在日コリアンであることを隠してきた私が小説を書く理由
:2022年6月13日更新
TOKYO人権 第94号(令和4年5月31日発行)
インタビュー
Profile
深沢 潮( ふかざわ・うしお)さん
作家
東京都生まれ。両親は在日韓国人で父親は在日1世、母は在日2世、自身は1994年の在日コリアンとの結婚(のち離婚)・妊娠を機に日本国籍を取得。
1989年上智大学文学部卒業後、外資系金融会社勤務や日本語講師などを経験。
2012年『金江のおばさん』で第11回「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞。
『ひとかどの父へ』『緑と赤』『海を抱いて月に眠る』など在日コリアンをテーマにした多彩な作品を次々に発表。最新作は『翡翠色の海へうたう』。
『海を抱いて月に眠る』(文藝春秋)
出自を明かすことが辛かった そのことが小説を書くきっかけに
小説家としてのデビュー作になった『金江(かなえ)のおばさん』を書くことになったのには、不思議な経緯があります。まずはそのことからお話しします。
離婚したばかりの頃、強い喪失感を克服するために、同じように何かで喪失感を抱え苦しんでいる人たちが集まる自助グループに参加しました。
結婚から離婚にいたる経緯は、在日コリアンという自分の出自と密接に関わっていましたが、私は自身のことについて、そこで語ることができませんでした。
当時の私には、自身の出自を皆の前で開示することが、どうしてもできなかったのです。
それまでの人生でもずっと隠して生きてきました。
それが常に心につきまとい人生を左右しており、その頃はまだ正面から向き合うことが辛かったのです。
そんな折、グループをサポートしている方から「どうしても話せないのなら、自分の気持ちをフィクションでもいいから書いてみてはどうですか」と助言をもらい書き始めました。
そして、設定を少し変え、ストーリー仕立てで書いたものを、グループのメンバーに聞いてもらったら「面白い。来週も聞きたい」と喜んでもらえたのです。
それをきっかけに、個人のブログに虚実を織り交ぜた小説を書き始めました。
そこでも反響が得られたことに刺激されて、ますますのめり込み、小説教室に通うようになりました。
『金江のおばさん』は、その頃に書いたものですが、原型は、自助グループで自分の体験を語る代わりに書いたストーリーが基になっています。
本名を名乗れなかったことで、
傷つけられた尊厳
本名で生きるには世間が厳しすぎた
私は幼児期から本名を隠して通称名(日本名)で生きてきました。
これは両親の意向で、背景には二つの事情がありました。
一つ目は私の姉が、重い心臓の病を抱えていたことです。姉は早くに亡くなってしまったのですが、幼少期から入院や手術を繰り返し、小学校への入学を1年延期したほど病弱でした。
そのため学校でも勉強や運動についていくことが難しく、そのことでいじめられる懸念がありました。
そこに「在日コリアン」であることが加わったら、ますますいじめられかねないと両親は考えたのです。
母が小中学校時代に随分と酷いいじめにあってきたことから、堂々と生きるには周囲からの扱いが厳しすぎると判断したのです。
二つ目は父親の事情です。
父は子どもが生まれる頃まで政治運動に関わり、当時の軍事政権下の韓国で、政府に敵対する立場にありました。
しかしそれが原因で親族が不利益を被ることもあり、子どもの将来に影響が出ることを恐れた父は、政治運動から離れ、日本で実業に専念する人生を選んだのです。
父は政治運動と決別したことで、一緒に運動をしていた仲間に負い目のようなものを感じていたようでした。
それで、在日のコミュニティーからあえて離れて生きることを選んだ面もあったと思います。
ただ、この父親の過去については、大人になって小説を書くようになるまで、ほとんど知りませんでした。
私の作品の『ひとかどの父へ』と『海を抱いて月に眠る』は、どちらも大人になった娘が、これまで知らなかった父親の人生を通じて家族の歴史を振り返る筋書になっていますが、これは私自身の体験に基づいています。
親を恨んでいた子ども時代
そうやって出自を隠していても、在日コリアンであることが分かりいじめられたことはありました。
私が子どもの頃は今以上に在日コリアンへの差別や偏見が強く、韓国籍では住居が借りられないことなども珍しくありませんでした。
普段は出自を隠していても、家の中では韓国の文化を継承し、韓国式のしきたりも大事にしていました。
子どもの頃、家の近所の写真館で撮影してもらったチマチョゴリ姿の私の写真が、商店街の目立つところに飾られて、周囲の人々に出自を知られてしまったことがあります。
中学生のときには、本名が同じ世代の日本人の名前としては珍しく、韓国名を感じさせることから気づかれて、噂(うわさ)になったこともあります。学生時代には、そのせいで友達から仲間外れにされ、大変傷つきました。
当時の日記を読み返してみると、世間や差別する人が悪いとは思っておらず、両親を責め、韓国籍である自分がいけないのだと自分を責めています。
出自を隠していることによって、尊厳を感じられず、さらに差別を受けることで、自己肯定感が著しく低かったのでしょう。
出自を隠さず堂々と本名で生きるということ
友達でも恋愛相手でも、長い付き合いになり親しくなると、本当の自分を知ってもらおうと在日コリアンであることを伝えようとしました。
しかしそこでもやはり拒絶されることがあり、その都度ひどく傷つきました。
それでも好きな人にプロポーズされれば、自分の出自を伝えないわけにはいきません。
