🍀般若心経の解説🍀25
🌸🌸「無智亦無得(むちやくむとく)」🌸🌸
「智も無く、また得も無し」
一見👀して、読者の皆さまは
「智慧もなく、所得も無かったら、
どうして、まともに生きてゆくことができるのかしら☁️☁️」
と思われることでしょう。
一般的には「無智」とは愚か😭ということであり、
「無得」とは収入💰がまるでないことを意味🍀します。
しかし、「般若心経」は、
そういうことをいっているのではなさそうです。😄
やはり、空☁️の究極の立場からいっていることは明らかです。☀️
前に
「不生不滅・不垢不浄・不増不減」
の「六不」を学びましたね。🌸
この対立概念をもとに、否定しあう考え方に立てば、
さしずめここでは
「無智無愚・無得無失」の「四不」が想定🌸できそうです。
そして、
ここから、「無智無得」の四文字が導き出せます。🎵
しかしながら、
これではあまりに数学的ですし、理論的にすぎます。😄
あるいは哲学的にすぎるのではないかという方もおられましょう。☀️
より宗教的に、実践的に考えてみましょう。
江戸時代に、越後(現在の新潟県)に生きた良寛🌸というお坊さんがいましたね。
子供らと 手まりつきつつ この里に 遊ぶ春日は 暮れずともよし
と詠って、里の子たちとよく手毬(てまり)遊びに興じた、あの良寛さんをご存知の方も多いでしょう。😄🎵
良寛さんは、22歳から34歳まで備中(岡山県)の玉島(たましま)の円通寺(えんつうじ)で国仙(こうせん)という和尚さん☀️について禅の修行⚡️に励みました。
そして33歳のときに、師の国仙和尚は、
良や愚なるが如く 道(みち)転(うたた)寛(ひろ)し
騰々(とうとう)任運(にんうん) 誰か看(み)るを得ん
という詩🍀を与えて、かれのさとりを証明しました。☀️
良寛は愚か者のように見えるが、
そのさとるところは寛やか🌸なものでものがある。
外見は、うすぼんやりして、運まかせに見えるので、
かれがさとったとは誰も看れないほど、
の意味でしょうか。😄
智慧☀️ぶらず、さとりを得たとも思わない、
この良寛さん🌸の生き方こそ、
まさに「無智亦無得」の風光☁️といえましょう。😄💕
(「あなただけの般若心経」より)
🌸🌸「無智亦無得(むちやくむとく)」🌸🌸
「智も無く、また得も無し」
一見👀して、読者の皆さまは
「智慧もなく、所得も無かったら、
どうして、まともに生きてゆくことができるのかしら☁️☁️」
と思われることでしょう。
一般的には「無智」とは愚か😭ということであり、
「無得」とは収入💰がまるでないことを意味🍀します。
しかし、「般若心経」は、
そういうことをいっているのではなさそうです。😄
やはり、空☁️の究極の立場からいっていることは明らかです。☀️
前に
「不生不滅・不垢不浄・不増不減」
の「六不」を学びましたね。🌸
この対立概念をもとに、否定しあう考え方に立てば、
さしずめここでは
「無智無愚・無得無失」の「四不」が想定🌸できそうです。
そして、
ここから、「無智無得」の四文字が導き出せます。🎵
しかしながら、
これではあまりに数学的ですし、理論的にすぎます。😄
あるいは哲学的にすぎるのではないかという方もおられましょう。☀️
より宗教的に、実践的に考えてみましょう。
江戸時代に、越後(現在の新潟県)に生きた良寛🌸というお坊さんがいましたね。
子供らと 手まりつきつつ この里に 遊ぶ春日は 暮れずともよし
と詠って、里の子たちとよく手毬(てまり)遊びに興じた、あの良寛さんをご存知の方も多いでしょう。😄🎵
良寛さんは、22歳から34歳まで備中(岡山県)の玉島(たましま)の円通寺(えんつうじ)で国仙(こうせん)という和尚さん☀️について禅の修行⚡️に励みました。
そして33歳のときに、師の国仙和尚は、
良や愚なるが如く 道(みち)転(うたた)寛(ひろ)し
騰々(とうとう)任運(にんうん) 誰か看(み)るを得ん
という詩🍀を与えて、かれのさとりを証明しました。☀️
良寛は愚か者のように見えるが、
そのさとるところは寛やか🌸なものでものがある。
外見は、うすぼんやりして、運まかせに見えるので、
かれがさとったとは誰も看れないほど、
の意味でしょうか。😄
智慧☀️ぶらず、さとりを得たとも思わない、
この良寛さん🌸の生き方こそ、
まさに「無智亦無得」の風光☁️といえましょう。😄💕
(「あなただけの般若心経」より)