地震が発生して今日で一週間になりました。
TVで報道される様子はとても恐ろしく又原発事故もあり、息を詰めてTVを見ている状態。涙も出てくるし。
関西はちょっと揺れた程度だったけどそれでも我が身の事として考える事は出来る。
一般からの救援物資は遠慮して欲しいようだし私もそう思う。企業・団体からだったらまとめて大量に発送できるけど個人の分は箱の中身を一々確認しないといけないしその分の人手も必要になってくる。
やっぱり募金が一番だと思う。「お金だと心が伝わらないと思う人がいるけど~」という記事を読んでびっくりした。そんな風に思う人がいるのか?お金でも充分気持ちは通じると思う。今一番何が必要とされているのか?どうすれば一番役に立てるのか?判断すべき時なのだと思う。
チェーンメールをたとえ善意とは言え送るのや買いだめに走るのは、慎むべき行為だと思う。
「私が出来ること」ではなく「私でも出来ること」を考えてみた。
それは今まで当たり前に送ってた生活を当たり前に送ることができることのありがたさを感じ、与えられた環境で精一杯努力することだと思う。
そしていざと言う時、誰かを助けられることができるように自分が元気で余裕がなくてはね。
働けば、お金を得ることが出来るしそれで募金も出来るし被災地の特産品を買ったり、復興すればそちら方面へ旅行も出来、私が使うお金でも少しは循環するかもと思う。
そして関西での節電は意味がないけど、節電は大切なことなので心がけて。私はイラチなのでレジの行列が長いとイライラするけどそれも気をつけなくては。もっと長い行列に寒い中静かに並んでる人たちがたくさんいるのだから。
仕事がしんどくても当たり前に仕事に行けて帰ることの出来る当たり前のありがたさを感謝すべきなのだ。失ってみて初めてわかる「当たり前の尊さ」を。
息子が帰って来てバタバタしてるのと毎日の出勤でPCも開けられないことも。
そのうちこの生活パターンにも慣れるだろうけど。
やっぱり息子が下宿していた4年間は、楽チンだった。
私にとってもこの4年間は特別だった。
これからどうなるのかわからないけど、与えられた環境で努力したいと思う。
多分これからは地震のことは書かないと思う。
でも出来る範囲で募金や被災地のことに思いをはせたり心に寄り添う姿勢でいたい。
(昨日、一昨日、大雪でかなり積もって寒い。でもこれくらいと自分に言い聞かせている。)