放菴日記抄(ブログ)

これまでの放菴特集・日記抄から「日記」を独立。
流動的な日常のあれこれを書き綴ります。

春のつぼみ菜

2017年05月07日 01時20分05秒 | やさしいごちそう
 春です。というか、もう立夏ですけど。

 つい最近までダウンジャケット着て、ネックウオーマーと手袋の三点セットがないと生活できなかったはずなのに、桜が咲いて気温がぐんぐん上昇して、もうファンヒーターを点けても点かないほど暖かくなりました。(洗濯物乾かすのに重宝していたのに・・・)

 花粉の季節は過ぎましたが、侮れないのは黄砂。
 車のフロントガラスはボヤっとくもり。ボディもなんだか砂っぽい。花粉よりむしろ粒子細かいかな?

 で、この季節のご馳走といえば魚はサワラ(鰆)、野菜では菜の花、つぼみ菜の類。
 春には青菜が安くなる。これはまあ暖かくなって葉モノが一斉に伸びますからね。小松菜、ほうれん草、みんな安くなる。でも花芽の季節でもある。小松菜もほうれん草もやわらかい葉だけじゃなくスジの強い真っ直ぐな茎を出してくる。その先に蕾を戴きながら。これが花芽。花芽が伸びてくることを「薹(とう)が立つ」と言いまして、商品価値が下がってしまう。柔らかくないから。
でも菜の花、つぼみ菜は始めっから花芽を食べるのです。茎もそれほどスジっぽくないし。
 小松菜類が一度収穫してしまうとそれで終わりなのに対し、菜の花類はまた伸びてくるので再度収穫できる。なかなか効率も良い作物です。

 放庵では、ダンボール箱いっぱい頂くことがあり、そのときは寸胴鍋を沸かし、数回に分けて湯がいておきます。
 これを冷ましてからタッパーなどで保管しておき、毎朝青じそドレッシングかけて食べています。お醤油もいいけど、酸っぱいのも美味しい。

 春のつぼみ菜。
 いまだけのごちそうです。
 
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「リトル・フォレスト 夏秋編」見ました

2017年01月19日 12時47分23秒 | やさしいごちそう
 正月に録り溜めしていた番組を一生懸命見ては削除しています。
 うちのテレビ容量小さいから。

 で、橋本愛主演の「リトル・フォレスト」。 

 なんか気になっていたので録画していたんだけど、なんか視ていたら、どっかで読んだマンガだと気がついた。

 もう10年以上前のマンガじゃん。

 当時、マンガ・アニメの文化はまるでバブルの傷を埋めるかのように急速にデジタル化していた、一方で手作り感を大切にした「抵抗主義」的な絵というものも大切にする雑誌ってのがちゃんとあった。今度公開される映画「無限の住人」もここの雑誌に連載されていた。なんと鉛筆で描き込むという、とんでもない作風だったっけ。

 で「リトル・フォレスト」のマンガも描き込みがハンパない。というか静物のスケッチを見るようなタッチで、なかなかの画力だと判る。

 ストーリはやや複雑なんだけど、実際出てくるのは「小森(リトル・フォレスト)」の食。
 米作って、野菜作って、魚捕って、鴨裂いて、作って食べる。クルミも採ってきて土中に埋めて実を腐らせてから剝いて干してまたカラ割って、実を擦って米と一緒に土鍋で炊いている。
 すごい知識と手間と根気。
 ウスターソースだって自前で作る。

 それを実際にやっている役者もすごい。
 マンガより衝撃的。

 この録画は削除できないかも。「冬・春編」もあるし。
 
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さいちのおはぎと五右衛門かまぼこ

2015年03月10日 00時18分06秒 | やさしいごちそう
このあいだ、仙台の秋保にあるちいさなスーパーマーケット「さいち」が全国版で放映されました。
まさかの1時間ワク。しかも国営放送。

まあ、かなり前から有名なお店でしたからね。
秋保温泉まで来て、「さいちを覗かないのはもったいない」というくらいに。

お店の名物は「おはぎ」と「お惣菜」

というわけで、今日、仕事で秋保に寄ることがあったので、済んでから「さいち」に行きました。
時刻は午後4:45ころ。
もうこの時間になるとほとんどの惣菜は売れているんです。陳列棚はからっぽ。雨だったってのに・・・。
でもおはぎはすこしだけ残っていました。やったー!!

ごま味とアンコ味。
それからぐるっとまわって塩竈のかまぼこを買いました。かまぼこというかさつま揚げですね。
今晩のご飯はなんとなく、コレだな。

というわけで、大根を輪切り。出汁を張った水に静かに入れてゆきます。
そう、鍋に具材を一度に入れるようなことはしません。まずは大根が柔らかくなるまで煮ます。

次にこんにゃくとか煮込む必要のないものを入れてゆくのです。

ところで、さいちのさつま揚げです。

何となく煮汁に漬けるのが勿体なくてもうしわけなくなってきました。なんか汁のなかにせっかくの味が抜けて行っちゃいそうで。

そこで、さつま揚げをあぶって鍋の最上部に乗せてみました。もちろん時間と共に鍋に沈んでしまうんですけどね。
それでもしばらくの間は鍋汁となじむこともなく、より多くの味が楽しめるのです。

おいしい練り物、揚げ物が手に入ったらやってみ。鍋で煮込まず、あぶって汁に載せる。


同じように仙台白菜も半生にとどめておくようにします。
こうすると新鮮な白菜の甘みも楽しめるのです。


さいちのおはぎと揚げ物、ごちそうさまでした。





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お精進・・・!(2)

2014年05月17日 01時29分53秒 | やさしいごちそう
まぁ、しかし、よくツッコミ入る話題ではあるけど、そもそも「精進」とはなんぞ?

