JOEは来ず・・・ (旧Mr.Bation)

なんの役にも立たない事を只管シコシコと

武居俊樹 「赤塚不二夫のことを書いたのだ!!」

2007-05-26 | BOOK
以前、赤塚不二夫の「笑わずに生きるなんて」を読んで面白かったので、この単行本が出た時も読みたいなぁと思っておりました。
早くも文庫になったので即買い。

子供の頃マンガといえば「天才バカボン」
床屋の待合で少年マガジンの「バカボン」ばかりを読んでいました。
他のストーリー性のあるコマ割の複雑なマンガは苦手でした。
赤塚マンガはその絵のラインがくっきりしているのも好きでした。
押入れには「おそ松くん」「天才バカボン」「レッツラゴン」「ギャグゲリラ」の4大傑作がコンプリートされて眠っている。捨てられましぇーん。

連載当時はあまりのシュールさに付いて行けなかった「レッツラゴン」に頻繁に顔を出していた謎のキャラ、武居記者による天才赤塚不二夫の製作と遊びの秘話。

天才赤塚はマンガ家としてというよりギャグマンガ・プロデューサーとして天才である事が良く解る。
売れている人というのはプロデュース力を発揮できる人が多いですよね。

後半のアルコールに頼っていく様子はちょっと痛々しい所もあるけれどTVマスコミに水割りグラスを持って談志師匠なんかと出ていたっけ。病気の心配もあったが茶の間を楽しませてくれていた。家族歌合戦での替え歌が最高です。

人生相談で「バカよりも利口を治すべき」と言っていた赤塚不二夫は病院で眠り続けている・・・
「バカは死ななきゃ治らない」そのバカを治す事を強く拒む故に死を選ばず、眠り続けているように思えてきた。奇跡の復活をして70歳、80歳の赤塚マンガを願いましょう・・・

以下、余談2題ですが
話の中に出てくる少年マガジンの辣腕、内田編集長は私が子供の頃、ご近所さんでした。マンガ雑誌の編集長がどのような仕事か良くわかっていないなりに偉い人だと子供達の憧れでありました。

我母校がマスコミで大きく注目された「ギャグゲリラ実名中学校事件」については触れられていなかった。残念、裏話期待していたんだけど・・・

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4 コメント

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武居記者 (moondreams)
2007-05-27 11:54:47
'70年代当時(まだ子供だったので)「レッツラゴン」に何故 記者が漫画に出てくるのかよく分からなかったが、ハチャメチャさが好きでした。
もう漫画は、両津勘吉『こちら葛飾区亀有公園前派出所』ぐらいしか読まなくなった。
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マンガ (imapon)
2007-06-10 11:47:27
moondreamsさん、レス遅くなりすみません。
マンガはあまり読みません。
谷岡ヤスジとかは好きで持ってます。
あとは花くまゆうさくとか根本敬とか・・・
マンガも極めて偏っております。

復活はされないのでしょうか。
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もしかして (竜之進)
2012-03-20 00:15:10
赤羽台中学ですか?
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Unknown (imapon)
2012-03-23 09:22:37
竜之進様、台中ですか?
今は京北が使ってますね。
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