中国語学習者のブログ

これって中国語でどう言うの?様々な中国語表現を紹介します。読者の皆さんと一緒に勉強しましょう。

紅楼夢の上海ガニの詩

2009年12月20日 | 紅楼夢
 蘇州に住んでいた時、勤め先の会社が蘇州市の東側の蘇州工業園区の中にあり、会社の裏側に陽澄湖という湖があった。ここがいわゆる上海ガニの最も有名な産地であり、一時期、偽物が出回り、カニの甲羅に陽澄湖と刻印したり、ハサミのところにプラスチックの封印をしたことがあった。シーズンは9月の末から12月の初めくらいまで。紅楼夢は舞台が蘇州や南京といった江南の設定であり、上海ガニを食べるシーンが出てくる。

 紅楼夢第三十八回で、キンモクセイの花を見るために皆が集まり、上海ガニを食べた後、賈宝玉が次のような詩を詠んだ。

持螯更喜桂陰凉,潑醋擂姜興欲狂.
饕餮王孫応有酒,横行公子却無腸.
臍間積冷饞忘忌,指上沾腥洗尚香.
原為世人美口腹,坡仙曾笑一生忙.

螯(かに)を持って更に喜ぶ桂陰の涼しきを。醋(す)を潑(ま)き姜を擂(す)りて興狂わんと欲す。
饕餮(とうてつ)の王孫は酒有るべく、横行の公子は却って腸無し。
臍間(せいかん)に冷を積むも饞(むさぼ)りて忌を忘れ、指上に腥(せい)を沾(うるお)し洗えども尚香し。
原(もと)世人が口腹を美(こや)す為に、坡仙は曾て一生は忙しと笑いし。

● 螯 ao2 カニのはさみ
● 潑 po1 (水や液体を)かける。まく
● 擂 lei2 する。すりつぶす
● 饕餮 tao1tie4 饕餮(とうてつ)。伝説中の凶悪な獣。食いしん坊の比喩としても用いられる。
● 横行公子却無腸
古人給蟹取“四名”:“以其横行,則曰螃蟹;以其行声,則曰郭殻;以其外骨,則曰介士;以其内空,則曰無腸。”所以蟹便有了“横行介士”和“無腸公子”的称号。
[訳]古人はカニに「四つの名」をつけた。「横向きに歩くことから、“螃蟹”という。その形象から、“郭殻”(城郭のような殻)という。その外側に殻を持つことから“介士”(鎧を纏った兵士)という。その中が空であることから、“無腸”という。」したがってカニには「横行介士」、「無腸公子」といった呼び方がある。
● 臍qi2  へそ。
● 饞 chan2 口がいやしい。むさぼり食う
● 沾 zhan1 つく。汚れる
● 坡仙 po1xian1 蘇東坡のこと

 第一句:桂陰はキンモクセイの木陰。キンモクセイは秋に橙黄色で芳香の強い小さな花をたくさんつける。中国ではこの花を乾燥させたものを茶に入れたり、粉にして菓子に入れたりする。烏龍茶にキンモクセイの香りをつけたものが桂花烏龍。上海ガニと同じ、秋の代表的な花である。醋(酢)は鎮江の陳醋、黒酢である。生姜を磨ったり細切りにしたものに酢を入れたものがカニの調味料の定番であるが、ずっりり重い、茹で立ての上海ガニを一匹手に持ち、調味料の入った小皿の前に座り、さあこれから至福の時を迎えようという喜びが表れている。

 第二句:饕餮は中国古代、殷代の青銅器の図柄によく使われる伝説上の獣だが、何でも食べてしまうので、食いしん坊の比喩として用いられる。宝玉は自分をその饕餮の王孫になぞらえている。第三十七回で海棠詩社を作ることになり、各人が雅号をつけた時、彼は「怡紅公子」と号することにしたが、ここで彼は戯れでカニを「横行公子」と言って、自分と対比している。宝玉は常々自分は他の人とは行動が違う、と言われていたが、カニを手にして、ふと他と違って横歩きするので「横行公子」と呼ばれることを思い出したのであろう。しかし、カニは「無腸」、中身は空っぽである。だから、自分と同じ「公子」でも中は空っぽで、自分とは違う。自分は一方、「横行覇道」、好き勝手をしてやるぞ、と言いたいのだろうか。

 第三句:中国では、カニは体を冷やすと言われる。したがって、レストランではカニを食べ終わる頃に必ずしょうが湯を持ってくる。「臍間積冷」、へそのあたり、つまりお腹が冷えるけれど、あまりおいしいのでつい、忌まねばならないのを忘れて食べるのに夢中になってしまう。「腥」はにおいが生臭いことで、カニを食べると指に生臭いにおいがついて、洗ってもそのにおいがとれない。

 第四句:蘇東坡《初到黄州》「自笑平生為口忙,老来事業転荒唐」(自ら笑う平生口の為に忙し、老い来たりて事業荒唐に転ず)という句を踏まえている。世の中の人々はおいしいものを腹いっぱい食べるために、一生忙しい思いをする。ちょうど、蘇東坡がかつてそう言って笑ったように。

 それを聞いて、林黛玉は次のような詩を作った。

鉄甲長戈死未忘,堆盤色相喜先嘗.
螯封嫩玉双双満,殻凸紅脂塊塊香.
多肉更怜卿八足,助情誰勧我千觴
対茲佳品酬佳節,桂拂清風菊帯霜.

鉄甲長戈死すとも未だ忘れず。盤に堆(うずたか)き色相、喜んで先ず嘗む。
螯(はさみ)は嫩玉を封じ双双に満ち、殻は紅脂に凸(ふくら)みて塊塊に香し。
肉は多く更に怜(あわ)れむ卿が八足なるを、情を助けて誰か我に千觴を勧めん。
茲の佳品に対し佳節に酬(むく)ゆれば、桂は清風を拂(はら)い菊は霜を帯べり。

● 鉄甲 tie3jia3 鉄のよろい
● 戈 ge1 矛(ほこ)
● 嫩玉 nen4yu4 柔らかい(或いはみずみずしい。色の淡い)玉
● 双 shuang1 量詞。一対。
● 觴 shang1 古代の杯(さかずき)。
● 酬 chou2 酒を勧める
● 佳節 ここでは、重陽の節句のこと。
● 拂 fu2 そっとかすめる。[例]春風拂面:春風が頬をなでる

 第一句:カニを「鉄甲長戈」、鉄の甲冑を身に纏い長い戈を持つ、と形容した。それが盆の上に蒸しあがったものが積まれている、ということで、カニを食べる前の期待に胸が躍る気持が表現されている。

 第二句:ここでの「螯」はハサミで、ハサミを割ると、中に玉のような白い身が詰まっている。甲羅は赤い脂でふくらんでいて、一個一個良い香りがしている。

 第三句:肉のしっかり詰まった足が八本もあるのがうれしい。誰か私の気持ちを察して酒を千杯ついでくれるものはいないか。

 第四句:この好き肴に向って佳節を祝えば、キンモクセイは清風になびき、菊は霜を帯びている。

 これは、宝玉の詩を聞いて、それに和して即興で作ったためか、あまり良い出来ではなかったとみえ、黛玉はこの詩を書いた紙を破り、焼いてしまうように言いつけている。

 それを聞いて、薛宝釵が私も一首できたと言って、次のような詩を詠んでいる。

桂靄桐陰坐挙觴,長安涎口盼重陽.
眼前道路無経緯,皮里春秋空黄.
酒未滌腥還用菊,性防積冷定須姜.
于今落釜成何益,月浦空余禾黍香.