田舎の風習、というカテゴリーで言えば、とりあえず肉や魚を食わないことらしい。
もっと「精進」という言葉には深い意味があるんだろうけど、田舎の場合、肉や魚を食わないことで弔意を示している、ということでいいのかな? そとれとも結果的にそうなっただけ?

まあ、そんなわけで、アジアのヴェジタリアンを真似てなんとか通夜まで乗り切った。
つくづく寒い季節でなくてよかったと思う。

厳冬期に「精進」をやったことがあるが、あれは辛かった。
動物性タンパク質を摂取しないと、ホント体温って上がっていかない。寒くて寒くて具合が悪くなる。
熱量を作り出せなくなっていくのだ。

さて、通夜である。
葬儀会館に泊まるスタイルで通夜をすることになった。

会館で読経を上げてもらい、それから別室へとぞろぞろ移動する。

なんとそこには、
肉、魚、天ぷら、酒etcetc。

― なんじゃコラ ―
通夜の前から精進落としかいっ。

真面目に精進していた僕らって、エライんだかバカなのか・・・。

こうして飢えた僕らの精進は終わった。
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お精進・・・!

2014年05月05日 22時41分26秒 | やさしいごちそう
少しは明るい話題も書いておこう。

義父が亡くなったあと、義母より「精進潔斎」を宣言された。

あ、いやいや・・・、決して妖しい掟が待っているわけではない。
不幸があった家庭は、葬式が済むまで生臭いものを避けるという、ごく一般的な話。

義父が亡くなる日の早朝、僕は家へ駆けつけた。朝の5:30だった。
苦しそうな義父を見ている僕に、義母は朝食の膳に着くように促した。

茶の間に座ると、煮魚が用意されている。
「何かあっと、こィなの食わんねぐなっから。」
何か、とは「義父の最期」であると察しがついたが、いくらなんでもコレは気が早いんじゃなかろうかと思った。

しかし・・・。
その13時間後、すでに「枕経(逝去のあと枕元で行われる読経)」を済ませたあとで、義母から
「しばらく生臭いのは避けて呉なぃんね」と念を押され、「子供達もですか?」と訊くと、「できればそうしたほうがいいんだ」と返された。
そこでシブトク「給食もですか?」と食い下がると、さすがに困ったように「そこまではいいがら」と言ってくれた。
明日の次男坊の給食はエビチリだった。
(もしやと思って給食チェックいれておいた自分ってバカ親・・・?)

BELAちゃんは葬式の準備であわただしくなった実家にそのまま残った。

僕と子供達だけで放菴に戻ることになる。
その日の夕食は、コンビニでおにぎりを買った。

― からあげ食いたい ―
ダメだよ。お肉やお魚は食べられないよ。
ー じゃあ、フライドポテト! ―
お、その手があったか!
「いいよ!二つ買おう」
子供達がほっとした顔になる。

それでも帰りの道すがら、だんだん大変なことに思えてきた。
現代人の食生活は肉や魚を原料に持つ食品が多い。多すぎる。むしろ野菜のみで出来ている食品を探す方が難しい。
育ち盛りの子供に対応している食品ともなれば、なおさら難しい。

 明日、どうしよう

一晩、あれこれ考えて、アジアのヴェジタリアンのアイデアを拝借する事にした。
つまり、乳製品である。


パニーニとまでは行かないにしても、チーズを炒めたジャガイモに絡めてトマトケチャップをかけた。
トマトケチャップは、冷蔵庫にやや高めのものが眠っていた。ありがたいことに植物由来成分だけで作ってある、ということになっている。(ホントはどうだか知らないけど)

サラダはノンオイルのドレッシングでさっぱりと。濃厚なヤツには豚脂とか使っている場合がある。鶏卵は当たり前に入っている。

味噌汁は、かつおだししかなかったので、急遽、お茶漬けの素を使った。
長男は給食ではなくお弁当なので、こちらもチーズで対応した。
僕は、納豆を食べた。朝だけでずいぶん疲れた。

(つづく・・・)







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永井苛風「深川の唄・歓楽」(新潮社)

2013年09月10日 01時23分34秒 | やさしいごちそう
その昔「無用者の系譜」という本を読んでから、ちょっと敬遠していた永井苛風。
それでも本棚からちょっと顔を覗かせていたもんだから思わず手にとってしまった。

