■復活の歩み 上 250106
マイクル・コナリー「リンカーン弁護士」シリーズの『復活の歩み 上』です。
ハリー・ボッシュに会いたくて、本書を読みました。
マイクル・コナリーのこのような部分が好きです。
未解決事件にボッシュが取り組んでいたとき、被害者家族に事件は解決した
が、犯人と目される容疑者が死んでいることを伝えるときは、いつも心がざわ
ついた。
ボッシュにとって、殺人犯がその死をもって逃げおおせたことを認めるに等し
かった。
そしてそこにはなんの正義もなかった。
レコードプレイヤーのそばにある棚で立ち止まり、レコードーコレクション
をぱらぱらとめくっていき、母親が気に入っていた一枚である古いレコードを
抜き取った。母が亡くなる一年まえ、一九六〇年にリリースされたそのアルバ
ムは新品同様の状態に維持されていた。ボッシュの長年にわたる扱いは、その
レコードを録音したアーティストだけでなく、母への敬意に裏付けられたもの
だった。
ボッシュは『イントロデューシング・ウェインーショーター』の二曲目に慎
重に針を落とした。アート・プレイキーのジャズ・メッセンジャーズから離れ
て、リーダーとしてはじめてアルバムを録音したショーターは、そのあとしば
らくしてマイルス・デイヴィスとハービー・ハンコックの横でテナー・サック
スを吹くようになる。<カタリナ>のテオから届いたボッシュ宛のメッセージ
では、ショーターが亡くなったと伝えていた。
(ウェインーショーターは、2023年3月2日に死去。亨年89)。
ボッシュはスピーカーのまえに立ち、―曲目でのショーターの動きに耳を傾
けた。彼の息遣い、彼の運指のすべてがそこにあった。この音をはじめて聴い
てから六十年以上が経過しているのに、ショーターの死の知らせは、いまでも
ボッシュにとって大きな意味を持つこの曲の思い出を浮かび上がらせた。
曲が終わると、ボッシュは慎重にアームを持ち上げ、曲のはじめに戻し、ふた
たび「ハリーズ・ラスト・スタンド」を再生した。そのあと、ボッシュは仕事
に戻るため、テーブルに移動した。
「そうだな。だけど、<高朋飯店>がなくなって悲しいボッシュは言った。
「閉店したのか?」ハラーが訊いた。「永遠に?」
ハラーの口調には驚きと失望がうかがえた。CCBの近くには、早くて信頼
できるランチ店があまり多くなかった。とりわけ、パンデミック以降は。
「去年だ」ボッシュは言った。「五十年営業したのちに」
ボッシュは、自分がその五十年間ずっと<高朋飯店>に通っていたのだ、と
気づいた。八月のある日、店にいき、鍵がかかったガラスドアに「どんないい
ことにも終わりは来る」という、まるでフォーチュン・クッキーに入っている
おみくじの文言のようなお知らせを目にするまで。そのレストランを経営して
いて、いつもレジのところにいた男性にボッシュは一度も話しかけたことがな
かった。ボッシュは支払い時に男性にいつもただ会釈をするだけだった。
言葉の壁があるだろうと予想していた。
「ところで」ハラーは言った。「地下室でなにを見つけた?」
ボッシュは、自分の考えを事件に戻した。
『 復活の歩み(上・下)/マイクル・コナリー/古沢嘉通訳/講談社文庫 』
マイクル・コナリー「リンカーン弁護士」シリーズの『復活の歩み 上』です。
ハリー・ボッシュに会いたくて、本書を読みました。
マイクル・コナリーのこのような部分が好きです。
未解決事件にボッシュが取り組んでいたとき、被害者家族に事件は解決した
が、犯人と目される容疑者が死んでいることを伝えるときは、いつも心がざわ
ついた。
ボッシュにとって、殺人犯がその死をもって逃げおおせたことを認めるに等し
かった。
そしてそこにはなんの正義もなかった。
レコードプレイヤーのそばにある棚で立ち止まり、レコードーコレクション
をぱらぱらとめくっていき、母親が気に入っていた一枚である古いレコードを
抜き取った。母が亡くなる一年まえ、一九六〇年にリリースされたそのアルバ
ムは新品同様の状態に維持されていた。ボッシュの長年にわたる扱いは、その
レコードを録音したアーティストだけでなく、母への敬意に裏付けられたもの
だった。
ボッシュは『イントロデューシング・ウェインーショーター』の二曲目に慎
重に針を落とした。アート・プレイキーのジャズ・メッセンジャーズから離れ
て、リーダーとしてはじめてアルバムを録音したショーターは、そのあとしば
らくしてマイルス・デイヴィスとハービー・ハンコックの横でテナー・サック
スを吹くようになる。<カタリナ>のテオから届いたボッシュ宛のメッセージ
では、ショーターが亡くなったと伝えていた。
(ウェインーショーターは、2023年3月2日に死去。亨年89)。
ボッシュはスピーカーのまえに立ち、―曲目でのショーターの動きに耳を傾
けた。彼の息遣い、彼の運指のすべてがそこにあった。この音をはじめて聴い
てから六十年以上が経過しているのに、ショーターの死の知らせは、いまでも
ボッシュにとって大きな意味を持つこの曲の思い出を浮かび上がらせた。
曲が終わると、ボッシュは慎重にアームを持ち上げ、曲のはじめに戻し、ふた
たび「ハリーズ・ラスト・スタンド」を再生した。そのあと、ボッシュは仕事
に戻るため、テーブルに移動した。
「そうだな。だけど、<高朋飯店>がなくなって悲しいボッシュは言った。
「閉店したのか?」ハラーが訊いた。「永遠に?」
ハラーの口調には驚きと失望がうかがえた。CCBの近くには、早くて信頼
できるランチ店があまり多くなかった。とりわけ、パンデミック以降は。
「去年だ」ボッシュは言った。「五十年営業したのちに」
ボッシュは、自分がその五十年間ずっと<高朋飯店>に通っていたのだ、と
気づいた。八月のある日、店にいき、鍵がかかったガラスドアに「どんないい
ことにも終わりは来る」という、まるでフォーチュン・クッキーに入っている
おみくじの文言のようなお知らせを目にするまで。そのレストランを経営して
いて、いつもレジのところにいた男性にボッシュは一度も話しかけたことがな
かった。ボッシュは支払い時に男性にいつもただ会釈をするだけだった。
言葉の壁があるだろうと予想していた。
「ところで」ハラーは言った。「地下室でなにを見つけた?」
ボッシュは、自分の考えを事件に戻した。
『 復活の歩み(上・下)/マイクル・コナリー/古沢嘉通訳/講談社文庫 』