桂靄桐陰、坐して觴を挙げ、長安は口に涎(よだれ)し重陽を盼(まちのぞ)む。
眼前の道路経緯無く、皮里春秋、黄空(むな)し。
酒未だ腥(なまぐさ)を滌(あら)わずば還(さら)に菊を用いよ、性積冷を防ぐには定(かなら)ず姜を須(もち)うべし。
今に于(於)て釜に落つるも何の益をか成さん、月浦空しく余す禾黍の香

● 靄 ai3 もや。かすみ。
● 涎 xian2 よだれ
● 長安涎口 長安は、この前に皆が菊を題に詩を作った時、宝釵が「長安公子」と詠んだことを踏まえている。長安公子は、杜甫の《飲中八仙歌》の中の、汝陽王、李進(璡)を指すと言われている。
杜甫 《飲中八仙歌》の中の一句:“汝陽三斗始朝天 道逢曲車口流涎 恨不移封向酒泉”
(汝陽三斗始めて天に朝し、道に曲(麹)車に逢えば口から涎を流し、恨むらくは封を移されて酒泉に向かわんことを。)
● 経緯 jing1wei2 機織りの縦糸と横糸。ここでは、カニは横歩きするので、眼前の道路が縦横どちらに向いていようと関係ない、ということ。
● 皮里春秋 pi2li3chun1qiu1 =皮里陽秋[成語]腹の中に「陽秋」がある。心の中だけ思って口に出さない批判。(「春秋」、「陽秋」は何れも五経のひとつ、「春秋」のこと。「春秋」は孔子が種々の事柄に褒貶を加えたとされることから、ここでは批判を意味する。
● 空黄 konghei1huang2 黒は黒道、黄は黄道のこと。黒道、黄道は占いの凶と吉。凶だ吉だと言ってもむなしいことだ。
● 滌 di2 =洗滌:洗う
● 落釜 luo4fu3 釜の中に落とす。鍋で煮られること。
● 禾黍 he2shu3 アワやキビ

 第一句:靄の籠るキンモクセイやアオギリ(梧桐)の木陰に座って杯を挙げていると、長安の公子が口から涎を流したように、誰かさんと誰かさんは重陽の節句にこれから起こることを期待している。ここでは、宝玉と黛玉が仲良く詩のやりとりをしたことをあげつらい、これから更にお楽しみに入るのか、とからかっている。

 第二句:横ばいのカニは、目の前の道路を歩くにも方角の見境がつかないくせに、腹の中では人のことをいろいろあげつらい、吉だ凶だと勝手なことを言っている。

 第三句:酒がカニの生臭さを洗い流せないなら、酒に菊を浮かべればよい。(ここでは、菊花酒のことを言っている。重陽の節句に菊花酒を飲むと、悪気を除くことができると言われていた。)カニを食うと腹が冷えると言うが、それを防ぐには生姜を用いるがよい。

 第四句:カニもこうして釜に入れられてしまえば、もういくらジタバタしてもはじまらない。カニがもと住んでいた月夜の水辺には、今は禾黍の香りだけが空しくただよっているばかりであろう。

 この詩については、前半の二句を読むなり、皆の反応が;
衆人不禁叫絶.宝玉道:“写得痛快!我的詩也該焼了.”(皆思わず感嘆の声を上げた。宝玉は「すばらしい!ぼくの詩も焼き捨てなくっちゃ。」)という反応が還るできばえであった。

 そして、全部聞き終えたうえでの論評は;
衆人看畢,都説這是食螃蟹絶唱,這些小題目,原要寓大意才算是大才,只是風刺世人太毒了些.(皆は見終わると、こう言った。これはカニを食べる詩の傑作だ。こうした小さな題目は、もともと大きな意味を寓するのでなければ大才とはいえない。しかしこれは世人の風刺がやや辛辣すぎる。)

 作者は、この三番目の詩が言いたくて、前のふたつを付け足しで作ったと言われている。なかでもその第二句の、世の中で、陰謀や不正にあらゆる手練手管を尽くしても、最後には身を滅ぼすことになることを暗に言いたかったのである。

 雲郷は、《雲郷話食》の中で、この紅楼夢での上海ガニは、実は江南地方のカニではなく、曹雪芹が暮らした北京付近に出回るカニ、つまり天津の勝芳のカニではないか、と言っている。その根拠は、第三十七回に、次のようなくだりがあるかかである。

 宝釵道:“這個我已経有個主意.我們当舗里有個伙計,他們地里出的很好的肥螃蟹,前儿送了几斤来.現在這里的人,従老太太起連上園里的人,有多一半都是愛吃螃蟹的.前日姨娘還説要請老太太在園里賞桂花吃螃蟹,因為有事還没有請呢.你如今且把詩社別提起,只管普同一請.等他們散了,咱們有多少詩作不得的.我和我哥哥説,要几簍極肥極大的螃蟹来,再往舗子里取上几壇好酒,再備上四五桌果碟,豈不又省事又大家熱閙了.”