そのために関係が破綻したことも一度ではありません。
「同じ墓には入れない」と言われたこともあります。
このような挫折体験が続き、同じ環境の人と結婚するしかないと考え、お見合いを経て結婚しました。
結婚相手は、韓国籍であることを隠さず本名を名乗って暮らしている人でした。
私もいざ本名で暮らし、友人にも韓国人であることを打ち明けてみると、気持ちがとても楽になりました。
離れていった人もいるけれど、すんなり受け入れ、態度が変わらなかった人もいます。
差別する人は向こうから寄ってこなくなるので、むしろ差別されることは少なくなりました。
「これまで努力して隠してきたことは、一体何だったのだろう」と、自分で自分を追い込んでいた側面もあったと感じました。
「在日」という言葉すら知らない人でも読める作品を小説を書くにあたって、差別や貧困のような重いテーマを扱う場合でも、読む人に覚悟を求めるような物語にすることは避けています。
むしろ「ザイニチって何?」という認識の人でも、物語の世界にすんなり入っていけるよう意識して書いています。
日本は同質社会なので、自分と同じものへの共感性はとても高い半面、自分と違うものに感情移入することはなかなか難しいように見受けられます。
だから小説の中では、たとえ在日コリアン設定の登場人物でも、読者に「自分と同じだ」と思わせる状況設定や描写を心がけています。
私の小説は、戦争文学のような社会的な問題を取り上げるジャンルのものではありません。
例えば日常の中で、親しくしている友人が在日コリアンだったことに気づいたときに「あ、そうだったのね」と自然に受け止めてもらえるような社会が理想だと考えています。
読者と同じような境遇にいて、同じようなことを考えたり感じたりしている登場人物を描くことで、読む人にもっと身近に感じてほしいのです。
在日をテーマにした物語が多いからといって、そのことに政治的な意図はありません。
日常生活の中で悩んでいる女性の話や、家族の葛藤の物語の舞台として、私に縁の深い在日の問題を扱っているだけです。
小説の真のテーマは人が感じる悩みや葛藤の側にあります。
マイノリティーが弱者だと決めつけないでほしい
東京の大久保にある「コリアンタウン」周辺でのヘイトスピーチは、それが最も顕著だった2013年に実際に現地で体験しました。
『緑と赤』という作品の中でそのときの体験を基にした描写をしていますが、決して社会問題として告発したかったのではありません。
実際にその現場に居合わせた者として、これは描写しておきたいと感じたからです。
ヘイトスピーチのデモ隊が通り過ぎていき、その場にいた若い女性たちの様子がガラリと変わり、まるで死んだような表情になっていくその情景や、当事者の若い男性の投げやりな態度が忘れられなかったのです。あまりにも衝撃を受けたり、尊厳が踏みにじられたり、好きなものを全力で否定されたりしたときに、人はどうなってしまうのかを物語として描きたかったのです。
在日コリアンへの差別に対して、積極的に対抗したり助けようとしたりしている日本人の方々もいます。
ただ、そうした人の一部には、「弱者」である在日コリアンを「強者」である自分たちが、一方的に守ったり助けたりする立場としてふるまう人もいます。
日韓問題に限らず、何らかのボランティア活動をしている人の中には、眼差しが上からの視線になっている人も見受けられます。
そのことに、支援されている側の人たちが傷つくこともあるのです。
それでも、もちろん助けたりサポートしたりすることは、何もしないよりもずっと素晴らしいことです。
お伝えしたいのは、マイノリティーであることは、必ずしも弱者を意味しないということです。
「恵まれない境遇の中で、頑張って生きている可哀想な人」としてひと括りにしないでほしいのです。
そうではなく、人としての多様なあり方の一つでしかなく、それを「守られるべき弱者」として扱うことには違和感を持つのです。
執筆中の様子(自宅にて)
深沢 潮著『ハンサラン 愛する人びと』(新潮社)
異なる人たちを特別視せず、ただ同じ世界に存在することを認めてほしい。
自分たちと異なる属性の人たちを特別視せず、ただ存在を認めてほしい
日本の社会に在日コリアンへの差別がなくなればそれに越したことはありませんが、だからと言って、お互いが仲良くなったり、無理に好きになったりする必要は全くないと思います。
例えば隣の家が自分の家と違う習慣や思想信条を持っていたとしても、よほどのことがないかぎり、隣人として上手くやっていくでしょう。
それと同じように、文化や出自のような属性が自分とは異なる人々が、身近に存在することが当たり前のことだと認められるようになってほしいのです。
これまで述べてきたように、私は在日コリアンの問題を声高に訴えようとして小説を書いているつもりはありません。
それでも、そのような問題があることを知らない人たちに、私の小説を読んでもらうことで知ってもらい、心のどこかに留めておいてもらえれば嬉しいです。
そして実際にそういう人が身近にいたことが分かったときには、「あ、そうだったのね」と自然に受け入れられるきっかけになってくれればよいと願っています。
インタビュー 林 勝一(東京都人権啓発センター専門員)
編集 杉浦由佳
撮影(表紙・2~6ページ) 百代
深沢さんのおすすめ書籍
キム・ジヘ 著
『差別はたいてい悪意のない人がする 見えない排除に気づくための10章』(大月書店)
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