者の割合。
ここで貧困線とは、等価可処分所得(世帯の可処分所得(収入から税金・社会保険料等を除いたいわゆる手取り収入)を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の中央値の半分の額をいう。
OECD 加盟国の年齢階層別相対的貧困率(2018年)
注)OECD平均は2018年のデータが利用できる34カ国の平均
出所)OECD Data, Poverty rate。
一方、韓国統計庁の「家計金融福祉調査」による再分配所得ジニ係数は、文政権が誕生する前の2016年の0.355から2020年には0.331に大きく改善された。
しかし、同期間における市場所得基準ジニ係数は0.402から0.405に上昇している。
政府からの年金給付、手当、助成金等の給付は増えたものの、大企業従事者と中小企業従事者、正規労働者と非正規労働者、資産を持っている者と資産を持っていない者等の間で所得格差が広がったからである。
韓国における「再分配所得ジニ係数」と「当初所得ジニ係数」
注1)再分配所得ジニ係数=市場所得+公的移転所得-公的移転支出
注2)当初所得ジニ係数=稼働所得+財産所得+私的移転所得-私的移転支出
出所)韓国統計庁「家計金融福祉調査」
1次労働市場と2次労働市場
韓国の貧困率がOECD加盟国の中でも相対的に高い理由としては、高齢者の貧困率が高いことが挙げられる。
韓国では公的年金である「国民年金」の歴史がまだ浅く、受給資格を満たした高齢者がまだ少ない。
また、60歳定年が2016年から義務化され始めたので、50代に仕事を辞めた人が多く、引退後の老後収入を十分に確保していない人が多い。
一方、韓国において所得格差が広がっている理由としては労働市場の「二重構造」が強まり、大企業で働く労働者、正規労働者、労働組合のある企業の労働者などの「1次労働市場」と、中小企業で働く労働者、非正規労働者、労働組合のない企業の労働者などの「2次労働市場」の格差が拡大していることが挙げられる。
また、非正規労働者が増え続けていることと若者の雇用状況が改善されていないことも貧困と所得格差を深刻化させる要因になっている。
さらに、新型コロナウイルスの発生以降、若者の就職環境は以前より厳しくなった。
多くの企業で新卒採用の規模を縮小し、新規採用を一時中断する企業まで現れたからだ。
新型コロナウイルスが起きる前には韓国の狭い労働市場を離れて、海外の労働市場にチャレンジする若者が毎年増加していた。
韓国産業人力公団の資料によると、海外就業者数は2013年の1,607人から2019年には6,816人まで増加した。
史上最悪とも言われた日韓関係の中でも日本への就職者は増え、海外就業者の3割以上(36.2%、2,429人)が海外の就職先として日本を選択した。
しかしながら、新型コロナウイルスはこのような選択肢さえ奪ってしまった。
新型コロナウイルスは今後の韓国の社会、経済をさらに暗くする可能性が高い。
より多くの若者が恋愛、結婚、出産、就職、マイホーム、人間関係、夢等をあきらめる立場に置かれてしまうからである。
文政権は若者の雇用を増やすために数多くの雇用対策を発表しているものの、多くの仕事は臨時的・短期的仕事に偏っている。
若者の間でこのような臨時的・短期的仕事は「ティッシュインターン」と呼ばれている。
ティッシュのように使い捨てされるからである。
今後、新しい韓国政権が貧困と所得格差の問題を解消するためにはどのような対策が必要だろうか。
まず、高齢者対策から考えてみよう。
今後、年金が給付面において成熟すると、高齢者の経済的状況は現在よりは良くなると思われるが、大きな改善を期待することは難しい。
なぜならば韓国政府が年金の持続可能性を高めるために所得代替率*を引き下げる政策を実施してきたからだ。
*所得代替率とは、年金を受け取り始める時点における年金額が、現役世代の手取り収入額(ボーナス込み)と比較してどのくらいの割合かを示すものである。
所得代替率は1988年の70%から段階的に引き下げられ、2028年には40%になることが決まっている。
所得代替率は40年間保険料を納め続けた被保険者を基準に設計されているので、非正規労働者の増加など雇用形態の多様化が進んでいる現状を考慮すると、多くの被保険者の所得代替率は、実際には政府が発表した基準を大きく下回ることになる。
従って、2005年7月から9%に固定している保険料率を段階的に引き上げることにより、所得代替率の引き上げを検討する必要がある。
年金受給開始年齢は65歳に引き上げ
また、国民年金の支給開始年齢は60歳から65歳に段階的に引き上げられることが決まっており、実際の退職年齢(定年60歳)との間に差が生じることになった。
高齢者の所得を保障するためには国民年金の支給開始年齢と定年を同じ年齢にし、所得が減少する期間をなくす対策を取らないといけないだろう。
次は働き方の多様化に対する対策だ。非正規労働者の増加が急速に進むなかで、韓国政府は、
『期間制および短時間労働者保護等に関する法律』、
『改正派遣労働者の保護等に関する法律』、
『改正労働委員会法』などのいわゆる
「非正規職保護法」を施行することで非正規職の正規職化をすすめ、非正規労働者の増加による労働市場の二極化や雇用の不安定性を緩和しようと試みた。
法律が2007年7月から施行されることにより、非正規労働者が同一事業所で2年を超過して勤務すると、無期契約労働者として見なされることになった。
しかしながら、同一事業所での勤務期間が2年にならないうちに、雇用契約が解除される「雇い止め」も頻繁に発生した。
また、「非正規職保護法」の施行により雇用期間が無期に転換された者の中でも、処遇水準が改善されず、給料や福利厚生の面において正規職との格差が広がっている者も少なくなかった。
それは、韓国社会における格差の拡大につながっている。
さらに、最近は新型コロナウイルスが長期化している中で韓国ではギグワーカー(gig worker)が増加している。
問題はギグワーカーは個人事業主とみなされ、最低賃金法による最低賃金の対象外で、企業の福利厚生制度や公的社会保険制度も適用されないケースが多いことだ。
労働基準法などが適用されず法的に保護されない彼らをこのまま放置しておくと、新しいワーキングプアが生まれ、貧困や格差がより拡大する恐れがある。
これを防ぐためにはまず、ギグワーカーの実態を正確に把握する必要があり、それは政府の主導の下で行われるのが望ましい。
大卒は供給過剰
最後に若者に対する対策について話したい。
韓国では高卒者の約7割が大学に進学することにより、大卒者の労働供給と企業の労働需要の間にミスマッチが発生している。
従って、今後このようなミスマッチを解消するためには、大学の数を減らす代わりに、日本のような専門学校を増やす必要がある。
つまり、現在の若者の就職難を解決するためには雇用政策よりも教育システムの構造的な改革が優先されるべきである。
また、若者が中小企業を就職先として選択できるように、中小企業の賃金水準や労働環境を改善するための支援を拡大することも重要である。
技術力や競争力のある中小企業を積極的に育成し、若者が選択できる選択肢を増やすべきである。
もちろん、最低賃金を引き上げることも低所得者に対する政府の財政支出を拡大すること等貧困や所得格差を解消するための政府の対策も大事である。
但し、最低賃金の引き上げは企業の財税的な負担を考慮しながら、そして、政府の財政支出拡大は政府の財政健全化を考慮したうえで実施されるのが望ましい。
民間企業の活躍を重視し、小さな政府を目指す新しい尹政権が今後どのように韓国の貧困と所得格差問題を解決していくのか今後の動向に注目したいところである。