[訳]宝釵が言った。「それについては、私に考えがある。うちがやっている質屋の手代が、自分の家の田んぼから上等な肥えたカニが取れるとかで、先日幾斤か届けてくれた。今ここの人は、ご隠居様はじめご家族の人たちは、たいていの皆さんがカニが好物だ。先日母がご隠居様を園内にお招きしてキンモクセイの花見をしながらカニをご馳走しようと言っていたが、用事にまぎれてまだお招きしていない。今、詩社のことは言わないで、かまわず皆さんを誰彼無しに全部お呼びしなさい。皆さんがお帰りになってから、私たちが詩を作ることにしたらどうだろう。私が兄に話をして、一番肥えた大きなカニを幾籠かもらうので、それからお店から良い酒を少し取り寄せよう。それに果物のお皿を四五卓用意すれば、手間もはぶけるし、皆もにぎやかに楽しめる。」

 ここの「他們地里出的很好的肥螃蟹」の、「地里」、つまり田んぼから取れるというところに注意する必要があり、江南では、陽澄湖はじめ、太湖、高郵湖など、産地が湖や川で、そこへ四手網や簗を仕掛けてカニを捕まえるのが一般的な光景であるのに対し、天津・勝芳では、秋に海河の水が畑に溜まり、カニが海河を遡ってきて、高粱畑で高粱を食べに上がってくるので、そこを捕獲する、だから「地里出」という言い方をするそうである。

 在江南呉越間,一年到頭都能在水浜中捉到蟹,但真正講究螃蟹,要在旧歴九十月間経霜之后,団臍(母蟹)才有黄,再晚尖臍(公蟹)才有膏,這就是俗話説的“九団十尖”。而北京天気冷,霜期早,所以在旧歴七月底,八月初就講究吃螃蟹了。

● 一年到頭 一年中
● 浜 bang1 小川。日本語の浜の意味は「濱bin1」。「浜 bang1」は主に江南一帯で使う。
● 臍qi2 「肚臍」でへその意味だが、カニの甲羅の裏側、えらぶたの意味に使う。
● 団臍 tuan2qi2 雌ガニの腹部の丸い殻。或いは雌ガニの意味。「団」は丸いという意味。
● 尖臍 jian1qi2 雄ガニの腹部のとがった殻。或いは雄ガニの意味。

[訳]江南の呉越の間では、一年中池や川でカニを捕まえることができるが、本当にカニのことを言うなら、旧歴の九、十月の間の霜が降りた後、雌ガニは卵を持ち、更に遅いと雄ガニが味噌(「膏」。どう訳したらよいか迷い、とりあえず味噌とした)を持ち、これがつまり俗に言う「九月は雌で十月は雄」である。北京は寒いので、霜が降りるのが早く、旧歴七月末、八月初旬にはカニを食べる話ができる。

 上記の団臍、尖臍という言い方、果たしてカニを食べる時に通じるだろうか?来年のシーズン、蘇州に行く機会があれば、是非試してみたいものである。


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紅楼夢 第二回(その1)

2009年12月05日 | 紅楼夢

 今回、久々に紅楼夢の続きを見ていきたいと思います。第二回は、前回、甄士隠から銀子を贈られ都に科挙の試験を受けに行った賈雨村のその後と、彼とのかかわりから、この物語のヒロインのひとりである林黛玉が如何にして栄国府に入るに至ったかを書いています。

  第二回 賈夫人仙逝揚州城 冷子興演説栄国府
 [訳]賈夫人は揚州城に逝去し、冷子興は栄国府のことを物語る
● 仙逝 xian1shi4 逝去

 詩云一局輸贏料不真,香銷茶尽尚逡巡.欲知目下興衰兆,須問旁観冷眼人.

[訳]詩に云う。一回の勝敗では本質はつかめない。香の良い茶が尽きてなお逡巡する。現在の勃興衰退の兆しを知りたいと思うなら、傍から冷静に見ている人に問うべきだ。 

 却説封粛因聴見公差伝呼喚,忙出来陪笑啓問.那些人只嚷:“快請出甄爺来!”封粛忙陪笑道:“小人姓封,并不姓甄.只有当日小婿姓甄,今已出家一二年了,不知可是問他?”那些公人道:“我們也不知什麼‘真’‘假’.因奉太爺之命来問.他既是你女婿,便帯了你去親見太爺面禀, 省得乱跑.”説着,不容封粛多言,大家推擁他去了.封家人個個都驚慌,不知何兆.

[訳]さて、封粛は小役人が呼ばわるのを聞いて、急いで出てきて、愛想笑いをしながら来意を問うた。役人たちは、「早く甄旦那様のお出ましあれ!」と大声で言うばかり。封粛は急いで愛想笑いしながら言った。「手前は姓を封といい、甄ではありません。ただかつて娘婿に姓を甄という者がおりましたが、家を出て一二年になり、どこにいるものやらわかりません。」役人たちは言った。「我々も「真」や「假」といっても何のことかわからん。お殿様の命を受けて問うているのだ。その方がおまえの娘婿なら、おまえからお殿様に直接申し上げてくれれば、あちこち走りまわらずに済むというもの。」そう言うと、封粛があれこれ言うのも聞かず、皆で彼を抱えて行ってしまった。封家の人々は皆驚き慌て、何の事やら分からなかった。

● 公差 gong1chai1 公務執行のため派遣された小役人
● 呼喚 hu1huan4 呼び出す
● 陪笑 pei2xiao4 愛想笑いをする
● 啓問 qi3wen4 言上して質問する
● 面禀 mian4bing3 ~に向って申し上げる
● 推擁 tuiyong1 押し抱えて
● 兆 zhao4 兆し。前兆

 那天約二更時,只見封粛方回来,歓天喜地.衆人忙問端的.他乃説道:“原来本府新升的太爺姓賈名化,本貫湖州人氏,曾与女婿旧日相交.方才在咱門前過去.因見嬌杏那丫頭買線,所以他只当女婿移住于此.我一一将原故回明,那太爺倒傷感嘆息了一回,又問外孫女儿,我説看灯丢了.太爺説:‘不妨,我自使番役務必探訪回来.’説了一回話,臨走倒送了我二両銀子.”甄家娘子聴了,不免心中傷感.一宿無話.至次日,早有雨村遣人送了両封銀子,四匹錦緞.答謝甄家娘子,又寄一封密書与封粛,転托問甄家娘子要那嬌杏作二房.封粛喜的屁滾尿流,巴不得去奉承,便在女儿前一力攛掇成了,乗夜只用一乗小轎,便把嬌杏送進去了.雨村歓喜,自不必説,乃封百金贈封粛,外謝甄家娘子許多物事,令其好生養贍,以待尋訪女儿下落.封粛回家無話.

[訳]その日の夜十時頃、封粛がようやく帰ってきたので、皆大喜びした。周りの者が急いで事の仔細を問うと、彼はこう言った。「実は本府の新任の殿さまは姓を賈、名を化といい、本籍は湖州の人で、かつてうちの婿と親交があり、今しがた我が家の前を通り過ぎられたのだ。女中の嬌杏が絹糸を買っているのを見たので、殿様は婿がここに移り住んだと思われた。私がひとつひとつ事の次第を申し上げると、あの殿様は感じ入ってため息をつかれると、孫娘のことを聞かれたので、元宵節の灯籠見物の時にいなくなったと言うと、殿様は、「よろしい、私が番役を使って見つけ出そう」と言われ、ひと通り話をすると、帰る時銀子二両をくだされた。」甄の妻はそれを聞くと、心の中で悲しみがこみあげてくるのを、どうすることもできなかった。その晩は何も話はなかった。翌日朝に雨村は人を遣わし、銀子を二包み、錦を四匹送り、甄の妻に感謝するとともに、密書を封粛に送り、甄の妻にかの嬌杏を側室にすることを頼むよう依頼した。封粛はうれしくて飛び上がらんばかりになり、喜んで承知すると、娘の前であらん限りのことばを並べて言い含めると、その夜のうちに一挺の駕籠に押し込め、嬌杏を送り届けた。雨村の喜びようは言うまでもなく、百金を包んで封粛に贈り、甄の妻にもいろいろなものを贈り、体を大事にして、娘の行方がわかるのを待つようにということであった。封粛が家に帰ってからは何も話がなかった。

