スウェーデンでは、たくさんの副鼻腔炎粘膜の組織を見て、炎症性細胞と上皮細胞についての基礎的な仕事をし、帰国後は慈恵医大で内視鏡手術の臨床的な研究を行うと同時に、スウェーデンでの仕事の続きを行いました。開業前の数年間は喘息の治療で有名な、小児科の馬場先生やアレルギー科の佐野先生がいらっしゃった同愛記念病院で、喘息を合併した副鼻腔炎の患者さんの治療を行いました。
今、振り返ると、私にとって1990年代は、はじめから意図していたわけではないのですが、好酸球性副鼻腔炎の研究と治療の10年間でした。
好酸球性副鼻腔炎の仕事は、私よりずっと優秀な後輩たちに託して、2001年に子供の多いニュータウンで開業し、この10年間は、小児の中耳炎と副鼻腔炎の治療に力を入れてきました。好酸球性副鼻腔炎については、成人の病気ですし、開業してからはあまりその患者さんを診ることもなくなり、私の役目は終わったように思っていました。
しかし先日、製薬会社のMRさんたちの勉強会でお話するための準備をしていて、昔の仕事を思い出し、また同時にブログの記事にみやびさんという、この病気の患者さんからコメントをいただき、まだ私にできることが残っていることに気がつきました。
考えてみると開業してからも、昔手術をした患者さんが数人ですが、わざわざ遠くから来てくれています。また、他の病院でどうしても治らないという重症の副鼻腔炎の患者さんがみえて、鼻ポリープの様子だけでもだいたいこの病気だと見当がつきますので、ステロイドを少し飲んでいただくと、鼻ポリープが小さくなって、何年ぶりかで楽になったと言われたことがあります。さらに、うちに通院しているアスピリン喘息の患者さんに、内科の先生がかぜ薬を処方して、発作を起こさせてしまったということも経験しました。
まだまだこの病気については、一般の方はもちろん、医師でも知らない人が多いのです。できるだけ多くの方にこの病気について知っていただくことは、大切なことです。あらゆる機会を使って、この病気について知識を広めていくことは、開業医である私にもできることです。
好酸球性副鼻腔炎のブログを、別に開設しました。