放菴日記抄(ブログ)

これまでの放菴特集・日記抄から「日記」を独立。
流動的な日常のあれこれを書き綴ります。

デシティネーションキャンペーンって・・・

2008年08月09日 10時51分48秒 | Weblog
 仙台は観光客が素通りする場所だという。
 観光地としてイマイチな仙台。原因は何か。

 まず、インフラが良すぎてお泊まりせずに済んでしまう(次の観光地へ移動できる)ことが指摘されている。
 他にも「観光スポットが少ない」「ビジネスの街」など・・・。
 まあ、経済重視の街かもね、仙台は。東京のマネっこだし・・・。

 仙台空襲でほとんど焼けちゃったから歴史的建造物(とくに民間の)が残っていない。つまり「町並み」という雰囲気作りはほとんど不可能というわけ。参歩してても、見えるのはビルばっかり。ケヤキ並木は確かに見所だけど、それも縮小されつつある。
 だから「青葉城」とか「博物館」とか観たら、あとは何にもない(ないわけじゃないんだけどねぇ・・・!)という状態になってしまう。経済重視なんだねぇ。

 だから「デスティネーションキャンペーン」なんて企画しても、みんな「何をやればいいのか」ピンと来ていないのが現状。むしろ、「『仙台』という都市が何を失ってきたのか」が、ここであらためて浮き彫りになっている。
 「白河以北、一山百文」と嘲られた明治期から、東北のそれぞれの都市は劣等感に苛まれてきた。仙台もこの劣等感をはねかえそうとがむしゃらに都市化を進めた。東北本線の導入、空港の開設、土地基盤の整備、整備、整備。山も整備、川も整備。山と川から生まれた小さな空間が、いまや異常な人口密集地だ。僕もその中で暮らしている。「町並み」などというノスタルジーは、ほんのひと時この街にとどまったが、いずれ他の都市へ拡散していってしまった。
 暑苦しくあえぎながらサラリーマンたちは今日もとびまわる。「デスティネーションキャンペーン」は僕たちにはピンとこない。地元の企画も目立ったものがないし、その上、東京からきた劇団を「デスティネーション・・・」の記念イベントに据えるに及んでは、ますますこの企画の趣旨は理解しがたい。


 
コメント
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