● 二更 er4geng1 夜十時頃。更:夜の時間を計る単位。初更から五更まであり、日没から日の出までを5等分した時間。1更は約2時間。
● 歓天喜地 huan1tian1xi3di4 狂喜するさま。大喜びで。
● 端的 duan1di4 委細。仔細
● 丫頭 ya1tou 女中。小間使い
● 番役 fan1yi4 「番子」ともいい、元は明代の中央の特務機関廠(東廠と西廠に分かれる)と錦衣衛で探偵、犯人逮捕、尋問を行う役職で、清代もこの名を使った。
● 娘子 niang2zi 妻。女房
● 二房 er4fang2 妾。側室
● 屁滾尿流 pi4gun3niao4liu2 驚きのあまり、あわてふためく。腰を抜かす
● 巴不得 ba1bude したくてたまらない。切望する
● 一力 yi1li4 全力を尽くす
● 攛掇 cuan1duo4 おだてる。そそのかす
● 下落xia4luo4 行方。ありか

 却説嬌杏這丫鬟,便是那年回顧雨村者.因偶然一顧,便弄出這段事来,亦是自己意料不到之奇縁.誰想他命運両済,不承望自到雨村身辺,只一年便生了一子,又半載,雨村嫡妻忽染疾下世,雨村便将他扶側作正室夫人了.正是: 偶因一着錯,便為人上人.

[訳]さて、嬌杏という女中は、あの年、雨村を振り返って見た者である。偶然に振り返って見たことで、このような事が起こったのは、自分でも予想できない奇縁である。かの命と運が二つとも成ろうとは誰が想像し得たろう。思いがけず雨村の元に来、一年のうちに一子をもうけ、また半年で、正妻が突然病気で身罷り、雨村は彼女を正室にした。正に、たまたま間違ったことで、人の上の人になる、である。

● 済 ji4 成果
● 承望 cheng2wang4 予想する
● 嫡妻 di2qi1 =嫡配:正妻
● 染疾 ran3ji2 病気にかかる
● 下世 xia4shi4 この世を去る。死ぬ

 原来,雨村因那年士隠贈銀之后,他于十六日便起身入都,至大比之期,不料他十分得意,已会了進士,選入外班,今已升了本府知府.雖才干優長,未免有些貪酷之弊,且又恃才侮上,那些官員皆側目而視.不上一年, 便被上司参了一本,説他貌似有才、性実狡猾,又提了一両件徇庇蠹役、交結郷紳之事。龍顔大怒,即命革職。部文一到,本府官員無不喜悦.那雨村心中雖十分慙恨,却面上全无一点怨色,仍是嘻笑自若,交代過公事,将歴年做官積的些資本并家小人属送至原籍,安排妥協,却是自己担風袖月,游覧天下勝迹. 那日,偶又游至維揚地面,因聞得今歳鹺政点的是林如海.

[訳]ところで、雨村はあの年、士隠が銀子を贈った後、十六日に出立して都に入り、会試の時に至ったが、思いもかけずよくできて、進士となり、地方官に任用され、今は当府の知府(知事)に昇進した。才能は優れているが、多少やりすぎるきらいがあり、かつ才を頼んで上を侮ったものであるから、同僚たちも皆見て見ぬふりをしていた。任官して一年もしないうちに、上司に上奏文で弾劾され、かの者は見かけは才があるようであるが、その実、性格は狡猾であると言い、私情から使用人をこきつかったり、郷紳と結託していることを一二提出した。天子様はお怒りになり、即刻罷免を命じられた。吏部の文書が届くや、当府の役人で喜ばない者はいなかった。かの雨村は心の中ではたいへん恥じ、かつ後悔もしたが、顔には少しも怨みの色は出さず、普段と変わらずにこにことして、公務の引き継ぎをした。何年か役人をしたことでの多少の蓄えと、妻子や家人を郷里に送り届け、始末がつくと、自身は詩を吟じながら、天下の名所旧跡を遊覧して回った。その日、たまたま揚州の地にやってきて、聞くとこの年に巡塩御史に任命されたのは林如海という人であった。

● 大比 da4bi3 科挙の試験で郷試に合格した挙人が都で受ける2次試験の会試は、3年に1度行われた。これを「大比」という。
● 得意 de2yi4 (試験の結果について)自信がある
● 選入外班 xuan3ru4wai4ban1 地方官として任用され派遣される
● 才干 cai2gan4 才能
● 未免 wei4mian3 いささか~のようだ。~のきらいがある
● 貪酷 tan1ku4 ひどく欲張りである
● 恃 shi4頼みとする
● 側目而視. Ce4mu4er2shi4 横目で見る。怒りの表情を表す
● 参他一本 上奏文を奉って彼を弾劾する
● 狡猾 jiao3hua2 狡猾である
● 徇庇蠹役 xun4bi4du4yi4 =徇私蠹役:私情から使用人をこきつかう
● 郷紳 xiang1shen1 地方の有力者。勢力のある地主
● 龍顔 天子さま
● 革職 ge2zhi2 罷免する
● 部 ここでは吏部のこと
● 嘻笑 xi3xiao4 笑いさざめく
● 自若 zi4ruo4 普段と変わらず
● 家小 jia1xiao3 妻子。家族
● 担風袖月 dan1feng1xiu4yue4 =吟風弄月:詩を吟じる。詩作をする
● 鹺政 cuo2zheng4 鹺:塩。巡塩御史

這林如海姓林名海,表字如海,乃是前科的探花,今已升至蘭台寺大夫,本貫姑蘇人氏,今欽点出為巡塩御史,到任方一月有余.原来這林如海之祖,曾襲過列侯,今到如海,業経五世.起初時,只封襲三世,因当今隆恩盛,遠邁前代,額外加恩,至如海之父,又襲了一代;至如海,便従科第出身.雖系鐘鼎之家,却亦是書香之族.只可惜這林家支庶不盛,子孫有限,雖有几門,却与如海俱是堂族而已,没甚親支嫡派的.今如海年已四十,只有一个三歳之子,偏又于去歳死了.雖有几房姫妾,奈他命中無子,亦無可如何之事.今只有嫡妻賈氏,生得一女,乳名黛玉,年方五歳.夫妻無子,故愛如珍宝,且又見他聡明清秀,便也欲使他読書識得几个字,不過假充養子之意,聊解膝下荒凉之嘆.

