JOEは来ず・・・ (旧Mr.Bation)

なんの役にも立たない事を只管シコシコと

筒井康隆 「敵」

2007-10-19 | BOOK
老人小説の傑作じゃないだろうか。
老人エロ小説は面白い。「瘋癲老人日記」「眠れる美女」「わが悲しき娼婦たちの思い出」「断腸亭日乗」・・・しかし、それらとは少し趣を異にする。
筒井康隆であるにも関わらず文庫になっても読まずに捨て置いた。筒井先生を侮ってはいけないと痛感。

大学教授の職を辞して10年、妻に先立たれて20年の渡辺儀助、75歳。
ここでは1人暮らし老人の生活のディティールが微に入り細に渡って描かれていく。
その手法の中で解説の川本三郎氏の言葉では壺中天(こうちゅうてん=小さな壺の中にある現実とは違ったもう一つの世界)が浮かび上がると表しているが言い得て妙。
最近のテレビドラマなんかで小道具がディティールに拘り、登場人物の性格付けをしていくが、あれはどんなものかしら。今流行りのメイキング特番があったればこそのお遊びとしか思えませんが・・・(余談)

独り暮らしの老人は退屈で寂しい物という概念があるが、渡辺儀助のように自己を律し、財産消滅時に生を終えるという大計画を大真面目に実行しようとするような生活であればこんなにも美しい物なのか。
自分を顧みた場合、こういう生活は不可能であり自堕落にゴミの中で生きながらえる姿しか思い描けない。

老人の性に関しても面白く描かれる。性について必ずしも相性が良いとは言えなかった亡き妻の回顧と現在密かに思いを寄せる元教え子、鷹司靖子の存在。儀助は自慰によって妻との仲も保っていた。

この年代の夫婦だからお互い愛を語り合う事もなく、果たしてお互い愛していたのかとの疑問を持っているが、回顧するにつけ慕う気持ちが募りとても理想的な夫婦だったように感じられ好ましく読んだ。そこには生前感じることの出来なかった連れの存在の大きさを知って後悔するといった感情とは違う、極めて前向きなように感じられた。

勿論、筒井作品なので老人のディティール小説に留まらず後半スラプスティックへとなって行く。
ドタバタの前の静かなる助走とはじけるドタバタが筒井作品の魅力としたら、ちょっとドタバタに物足りなさはあるものの、ROMで儀助が参加しているインターネット通信の「敵です。敵が来るとか言って、皆が逃げ始めています。北の」の書き込みから何が起こるのかのワクワク感は堪らない。インターネット通信の書き込みの特徴を活かしたこのフレーズのリフはいやがうえにも盛り上がる。

最後はやはりルーティンではあるが儀助の夢と現実が交錯して行き・・・

喫煙家の儀助が副流煙の害について否定し禁煙社会に怒りを露にする。
書かれた当時から現在、喫煙者の肩身はますます狭くなっている。
禁煙から20年近くなる私もすっかり分煙生活に慣らされてしまった。
嫌煙運動が巻き起こった時、他人の喫煙に文句を言う、なんと度量の狭い事だと思った物だ。隣で煙草を吸われても一向に気にならなかった。職場の隣同士、喫煙者と禁煙者が何事もなく共存していた時代が懐かしい。

社内でコミュニケーションを取る為、たまに敢えて喫煙室に入って情報交換をするのだが、出てきた時の服の匂いには辟易する。宴会の席でも喫煙者と禁煙車が隔てられなかなかコミュニケーションが取りにくかったりする。酒の勢いを借りてゲホゲホしながら喫煙者の中に入っていくのだ。

喫煙ルームのホテルの一室にて・・・
ほら、もう匂い、気にならなくなった・・・

余談が長引きました・・・・

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