韓国史上初の「現職野党第1党党首への逮捕状請求」…今あの国の対立が「ヤバすぎる絶頂」を迎えているワケ
2/20(月) 6:33配信
「憲政史上初めて」現職の野党第1党党首に逮捕状請求
韓国のソウル中央検察庁は2月16日、進歩(革新)系の最大野党「共に民主党」の李在明代表について、特別経済犯罪加重処罰法や利益相反防止法などに違反した疑いで、同氏の逮捕状を請求した。
検察は1月10日、28日、2月10日の計3回にわたって李氏を召喚し、ソウル近郊・京畿道城南市の都市開発事業を巡る疑惑などを調べていた。
野党第1党の党首への逮捕状請求は韓国憲政史上初めてのことだ。
李氏は尹錫悦政権による「検察政治」だとして強く反発している。
李氏は韓国の国会議員を務める。
韓国では、現行犯を除き、国会の開会中に議員を逮捕・拘禁するためには国会の同意が必要になる。
共に民主党は定数300の国会で169議席を占めている。
同党は現在、尹錫悦政権と厳しく対決する姿勢を維持しており、李在明氏の逮捕同意案が可決される可能性は低いとみられている。
韓国の政界関係筋の1人は今回の動きについて、「政権による進歩つぶしの一環だ」と指摘する。
1月の拙稿『韓国尹政権の「支持率急回復」と「野党への検察捜査」で、文在寅を生んだ「共に民主党」分裂か』で指摘した通り、
韓国の保守と進歩の対立は、歴史上最悪と言えるほどの状態に陥っている。
韓国・朝鮮日報が1月3日に報じた世論調査の結果によれば、
「政治的な傾向が違う人と食事やお酒の席を共にすることを、どう思うか」という問いに対し、
保守系与党「国民の力」支持者の44%、「共に民主党」支持者の45.3%が「不自由だ」と答えた。
対立のベースは半島東側と西側の対立
なぜ、これほど保守と進歩の争いが深刻化したのか。
保守と進歩の対立構造はもともと、半島東側の慶尚道(キョンサンド)と西側の全羅道(チョルラド)との地域間抗争がベースとなって発達した。
人口数で勝る慶尚道が歴代の大統領を輩出し、高速道路や鉄道などのインフラ整備で、全羅道に先んじて恩恵を受けてきた。
全羅道は肥沃な土地で農業などが盛んだったが、朝鮮王朝時代に流刑地として使われた歴史もあり、いわれのない差別を受けてきた。
1980年には全羅道に位置する光州市で多数の市民が、全斗煥政権によって殺傷される光州事件も起きた。
市民の反骨精神は最高潮に達し、進歩系政党に支持が集まった。
これが1998年、全羅道出身の金大中大統領の誕生につながった。
ただ、こうした地域対立は、ソウル首都圏に2600万人という韓国人口の半数が集中する時代を迎えて徐々に薄れていった。
東西の交通網が未発達で、それぞれの地域が孤立していた過去には「慶尚道出身の親は子どもに対し、全羅道出身の相手との結婚を許さない」という話も多く聞かれたが、今はほとんどそのような話を聞かない。
慶尚道地域の釜山市を地盤としていた進歩系の盧武鉉、文在寅両氏も大統領になった。
保守と進歩の違いとは、北朝鮮政策を巡る意見対立程度になった。
北朝鮮との体制競争や対決を訴える保守と、太陽政策に代表される融和を唱える進歩という構図だ。
大きく流れを変えてしまった盧武鉉元大統領の自殺
ところが、こうした流れを一変させる事件が2009年5月に起きた。
李明博政権下で検察の取り調べを受けていた盧武鉉元大統領の自殺だ。
進歩側は「政治的殺人だ」と憤った。
盧武鉉氏の側近たちは復讐を誓い、盧氏の自宅があった慶尚道・烽下村で、文在寅氏に政治的後継者となるよう懇願したという。
その復讐劇が、2017年3月に起きた朴槿恵大統領の弾劾と逮捕、18年3月の李明博元大統領の逮捕だった。
しかし韓国の「国民の力」関係者は「朴槿恵は側近による不正を防げなかった責任はある。
ただ、1ウォンも賄賂を受け取っていない。
何らかの懲戒処分はあって当然だが、弾劾や逮捕は行き過ぎた対応だった」と語る。
この関係者は「進歩が得意な宣伝扇動にやられた」とも語る。
2016年秋からソウル中心部では、「チョップル(ロウソクの灯)集会」が毎週末に開かれた。
そこで、集まった人々は口々に「朴槿恵弾劾」を叫ぶのだが、ずっとそればかりでは飽きてしまう。
集会ではコンサートや寸劇も並行して行われた。
市民はまるで、週末の娯楽を楽しむように集会に参加し、「弾劾は当然」という考え方が定着していった。
もちろん、これは一例で、保守・進歩両政権にかかわった多くの人々が逮捕された。
逮捕されなくても、過酷な検察の取り調べを受けて、体調を崩したり、社会と絶縁したりする人も大勢いた。
その結果が、「お互いに顔も見たくない」(「国民の力」関係者)という対立の状況を招いた。
ずっと「翻弄の道具」にされてきた日韓関係
これは、韓国政治を停滞させる原因にもなっている。
その典型が対日政策だ。
朴槿恵政権が実現した2015年12月の日韓慰安婦合意を、後継の文在寅政権が白紙に戻した。
そればかりか、元徴用工らによる日本企業への損害賠償判決の解決を放置し、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄しようとすらした。
その次の尹錫悦政権はこうした問題を正常化しようと試みているが、その過程で進歩派勢力の意見をほぼ無視している。
日韓関係に理解がある進歩系関係者は「本当は、日本に強硬な進歩に花を持たせて、解決策を作ったほうが、合意も長持ちする。形ばかりの相談しかないのは、返す返すも残念だ」と語る。
日本政府関係者も「今、日韓で問題になっている懸案は、ほぼほぼ韓国の国内問題と言える」と指摘する。
もちろん、このような不正常な状態が永続するわけでもないだろう。
保守系は60代以上、進歩系は40~50代が、それぞれの中核支持層だ。
前者は「漢江の奇跡」を達成し、日米と良好な関係を築いた保守政治を、後者は1980年代の民主化闘争を、それぞれ評価する。
しかし、上のような背景を持たない30代は是々非々で、経済政策や日米関係を重視するときは保守へ、福祉政策に関心があるときは進歩へ、といった具合に考える。
今が保守と進歩の抗争のピークだと言えるのかもしれない。 さらなる尹政権の「進歩殺し作戦」の詳細と、それを通して見えてきた韓国政治の闇について、
後編『韓国で毎年5000億円以上が「市民団体」に…尹政権「進歩殺し作戦」で判明した「ヤバすぎるカネの流れ」』につづく。
牧野 愛博(朝日新聞外交専門記者)