[訳]この林如海、姓は林、名は海、字は如海といい、前回の科挙の試験で三位で合格した人で、今は昇格して蘭台寺大夫になっておられ、本籍は蘇州の人で、今般天子自ら巡塩御史に任命され、任に就いて一か月余り、もともとこの林如海の祖先は、ずっと列侯を受け継いでき、如海に至りすでに五代目になっていたのだが、当初、世襲は三代までとされていたのを、今上陛下が恩厚く徳が盛んな方であるので、遠く前代に遡っても、定め以上に恩典をくださり、如海の父に至り、また一代継ぐことになった。如海に至り、ようやく進士の出身となった。財産も地位もある家柄だが、学者の一族であり、ただ残念なことにこの林家の庶子の系統は子に恵まれず、子孫は限られており、何家族かいるが、如海とは皆父方の祖を同じくし、直系の一族がひとりもいなかった。如海は四十歳であるが、三歳の子がひとりしかおらず、それもあいにく昨年なくなってしまった。何人か妾がいるが、いかんせん男の子がおらず、またそれもどうしようもなかった。正夫人の賈氏が一女を生み、幼名を黛玉といい、年はようやく五歳、夫妻に男の子はおらず、そのためかわいがること珍宝の如しで、しかもこの娘は聡明で容貌が美しく、そこでこの娘に学問をさせ、字を憶えさせたいと思ったが、それでかりそめに男の子を育てている気持ちになり、いささか膝下(しっか)に子のない寂しさをまぎらしているに過ぎなかった。

● 前科 qian2ke1 前回の科挙
● 探花 tan4hua1 科挙の殿試の第3位合格者。
ちなみに、首席合格者は状元 zhuang4yuan2、二位は榜眼 bang3yan3 という。
● 大夫 da4fu1 官職名。卿の下、士の上
● 欽 qin1 皇帝自ら(行う)
● 御史 yu4shi3 官職名
● 襲 xi2 受け継ぐ 
● 業経 ye4jing1 すでに
● 当今 dang1jin1 今の皇帝
● 隆恩盛 long2en1sheng4de2 恩が厚く徳が盛んである
● 額外 e2wai4 定め以上に
● 科第 ke1di4 科挙の試験の上位合格者
● 鐘鼎之家 zhong1ding3zhi1jia1 財産と地位のある家。
● 書香之族 読書人の一族
● 支庶 zhi1shu4 庶子(妾腹の子供)の系統
● 門 men2 一族。家庭
● 堂族 tang2zu2 父方の祖父を同じくする一族
● 親支嫡派 qin1zhi1di2pai4 直系の一族
● 去歳 qu4sui4 昨年
● 房 fang2 (量詞)妻妾を数える
● 姫妾 ji1qie4 妾
● 奈命中無子 nai4ming4zhong1wu2zi3 いかんせん男の子がおらず
● 嫡妻 di2qi1 正夫人
● 清秀 qing1xiu4 容貌がうるわしい。美しい
● 假充 jia3chong1 いつわる。ふりをする
● 膝下荒凉 xi1xia4huang1liang2 膝下(しっか)に子を抱けないさびしさ
● 聊 liao2 ひとまず。いささか

 雨村正値偶感風寒,病在旅店,将一月光景方漸愈.一因身体労倦,二因盤費不継,也正欲尋個合式之処,暫且歇下.幸有両個旧友,亦在此境居住,因聞得鹺政欲聘一西賓,雨村便相托友力,謀了進去,且作安身之計.妙在只一个女学生,并両個伴読丫鬟,這女学生年又小,身体又極怯弱,工課不限多寡,故十分省力.

[訳]雨村はたまたま風邪をひいて、旅館で臥せっていたが、一か月くらいしてようやく次第に回復した。体はだるいし、旅費も心細くなってきたので、適当なところをさがして、しばらく休みたいと思った。幸いに二人の旧友がおり、この地方に住んでいたが、巡塩御史が家庭教師をさがしていると聞いたので、雨村は友人に力添えを頼み、なんとか入り込んで、身を落ちつけたいと思った。うまい具合に女学生がひとりと、いっしょに勉強する小間使いがふたりいるだけで、この女の教え子は年も小さいし、体も弱く、授業は多寡を決められておらず、たいへん手間が省けた。

● 風寒 feng1han2 寒風と寒気。「感風寒」で風邪をひく
● 光景 guang1jing3 ころ。くらい
● 盤費 pan2fei4 =路費:旅費
● 西賓 xi1bin1 =西席 xi1xi2幕友、または家庭教師に対する呼称。主人は東に、客は西に座ったことから、こう言う。
● 多寡 duo1gua3 多寡。多少

 堪堪又是一載的光陰,誰知女学生之母賈氏夫人一疾而終.女学生侍湯奉薬,守喪尽哀,遂又将辞館別図.林如海意欲令女守制読書,故又将他留下.近因女学生哀痛過傷,本自怯弱多病的,触犯旧症,遂連日不曾上学.雨村閑居無聊,毎当風日晴和,飯后便出来閑步.

[訳]こうしてまた一年の月日が経ったが、思いがけずこの教え子の母の賈氏がちょっとした病から亡くなられてしまった。彼女は母のお傍で薬を煎じて差し上げ、また喪に服して哀悼を尽くしていたので、雨村は遂にこのお館を辞して別に生活の糧を得ようと思った。林如海は娘に服喪中も読書を続けさそうと思ったので、彼を引き続き家に留め置こうとした。近頃はこの娘の悲しみがひどく、もともと体が弱く病気がちであったので、持病がまた出てきて、何日も続けて授業が受けられなくなった。雨村は閑居して無聊をかこち、天気のよい日にはいつも、食後に出かけて行ってそぞろ歩きをした。

● 侍湯奉薬 shi4tang1feng4yao4 侍奉:目上の人のそば近くに仕え、差し上げる。 湯薬:煎じ薬
● 守喪 shou3sang1 通夜をする
● 守制 shou3zhi4 父母が死んだ時、子供は27ヶ月間家に閉じこもって身を慎み、官職にある者は必ず一時その職を退いたこと
● 風日晴和 feng1ri4qing2he2 天気の晴れた日
● 閑步 xian2bu4 そぞろ歩きをする

 こうして、雨村が揚州の郊外に行き、そこでの出会いから、物語は新たな展開をしますが、それは次回にて。
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紅楼夢の茄子料理

2009年11月10日 | 紅楼夢
今日は、紅楼夢に出てくる茄子の料理の話である。それも、ただの茄子の料理ではない。
《紅楼夢》第四十一回から、この料理のくだりを先ず見てみよう。

 鴛鴦無法,只得命人満斟了一大杯,劉姥姥両手捧着喝. 賈母薛姨媽都道:“慢些,不要嗆了.”薛姨媽又命鳳姐儿布了菜. 鳳姐笑道:“姥姥要吃什麼, 説出名儿来,我(扌兼)jian1了喂你.”劉姥姥道:“我知什麼名儿,様様都是好的.”賈母笑道:“你把茄鮝xiang3(扌兼)些喂他.” 鳳姐儿听説,依言(扌兼)些茄鮝送入劉姥姥口中,因笑道:“你們天天吃茄子,也嘗嘗我們的茄子弄的可口不可口.”劉姥姥笑道:“別哄我了,茄子跑出這個味儿来了, 我們也不用種粮食,只種茄子了.”衆人笑道:“真是茄子,我們再不哄你. ”劉姥姥詫異道:“真是茄子?我白吃了半日.姑奶奶再喂我些,這一口細嚼嚼. ” 鳳姐儿果又(扌兼)了些放入口内.

