デモ・スト…韓国「お家芸失敗」に映る社会の静かな変化
編集委員 峯岸博
2022/12/15 18:18日本経済新聞 電子版
大通りを埋め尽くす反政権デモ、頻発するストライキ……。
韓国の労働組合や市民団体の伝統ともいえる「お家芸」が冷たい視線にさらされ始めた。
そこには韓国世論を動かす社会構造の静かな変化が映る。
貨物連帯スト「政府への完敗」
「異変」は9日に起こった。
貨物輸送のトラック運転手などの労組、貨物連帯が16日間続けたストライキを終了し職務に復帰すると決めた。
「世界で最も強硬な労組」といわれる全国民主労働組合総連盟(民主労総)傘下の組合のなかでもとりわけ過激なことで知られる貨物連帯の自主撤退は関係者を驚かせた。
保守系最大手紙「朝鮮日報」は「前例なき『政府に対する完敗』」と報じた。
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150人超の犠牲者を出した梨泰院(イテウォン)雑踏事故も発生から1カ月半が過ぎ、政権批判の運動は広がりを欠いている。
労組メンバーや運動家など「常連」の姿がめだつ各地の集会は低調で、一般の市民がそろって尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領への退陣要求の声を上げる光景はみられない。
朴槿恵(パク・クネ)政権時代の旅客船セウォル号沈没事故(2014年)や「ろうそく集会」(16~17年)のように、大事故やスキャンダルを絡めて大統領を追いつめる思惑は外れている格好だ。
梨泰院事故から1カ月半がたち、警察当局への責任追及が続く一方で、国民の間で衝撃は薄れつつある(11月14日、ソウル)
11月下旬以降、デモに代わってソウル中心部の広場を真っ赤に染めたのは、熱狂的な応援で知られるサポーター集団「レッドデビル」だった。
サッカー・ワールドカップ(W杯)の応援のため、安全管理の徹底を条件に広場の使用を許可するとしたソウル市の決定は市民らに好意的に受け止められた。韓国が決勝トーナメントに進出した盛り上がりも手伝い、梨泰院を除く韓国中で街のにぎわいが戻っている。
経済への悪影響、国民に受け入れられず
この「変化」はなぜか。9日公表の世論調査機関、韓国ギャラップの調査結果がヒントになる。
尹大統領の支持率は33%(不支持率59%)で前週比2ポイント上昇した。
なお低水準が続いているとはいえ、支持理由トップの「労組対応」が16ポイントも跳ね上がったのが目に付く。
ソウル中心部の大通りを埋める韓国の労組メンバー。革新系の文在寅政権時代は政策要求を強めた(2019年4月、ソウル)=PENTA PRESS
ストやデモのあおりでひどい渋滞が生じ、電車やバスのダイヤが乱れたほか、運行自体がストップしたケースも相次いだ。
労組による伝統的な抗議手法が、経済への悪影響を懸念する一般市民の理解を得られなかったのである。
梨泰院事故についても、政権批判に結びつけて混乱をあおる左派・革新系団体のやり方に多くの市民が疑問を抱いた。
世論調査で尹氏の不支持理由のうち「梨泰院事故での不十分な対処」は3%にすぎない。前週から4ポイント下落した。
韓国ギャラップは、尹氏の支持率上昇傾向の要因として、労組対応だけでなく、梨泰院事故やMBC記者の大統領専用機搭乗拒否問題をめぐる攻防が落ち着いた点も挙げる。
「社会的イシュー」で投票先を決める若者
韓国で大衆デモの成否を握るのは20代を中心とする若者だ。
尹氏の支持率を年代別でみると、20代は24%と全体(33%)より低いながらも、30代(16%)、40代(22%)より高いのは興味深い。
韓国で20代は「イデナム」(=男性)、「イデニョ」(=女性)と特に他の世代と区別して呼ばれる。
また、1990年代後半から2010年代初めに生まれた「Z世代」は国家や集団よりも個を重んじると分析されている。
韓国の政治志向を世代別にざっくり分けると、朝鮮戦争や反共教育を経験した60代以上は保守系、逆に、民主化教育の影響を強く受けた30~40代は革新系、民主化闘争の中核世代でありながら高度経済成長の恩恵も享受した50代は保革相半ば――といったあたりだろうか。
一方で、選挙権を持ち始める18歳~20代は世論調査で支持政党のない「無党派」が43%と圧倒的に多い。
韓国の若者は政党よりも、関心をもつ社会的イシューで投票先を決める傾向が強い(2019年4月、ソウル)=PENTA PRESS
50代以下のX世代やY世代が理想主義的なのに対し、Z世代は個人的な独立や経済的価値を優先し、選挙での投票先も政党ではなく、関心をもった社会的イシューで決める傾向が強い。
3月の韓国大統領選で、文在寅(ムン・ジェイン)政権のフェミニズム政策に「逆差別」を感じた多くのイデナムは「女性家族省廃止」を掲げた保守系の尹氏のもとに走り、逆にイデニョは女性政策に熱心な革新政党の候補を支持した。
革新系から保守系支持へ急旋回
Z世代は人口全体に占める人数こそ少ないものの、デジタルネーティブとして、幼少時代からインターネットなどのデジタル環境にさらされてきた。
ソーシャルメディアを積極的に活用することで「静」から「動」へ一気に転換する爆発力を秘め、各種の集会や選挙でも大きな力を発揮する。
前述のろうそく集会から文大統領の誕生、2020年の総選挙での革新政党大勝の原動力となったのはいずれも若者たちだった。
その後、革新政権下で政府高官や与党議員の「ネロナムブル」(=自分に甘く他人に厳しい二重基準)に失望するときびすを返し、翌年以降はソウル・釜山ダブル市長選や大統領選で保守系候補勝利と5年ぶりの政権交代をけん引した。
今回の労組による一連の動きも、イデナムやZ世代の多くの目には「守旧派」に映っているようだ。
「法と原則」、今回は奏功したが……
K-POPグループ「BTS(防弾少年団)」の最年長メンバーのJINさんが13日、兵役義務を果たすため入隊した。
格差がはびこる世の中でも兵役と教育の機会は誰もが平等であるべきだとの意識が強い韓国では世界的なトップスターといえども、特別扱いへのハードルは極めて高い。
韓国でBTSの最年長メンバー、JINさんが兵役義務を果たすため入隊した。他のメンバーも順次兵役に就く(ソウル)=AP
前述の世論調査によると、尹氏の支持理由の2位は「公正・正義・原則」。
貨物連帯のストを「違法行為」と規定し「法と原則に基づいた厳しい対応」を宣言した姿勢が今回ばかりは若者を含む世論に支持されたようだ。
反政府のデモだから、労働者保護を訴えるストだから市民に許されるという時代は終わったのかもしれない。
国民が尹氏に向ける視線は依然として冷ややかだ。
とりわけ韓国の若者はときの政権に批判的という特徴をもつ。
大一番となる2024年4月の総選挙に向け、尹政権は気まぐれなイデナムやZ世代のハートに目を凝らさざるを得ない。
峯岸博(みねぎし・ひろし)
1992年日本経済新聞社入社。政治部を中心に首相官邸、自民党、外務省、旧大蔵省などを取材。2004~07年ソウル駐在。15~18年3月までソウル支局長。2回の日朝首脳会談を平壌で取材した。
現在、編集委員兼論説委員。著書に「韓国の憂鬱」「日韓の断層」。