もともと資源ゴミとして文庫本数冊まとめてヒモでくくられていた。勿体ないと思い、持ち主から括られたまま戴いたら、そのうちの一冊が永井荷風だった。ほかに池波正太郎、堀辰雄、司馬遼太郎などいろいろあって、暇ができたらゆっくり読もう、なんて有りもしない余暇を期待して本棚に載せておいたのだ。

たいしてホコリも被っていないからそんなに昔の話ではない。せいぜい今年の梅雨入りの頃だったかと思う。

もう表紙もなくなっていて、事務用の茶封筒のような色した表紙に手垢がにじんでいる。表紙が失われているのは残念だが、この傷み具合はそれなりにいいものだ。久しぶりに読書小僧になってみるか。

ページを開いたら、懐かしい昭和の明朝体。それも新旧かな書体。「ゝ」とか「ゞ」とか出てくるし、促音も「っ」ではなくて「つ」をそのまま使っている。「出よう」は「出やう」、「いちょう」は「いてふ」。「ありがとう」は「ありがたう」。

これは貴重な・・・!

ページもどことなく茶色掛かっているし、差別用語はそのまんま。
いや差別はよくないが、荷風なんだから当然口が(文章のガラが)悪い。それに当時の風俗をナマナマしく伝えていることでもある。「婆芸者(ばゞあげいしや)」くらいならいいだろう。言われた当人の苦労は想像しかねるが、とっくに成仏しているんだろ。

臆せず辛辣、しかも江戸っ子らしいカラッとしたリズム。なによりも怒涛の語彙量である。口の悪さに平行しつつ、一方で不遜にも痛快さを感じてしまう。こういう文豪はこれからの時代もう出てこないだろう。
東京が、山の手と下町と二つの文化を持っていた時代、すなわち「明治」という面影を色濃く持っていた時代を、住みにくい、堅苦しいと毒づきながら、それでも親しく咀嚼していた荷風の息遣いを、古本独特の雰囲気たっぷりな紙の上でゆっくり見られるのは、かなり贅沢な秋の夜の過ごし方かもしれない。

え? 本の内容について? いや、まだ読み終わってないし・・・。
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鎌倉漫歩景(番外編)

2013年05月24日 13時57分41秒 | やさしいごちそう
さて、鎌倉で感動した味。
おせんべい、かまほこ、そしてシラス


おせんべいは焼きたてのところをかじりついたもんだから幸せになれた。
かまぼこは、その上品な味にやられた。

シラスは、実はかなり変化球な出会いをした。


それは一日目の夜のこと。
小町通りで夕食(&お酒)を摂りにいったお店で、ピザを注文した。
きけばシラスが載っているピザだという。

何も知らないで話だけ聞くと「ミスマッチ」で終わってしまいそうなメニュー。
「そりゃどんなもんだい?」っていう好奇心だけで頼んでみた。

しばらくして、来たお皿を見てちょっと歓声があがった。

なるほど、たしかにシラスがピザに載っかっている。さらに青海苔とチーズがちりばめてある。
チーズのほんのり黄色に青海苔があざやか。
ここへタバスコ(オトナ限定!)をかけるとさらに華やいだ。

熱いうちにかぶりつくと、青海苔がうまくシラスを引き立ていて、チーズとも上手くマッチしていた。

これはシラスが生臭くないから出来るんだろうね。
大概、シラスってゆでてしまうとイワシのような香りがでてしまう。さっと湯にくぐすくらいがちょうどいいのだ。
それでも普段そのまま食べるのには抵抗があって、大根おろしをかけたり、青紫蘇ドレッシングなんかかけちゃったりする。

ここではほとんど手をかけていないような気がする。それなのにチーズや青海苔など、加熱タイミングが難しい食材ばっかり組み合わせているんだから、「技あり」ってことだよね。


おいしいおいしい夜でした・・・。


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小城(おぎ)の羊羹

2013年02月13日 00時42分32秒 | やさしいごちそう
 ひとつご縁がありまして、Belaちゃんは佐賀のひととお知り合いになりました。 
 これまでお世話になった御礼を兼ねて、佐賀へいくことになり、先月いってきました。

 そのときのお土産が小城の羊羹。
 佐賀県の小城市の名産はたくさんあるけれど、これは!という絶品でした。


 深みのある紅(くれない)色の羊羹。その美しさに息を呑みます。
 特徴的なのが、表面に糖のかたい膜ができていること。
 ここに包丁を入れると、パリパリ・・・、とちいさな音を立てて割れてゆくのです。
 おお・・・これキモチイ。
 甘党って奴はこれだけでテンションMAXなんです。

 松江を旅したときに、やはり糖でかたい膜のできている和菓子がありました。
 ひとくち大だったのでそのままガリンと噛んで楽しみましたが、小城の羊羹は切り口の美しさも楽しめます。

 そのまま菓子皿に並べて飾り、しばらく眺めてから食べました。


 おいしい・・・。


 羊羹のほんとうの美味しさを初めて知ったような感動がありました。
 羊羹、ってここまで深みを追求していいお菓子なんだ・・・。

 日本って、まだまだステキなところがあるんだねぇ。
 大事にしたいご縁が、またひとつ、できました。

 
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