 鴛鴦は仕方なく、下女に命じて杯にいっぱいの酒を注がせると、劉ばあさんは両手でささげ持って飲んだ。賈かあさんや薛おばさんは「ゆっくりお飲みなさい。むせないでね」と言った。薛おばさんはまた鳳ねえさんに命じて料理を並べさせた。鳳ねえさんは笑って、「おばあさん、何を食べたいか、名前を言ってくれれば、私が箸ではさんで口に入れてあげますわ。」と言った。劉ばあさんは「私はなんという名前か知らないが、どれもおいしそうだ」と言った。賈かあさんは笑って、「おまえ、茄鮝を食べさせておやりよ。」と言った。鳳ねえさんはそう聞くと、そのとおり茄鮝を取って劉ばあさんの口に入れてやり、笑って言った。「皆さんは毎日茄子を食べているでしょうが、うちの茄子がお口に合うかどうか、試してみてください。」劉ばあさんは笑って言った。「私をだまさないでおくれ。茄子がこんな味を出すなら、私たちは米を作る必要がない、茄子だけ植えますわ。」一堂は笑って言った。「本当に茄子ですのよ。決してあなたを騙してはいないわ。」劉ばあさんは不思議そうに言った。「本当かい。私がぼんやりしていたのかね。ねえさん、もう少し食べさせてくれないかね。今度はじっくり味わってみるから。」鳳ねえさんはそこでもう少し箸で取ると、口に入れてやった。

 劉姥姥細嚼了半日,笑道:“雖有一点茄子香,只是還不象是茄子. 告訴我是个什麼法子弄的,我也弄着吃去.”鳳姐儿笑道:“這也不難.你把才下来的茄子把皮刨了,只要浄肉,切成碎釘子,用鶏油炸了,再用鶏脯子肉并香菌,新笋,蘑,五香腐干,各色干果子,俱切成釘子,用鶏湯煨干,将香油一收,外加糟油一拌,盛在瓷罐子里封厳,要吃時拿出来,用炒的鶏瓜一拌就是.”

 劉ばあさんはしばらく味わっていたが、笑って言った。「ちょっと茄子の香がするが、やっぱり茄子のようじゃない。私にどんな方法で作ったか教えてくれないか。私もやって食べてみるから。」鳳ねえさんは笑って言った。「そんなに難しいことはないですよ。取ってきたばかりの茄子の皮を剥いて、中の果肉だけにして、細かく細切りに切って、鶏の油で揚げて、鶏の胸肉やしいたけ、新鮮なタケノコ、マッシュルーム、五香腐干(豆腐の干したものを戻して醤油などで味付けした保存食品)、いろいろな木の実も細かく切って、鶏のスープで汁がなくなるまでとろ火で煮て、ごま油を吸わせて、糟油(もち米を醗酵させて酒にし、丁子、甘草、シイタケ、ウイキョウ、塩などを加え、1年ほど寝かした調味料)を加えてかき混ぜて、磁器のつぼの中に入れてしっかり封をして、食べる時に取り出して、炒めた鶏の足と混ぜ合わせればいいのよ。」

 劉姥姥聴了,揺頭吐舌説道:“我的佛祖! 倒得十来只鶏来配他,怪道這個味儿!”一面説笑,一面慢慢的吃完了酒,

 劉ばあさんは聞いていたが、首を振って舌打ちして言った。「ご先祖様!いったい、十羽以上も鶏をこのために使うなんて、道理でこんな味がするわけだ!」そう言って笑いながら、ゆっくりと酒を飲みほした。

****************************************

 さて、ここで出てくる「茄鮝」、たいへん手間と金のかかった料理であることがわかるが、この料理について、紅楼夢研究の泰斗、雲郷が《雲郷話食》の中で一文を書いておられる。

“茄鮝”というのは、冷菜(オードブル)なのか、それとも温かい料理なのか?塩漬け、粕漬けといった、“路菜”のような、長時間保存できる“陳菜”、つまり保存食品なのか?それとも、食べる時に調理する、保存できない新鮮な料理なのか。

“路菜”ということばを、大多数の人は知らないので、ちょっと解説しておく。

 《紅楼夢》の時代、当時の長距離旅行は、交通条件の制限を受け、毎日80~100里(40~50Km)しか移動できなかった。当時欽差大臣の位にあった林則徐が北京から広州へ行くのに、彼の日記によれば、三か月を要した。毎日宿に泊まって休息、食事はどうしたのだろうか。

 当然地方官が駅ごとに酒席を手配したが、辺鄙な小さな村も通らなければならず、生活条件が悪く、不便な地方では、たとえ料理人や召使を連れていても、何も買えなかった。また、旅行中でばたばたと忙しく、長い旅で疲れ果て、調理をしている時間もなかった。そのため、旅行に出る前、先に旅行中の“路菜”(常備菜)を作り、容器に入れ、持ち歩いた。

 辺鄙な小駅に着くと、火を起こし食事を作る。おかずを作る必要はない。鍋をかけ水気の少ない粥か糊のような飯ができればよい。“路菜”を取り出せば、実質本位に食事を取れ、旅行中の飲食と健康を保証できる。

 《紅楼夢》に書かれているように、黛玉が北上した時、薛皤が遠方に行き商売をした時、こうした長距離旅行では、習慣として「路菜」を持って行った。自分の家で作るだけでなく、親戚友人がおいしい“路菜”を互いに贈り合った。これが当時の風習であった。

 また、昔は保存条件も悪かった。黄河以北、例えば北京では、冬に大量の氷を蓄えられるので、夏に氷桶を用いることができ、氷桶に入れれば炎暑の中でも魚や肉類を保存することができた。江南及び湖北、湖南、広東では、こうした条件がないので、食物の保存が一層困難であった。

