幻肢痛の薬について、時々訊かれるので、ちょっとここでメモしておきます。
(2008年に書いた「No.62 幻肢痛と薬物」の続きです)
幻肢痛とは、腕や下腿を切断され失ったにもかかわらず、その失った肢に痛みを感じる病です。この痛みは一般的な非ステロイド性の鎮痛薬や麻薬性の鎮痛薬が無効の場合が結構あり、人によってどんな薬物や治療が効果があるのかはっきりせず決定的な治療法がないのが現状です。この痛みは決して気のせいではなく、実際にあるものであり、意志の力だけでは何ともしようがありません。しかし痛みに集中すると、痛みをますますひどく感じ、また気晴らしやリラックスなどで改善することがあり、精神的な治療もとても重要なのです。
近頃、なぜ幻肢痛に通常の鎮痛薬が効かない訳が明らかになってきました。鎮痛薬はニューロンや神経細胞に働きかけ、その働きを抑制して鎮痛します。しかしニューロンが痛みの元で無い場合があります。ニューロンは鉄道の線路が敷石の上に敷かれているように、アストロサイトやミクログリアなどのグリア細胞に支持されています。このグリア細胞は脊髄や脳にありますが、その数はニューロンよりはるかに多く、ニューロンへ栄養を補給したり、神経伝達物質を吸収したり放出したりして環境を整えたり、傷つくと成長因子を放出して修復を促したりします。このグリア細胞が痛みの元になっている場合があるのです。
手足が切断され、神経が傷害されると、そのニューロンを修復しようとグリア細胞が活性化します。そして修復のための成長因子や、また傷害されたニューロンの代わりに神経伝達物質を放出します。さらにサイトカインを放出することで、免疫細胞を集めて治癒を促進するのです。これらが周辺のニューロンにまで浸透し、神経を過敏な状態にさせ、それがさらにサイトカインなどを放出し、元のニューロンが修復された後も継続することで、痛みの悪循環を生んでいるようです。
このメカニズムは、幻肢痛だけでなく、他の神経障害性疼痛、CRPSやRSDと呼ばれるもの、各手術後疼痛や脊髄損傷後疼痛、帯状庖疹後神経痛や多発性硬化症疼痛などでも同じようです。それゆえ、このグリア細胞の働きを抑える薬が、それらに対する効果を期待されています。ここでは日本で知られている薬をご紹介しますが、いずれも、鎮痛薬としては実験段階で、まだ実際に使うことはできません。ご注意ください。
ひとつは、ミノサイクリンというテトラサイクリン系の抗生物質です。細菌のタンパク質合成を阻害することで殺菌作用を持つのですが、これはニューロンやグリア細胞がサイトカインや一酸化窒素を作り出すことを抑制します。
また、ナロキソンという麻薬中毒治療薬もあります。これは麻薬と神経の受容体で拮抗することで、麻薬の作用を減弱させ、依存症の治療に使われていますが、これがグリア細胞の表面にあるトール様受容体4の感受性を抑え、グリア細胞の反応を鈍らせます。
それから、イブジラストという脳循環改善薬があります。これはプロスタサイクリンの血管弛緩作用を増強させ、脳の血流を増加させますが、これは細胞を刺激してインターロイキン10を生産し炎症を抑えます。
これらの薬はあくまでも、効くかもしれないという可能性を示唆しているだけであり、まだ臨床試験も終っていないので鎮痛薬としては使えませんが、もしかしたらそのうち使えるようになるかもしれません。これらによる治療が既存の治療法と比べて効果が勝るか否かはもちろん分かりません。しかし選択肢が増えることは良いことでしょうね。
ここでまた不思議に思ってしまいます。なぜ鏡を使った治療が効果があるのか。また鍼治療が効果があるのか。鍼治療で幻肢痛が完治した時、鍼はグリア細胞の働きをリセットさせていたのでしょうか。
身体と心は密接に関係しています。病の時には身体にツボが現れてきます。そのツボを治療すると、ツボが次第に変化しまた隠れていたツボが現れてきたりします。どこに現れるかは人それぞれですが、身体からの異常を訴える声はあまり大きくないので見逃さないようにしたいものですね。
(ムガク)