「世をつくるのは、人」
人の世を作ったものは、神でもなければ、鬼でもない。
やはり、向こう三軒両隣にチラチラする、ただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば、"人でなし"の国へ行くばかりだ。
"人でなし"の国は、きっと人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、
住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、
束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職ができて、
ここに画家という使命が降(くだ)る。
あらゆる芸術の士は、
人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするのがゆえに尊(たつ)とい。
ー・ー・ー・ー
世の中はしつこい、毒々しい、こせこせした、その上ずうずうしい、嫌な奴で埋まっている。
元来、何しに世の中へ面(つら)を晒(さら)しているんだか、
解しかねるやつさえいる。
しかも、そんな面に限って大きいものだ。
浮世の風に当たる面積の多いのを以って、さも名誉のごとく心得ている。
5年も10年も人の尻に探偵をつけて、
人のひる屁の勘定をして、それが人世だと思っている。
そうして人の前で出てきて、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬことを数える。
前へ出ていうなら、それも参考にして、やらんでもないが、
後ろの方から、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったという。
うるさいと言えば、なおなお言う。
よせと言えば、ますます言う。
わかったといっても、屁をいくつ、ひった、ひったと言う。
そうしてそれが処世の方針だと言う。
方針は人々勝手である。
ただ、ひった、ひったと言わずに黙って方針を立てるがいい。
人の邪魔になる方針は差し控えるのが礼儀だ。
邪魔にならなければ方針が立たぬと言うなら、
こっちも屁のひるのを以って、こっちの方針とするばかりだ、
そうなったら、日本も運の尽きだろう。
(「草枕」より)
人の世を作ったものは、神でもなければ、鬼でもない。
やはり、向こう三軒両隣にチラチラする、ただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば、"人でなし"の国へ行くばかりだ。
"人でなし"の国は、きっと人の世よりもなお住みにくかろう。
越す事のならぬ世が住みにくければ、
住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、
束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職ができて、
ここに画家という使命が降(くだ)る。
あらゆる芸術の士は、
人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするのがゆえに尊(たつ)とい。
ー・ー・ー・ー
世の中はしつこい、毒々しい、こせこせした、その上ずうずうしい、嫌な奴で埋まっている。
元来、何しに世の中へ面(つら)を晒(さら)しているんだか、
解しかねるやつさえいる。
しかも、そんな面に限って大きいものだ。
浮世の風に当たる面積の多いのを以って、さも名誉のごとく心得ている。
5年も10年も人の尻に探偵をつけて、
人のひる屁の勘定をして、それが人世だと思っている。
そうして人の前で出てきて、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬことを数える。
前へ出ていうなら、それも参考にして、やらんでもないが、
後ろの方から、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったという。
うるさいと言えば、なおなお言う。
よせと言えば、ますます言う。
わかったといっても、屁をいくつ、ひった、ひったと言う。
そうしてそれが処世の方針だと言う。
方針は人々勝手である。
ただ、ひった、ひったと言わずに黙って方針を立てるがいい。
人の邪魔になる方針は差し控えるのが礼儀だ。
邪魔にならなければ方針が立たぬと言うなら、
こっちも屁のひるのを以って、こっちの方針とするばかりだ、
そうなったら、日本も運の尽きだろう。
(「草枕」より)