 このため、伝統的な調理技術の中で、塩漬け、燻製、粕漬け、酒漬け、ロースト、風干し等の方法が創造された。食物を保存するだけでなく、たいへん風味のある食物を生みだした。

 様式は次第に複雑になり、ひとつの調理法でも異なる方法があり、使う材料も異なり、例えば塩漬けでも、粗塩に漬けるのか、細かい塩か、花椒塩(さんしょう塩)か、桔皮(みかんの皮)を入れて炒めた塩か。塩水に漬けるか、酢、辛子酢、砂糖、蜜に漬けるか。浅漬けか古漬けか、等々。

 これら塩漬け、燻製、粕漬け、酒漬け、風干し等の食品は、それぞれ名店や、各地の風味、味わいのある美味であり、その製法は独自の秘密があった。

 《紅楼夢》で書かれた“茄鮝”は、当然栄国府の厨房の家伝の秘法である。そうでなければ、賈かあさんがどうして特に鳳姐に少し箸で取らせて劉ばあさんに味見をさせたのだろうか。

 何を鮝xiang3と呼ぶのか。《集韵》の注記として《呉地記》の話が記載されていて、「鮝」を魚や料理の名前とするものは、皆「乾物」。「燻製」の意味である。例えば、イカは、塩辛い干物は「明鮝」、塩辛くない干物は「脯鮝」。フナ類の干物は「(魚即)ji4鮝」、白魚類の干物は「白鮝」、黄魚類の干物は「黄魚鮝」。江蘇浙江の人々は何が「鮝」かたいへん明確である。
 《紅楼夢》中の“茄鮝”は茄子を“鮝”の名とし、当然以下のいくつかの特徴があるかのようである。

第一は保存食で、若干日数保存された茄子の加工品で、新鮮ではなく、出来合いのものである。

第二に干物、燻製の類であり、乾いていて、スープやかけ汁、煮汁等は無い

第三に塩辛く風味があり、咬みごたえがあり、各種の“鮝”の特殊な風味がある。そうでなければ、どうして“鮝”の名があるのか。

第四に冷たいものを食べるのが習慣で、炒めた熱々を食べる料理ではないし、食べる時に温める冷葷でもない。粕漬け、酒漬け、干し肉のように、比較的長い時間経つと味が染みておいしい。最も普通なあひるの卵の塩漬けのようなものは、今日漬けて明日食べるようなことはできない。

第五にこういう料理は酒の充てになるだけでなく、おかゆにもっとよく合う。例えばよく見る肉のでんぷ、塩漬けのあひるの卵、ザーサイと肉の細切りの炒め物、仏手瓜と肉の細切りの炒め物など。

 鳳ねえさんが言う作り方を検討するなら、以下のいくつかの手順に注意しないといけない。すなわち、「鶏の油で揚げる(炸)」の「炸」、「スープで汁が無くなる(干)までとろ火で煮込む」の「干」、「ごま油を吸わせる(收)」の「收」、「糟油(もち米を発酵させて酒にし、チョウジ、カンゾウ、シイタケ、ウイキョウ、塩などを加えて1年ほど寝かしたもの)をからめる(拌)」の「拌」、「しっかり封をする」の「封」。この炸、煨干、收、拌、封が“茄鮝”の「五文字の真の秘訣」だと言える。その秘訣は、十分に水気を取り去り、乾いた状態(干)にする(香り、塩辛さ、しなやかで柔らかいの三者が合わさった「干」)ことと、しっかり密封して置いておくことで十分味をしみ込ませることである。

 古人の調理理論は、全ての生臭物、精進物の料理について、二句の要点を押さえた名言を残した。すなわち、「味のある物はそれを出させ、味の無い物はそれに入れさせる」。この原則を身につけて自在に活用できれば、調理の秘訣に深通したということができる。

 茄子は野菜であり、それ自身が清々しい香りがあるが、味は濃厚ではない。これがその一。茄子は季節の野菜で、一年中あるものではない。茄子の無い季節に、茄子を食べることができる。これがその二。これが茄子の清々しい香りを保ちつつ、濃厚な味をしみ込ませ、かつ保存がしやすく、比較的長い時間が経っても、おいしい茄子の料理であることができる。こうして“茄鮝”が作られた。

 鶏の油で揚げるのは、一に茄子を熱して、芳しくし、水気を取る。二に最初にこれに鶏の味をつけるためである。“茄鮝”は、当然、茄子が主役である。茄子と付け合わせの比率は、三対七で、すなわち付け合わせの鶏の胸肉、シイタケ、新タケノコ(茄子の季節に新タケノコは無い。干したタケノコで代用して構わない)、マッシュルーム、五香豆腐干、各種のナッツ(アーモンド、胡桃等を含む)などで、作業は多いが、料理の二、三割を占めるだけである。「鶏のスープをとろ火で汁が無くなるまで煮る」のも、茄子に鶏の味をしみ込ませるためである。しかしとろ火で汁気がなくなるまで煮込まねばならず、もう一度「干」の字が出てくる。

 スープでじっくり汁気が無くなるまで煮込んだ食物は滋味豊かで水分を含んで、表面がしっとりと潤い、長く保存できない。それゆえ「ごま油を吸わせ」なければならない。つまりごま油を鍋で熱し、強火でこれを煎り付け、休まず攪拌し、水分を蒸発させ、油で湿らせてこんがり香ばしく炒めるのである。これは福建の肉のそぼろと同様、必ずごま油を用いなければならない。そうしないと、冷めた後、一個一個がくっついてしまう。

 メインの茄子のさいの目切りは鶏の油で揚げ、付け合わせは鶏のスープで汁気が無くなるまで煮込み、ごま油を吸わせるのは、とりの味をつけるためで、皆汁気の無いものである。糟油を加えて混ぜ合わせるのは、塩味をつけるためである。私の知っているところでは、糟油は酒粕に他の材料を加えて特別に作った調味料であり、「秋油」のようである。磁器のつぼの中に密閉する。その密閉の目的は、空気と遮断するためで、外の空気と接触しない中の食物は、何日も保存することができる。そしてもっと重要なのは、においが拡散せず、中に密閉されることである。一定の時間を経て、今日開封するのでなければ、明日、あさってに開封する。時間は長すぎてはいけない。その味が茄子の中に入ったばかりで、これを「浸透」させ、「濃厚」であること、これが大観園の特色であり、風味が奥ゆかしい「茄子料理」である。これはのメニューの秘伝であり、仔細に研究しなかったら如何に調理するのだろうか。

