■冬期限定ボンボンショコラ事件 250203
米澤穂信さんの『冬期限定ボンボンショコラ事件』を読みました。
さわやかで、面白く読みやすい高校3年生のふたり組、小鳩君と小佐内さんの物語です。
皮切りは、2004年『春期限定いちごタルト事件』
高校2年生の夏休みの波乱を描いた『夏期限定トロピカルパフェ事件』
連続放火事件のあとをたどる『秋期限定きんとん事件』
季節限定スイーツ事件四部作の最後の物語。
「ぼくが何をした? 殺されなきゃいけないほど、何をしたっていうんだ」
「それがわからないことが一番許せない」
日坂さんは金槌を振る。びょうという風切り音が聞こえてくる。日坂さんはマスクをか
なぐり捨て、歪んだ顔でまくしたてる。
「あんたは知らないだろう。当然だよ、人には誰にだって事情ってもんがあるんだ。
それはね、誰かにほいほい話したりしないんだよ。ふつうの人間はそれをわかってて、他
人の事情に土足で踏み込まないよう気をつけるんだよ。でもあんたは、何も知らないくせ
に知ってるような顔をして、あたしらの願いを踏みつけていった。ああ、なんであんた、
生きてるんだよ。もっときっちり轢いておけばよかった!」
頭の中に、声が甦る。
----気持ちだけで充分だ。何もしないでくれ。
----気合を入れてたよ。俺の最後の大会だって言ってな。
----一年の頃は、いまよりもよく笑ってた気がする。
----日坂の親父さんは見たことがない。
----春の大会に行くとき、あいつはそのお守りを外した。
----僕、その人は先輩の妹じゃないかと思ったんです。
----あいつのことは誰にも言うな、警察にも言うな。
----それってもしかしてエーカンのエーコじゃない?
----あんな目に遭って、生きているだけで俺は充分だった。
----不思議な顔をしているじゃないか、小鳩。
----まるで、自分が何をしたかわかってないみたいじゃないか。
----なあ。
----おまえ。
----鬱陶しいよ。
「もしかして、日坂くんは、家族と仲が悪かったんですか」
愚かだった。
愚かとしか言いようがない。それが好意だと思っているのはこちらだけで、相于にそれ
を受け取る義理などひとつもない。まして、心の中に土足で踏み込んでさえ、好意の表れ
だから許してもらえると思っていたなんて。
ぼくは自分の甘さに愛想を尽かした。いまも、ずっと。
日坂くんが言う。
「あのとき俺は、ありかとうとは言えなかった。いまも言えない。でも、これだけは言
わせてれ。小鳩……殴って悪かった」
日坂くんに謝ってもらう資格なんて、ぼくにはないんだ。ただ、ずっと言いたくて言え
なかったことを、ようやく言える時が来たことだけは、ぽくにもわかった。
「ぼくこそ、悪かった。ごめん」
日坂くんは、実に軽く応じる。
「いいよ。でも、もしかしたら、許さない方がよかったりするのか? わかんねえな、俺、
そんなに気がまわる方じゃないから」
ぽくは、少し笑った。間違っているかもしれないけれど、いまなら、ずっと持っていた
思いを言ってもいいんじゃないかと思った。
「日坂くん。生きていて、よかった。噂を聞いてずっと考えてた。ぼくのせいなんじゃ
ないかって」
日坂くんはさみしそうに微笑して、うつむく。
『 冬期限定ボンボンショコラ事件/米澤穂信/創元推理文庫 』
米澤穂信さんの『冬期限定ボンボンショコラ事件』を読みました。
さわやかで、面白く読みやすい高校3年生のふたり組、小鳩君と小佐内さんの物語です。
皮切りは、2004年『春期限定いちごタルト事件』
高校2年生の夏休みの波乱を描いた『夏期限定トロピカルパフェ事件』
連続放火事件のあとをたどる『秋期限定きんとん事件』
季節限定スイーツ事件四部作の最後の物語。
「ぼくが何をした? 殺されなきゃいけないほど、何をしたっていうんだ」
「それがわからないことが一番許せない」
日坂さんは金槌を振る。びょうという風切り音が聞こえてくる。日坂さんはマスクをか
なぐり捨て、歪んだ顔でまくしたてる。
「あんたは知らないだろう。当然だよ、人には誰にだって事情ってもんがあるんだ。
それはね、誰かにほいほい話したりしないんだよ。ふつうの人間はそれをわかってて、他
人の事情に土足で踏み込まないよう気をつけるんだよ。でもあんたは、何も知らないくせ
に知ってるような顔をして、あたしらの願いを踏みつけていった。ああ、なんであんた、
生きてるんだよ。もっときっちり轢いておけばよかった!」
頭の中に、声が甦る。
----気持ちだけで充分だ。何もしないでくれ。
----気合を入れてたよ。俺の最後の大会だって言ってな。
----一年の頃は、いまよりもよく笑ってた気がする。
----日坂の親父さんは見たことがない。
----春の大会に行くとき、あいつはそのお守りを外した。
----僕、その人は先輩の妹じゃないかと思ったんです。
----あいつのことは誰にも言うな、警察にも言うな。
----それってもしかしてエーカンのエーコじゃない?
----あんな目に遭って、生きているだけで俺は充分だった。
----不思議な顔をしているじゃないか、小鳩。
----まるで、自分が何をしたかわかってないみたいじゃないか。
----なあ。
----おまえ。
----鬱陶しいよ。
「もしかして、日坂くんは、家族と仲が悪かったんですか」
愚かだった。
愚かとしか言いようがない。それが好意だと思っているのはこちらだけで、相于にそれ
を受け取る義理などひとつもない。まして、心の中に土足で踏み込んでさえ、好意の表れ
だから許してもらえると思っていたなんて。
ぼくは自分の甘さに愛想を尽かした。いまも、ずっと。
日坂くんが言う。
「あのとき俺は、ありかとうとは言えなかった。いまも言えない。でも、これだけは言
わせてれ。小鳩……殴って悪かった」
日坂くんに謝ってもらう資格なんて、ぼくにはないんだ。ただ、ずっと言いたくて言え
なかったことを、ようやく言える時が来たことだけは、ぽくにもわかった。
「ぼくこそ、悪かった。ごめん」
日坂くんは、実に軽く応じる。
「いいよ。でも、もしかしたら、許さない方がよかったりするのか? わかんねえな、俺、
そんなに気がまわる方じゃないから」
ぽくは、少し笑った。間違っているかもしれないけれど、いまなら、ずっと持っていた
思いを言ってもいいんじゃないかと思った。
「日坂くん。生きていて、よかった。噂を聞いてずっと考えてた。ぼくのせいなんじゃ
ないかって」
日坂くんはさみしそうに微笑して、うつむく。
『 冬期限定ボンボンショコラ事件/米澤穂信/創元推理文庫 』