 食べる時に、取りだして、炒めた鶏の足と混ぜ合わせてしばらく置く。それは曹公がわざと一筆加えたように、明らかに高貴である。正に後に劉ばあさんが「ご先祖様!いったい鶏を何羽これに使ったことか」などと言ったのに呼応している。様々な場面に対応し、その文字はたいへんつやつやとしている。単純に料理から料理を論じても、磁器のつぼの中から、何日も漬けこまれた、香がほとばしる“茄鮝”を取り出せば、それ自身が既に十分に口に合う美味である。お酒の友に良し、粥に付け合わせても良し、きっと味わいは尽きることがない。「炒めた鶏の足と混ぜ合わせる」のが、いささか蛇足の感があるが。

 このように、紅楼夢の本文を読んだだけではわからないが、この茄子料理は、元々保存食であったことがわかる。しかも、茄子という日常の食材を使いながら、たいへん贅沢な料理である。

 ここに、栄華を誇った栄国府での暮らしが表現されている。
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紅楼夢 第一回 (その6)

2009年11月03日 | 紅楼夢
 最後のところ、やや長いので2回に分けます。不幸のどん底の甄士隠は、きちがい坊主と再会し、そこで浮世のむなしさを詩に詠みます。

 可巧這日拄了拐杖掙挫到街前散散心時,忽見那辺来了一个跛足道人,瘋癲落脱,麻屣鶉衣,口内念着几句言詞,道是:

 [訳]ちょうどこの日、杖をついて、なんとか我慢して通りまで出て気晴らしをしていた時、ふとあちらの方からびっこをひいた道士がやって来るのが見えた。気が狂って常軌を逸しており、草履にぼろぼろの服で、口の中でぶつぶつとことばを念じており、それが言うには:

● 拄 zhu3 (杖を)つく
● 拐杖 guai3zhang4 杖
● 掙挫 zheng4cuo4 =扎掙 zha1zheng どうにか我慢する。無理してこらえる
● 散心 san4xin1 気晴らしをする
● 瘋癲 feng1dian1 気が狂う
● 屣 xi3 靴
● 鶉衣 chun2yi1 ぼろぼろの服

  世人都暁神仙好,惟有功名忘不了!
  古今将相在何方?荒塚一堆草没了.
  世人都暁神仙好,只有金銀忘不了!
  終朝只恨聚無多,及到多時眼閉了.
  世人都暁神仙好,只有姣妻忘不了!
  君生日日説恩情,君死又随人去了.
  世人都暁神仙好,只有儿孫忘不了!
  痴心父母古来多,孝順儿孫誰見了?

 [訳]世間の人は皆仙人がいいと知っているが、ただ功名を忘れることができない。
   古今の将軍や宰相はどこにいるのか。荒れた塚には一群の草も生えていない。
   世間の人は皆仙人がいいと知っているが、ただ金銀を忘れることができない。
   一日中貯めた金が多くないことに文句を言うが、そのうち目を閉じ死んでしまう。
   世間の人は皆仙人がいいと知っているが、ただ美しい妻を忘れられない。
   君が生きていれば毎日恩愛の情を言うが、君が死ねば別の人に付いて行ってしまう。
   世間の人は皆仙人がいいと知っているが、ただ子や孫を忘れられない。
   子をいちずに思う父母は古来多いが、親孝行な子や孫を誰か見たことがあるか。
   
● 神仙 shen2xian1 仙人。なんの苦労も気がかりもなく悠々自適の生活をする人
● 塚 zhong3 塚。墓
● 終朝 zhong1zhao1 終日。一日中
● 姣 jiao1 みめうるわしい。美しい
● 恩情 en1qing2 慈しみ。恩愛の情
● 痴心 chi1xin1 いちずに思う心
● 孝順 xiao4shun4 親孝行をする

 士隠聴了,便迎上来道:“你満口説些什麼?只聴見些‘好’‘了’‘好’‘了’”.那道人笑道:“你若果聴見‘好’‘了’二字,還算你明白.可知世上万般,好便是了,了便是好.若不了,便不好,若要好,須是了.我這歌儿,便名《好了歌》”士隠本是有宿慧的,一聞此言,心中早已徹悟.因笑道:“且住!待我将你這《好了歌》解注出来何如?”道人笑道:“你解,你解。”士隠乃説道:

[訳]士隠はそれを聞くと、道士を出迎えて言った。「あなたが大きな声で言われていたのは何ですか。「好(よろしい)」「了(わかった)」「好」「了」しか聞こえなかったのですが。」その道士は言った。「あなたが「好」「了」の二字しか聞こえなかったのなら、あなたは理解されていると言える。世の中のあらゆる事が、良ければわかり、わかれば良い。もしわからなければ、良くなく、良くしないといけないなら、わからないといけない。私のこの歌は、《好了歌》という名です。」士隠は元々賢い人なので、このことを一度聞くと、十分理解した。そこで笑って言った。「待ってください。私があなたの《好了歌》を解釈してみたいのですが、如何でしょう?」道士は笑って言った。「どうか解釈してください。」士隠がそこで言うには:

● 満口 man3kou3 自信あふれる口調。大きな声
● 万般 wan4ban1 ありとあらゆる物事。万事
● 宿慧 su4hui4 もともと(平素から)聡明である
● 徹悟 che4wu4 十分理解する
● 且住 qie3zhu4 待ってください

 陋室空堂,当年笏満床,衰草枯楊,曾為歌舞場.蛛絲儿結満雕梁,緑紗今又糊在蓬窓上.説什麼脂正濃,粉正香,如何両鬢又成霜?昨日黄土隴頭送白骨,今宵紅灯帳底卧鴛鴦.金満箱,銀満箱,展眼乞丐人皆謗.正嘆他人命不長,那知自己帰来喪!訓有方,保不定日后作強梁.択膏粱,誰承望流落在煙花巷!因嫌紗帽小,致使鎖枷杠,昨怜破襖寒,今嫌紫蟒長:乱烘烘你方唱罷我登場,反認他郷是故郷.甚荒唐,到頭来都是為他人作嫁衣裳!

[訳]狭い空室だが、かつては字の書かれた笏(しゃく)が床一面になっていた。枯れた草や楊も、かつては歌舞場であった。蜘蛛の巣が彫刻をした梁中にかかっている。緑の薄衣が掛かっていたのに、今はヨモギが窓に張り付いている。紅(べに)が濃いとか白粉(おしろい)が匂うとか言っていたが、両方の鬢に白いものが混じるのを如何しよう。昨日は西域の黄土高原の隴山から死んだ兵士の白骨が送られてきたが、今宵は赤い提灯の帳の下で鴛鴦(おしどり)が寝ている。金の詰まった箱、銀の詰まった箱、見渡すと乞食が皆文句を言っている。他人の命が短いことを嘆いていると、自分が帰ってきて葬式に出されている。いくら教育しても、将来、強盗にならないとは限らない。金持ちの婿を選んでも、誰が遊郭に流れ落ちて女郎になり果てようと思うだろうか。役人になって、絹の帽子が小さいのを嫌っていた者が、罪に落ち手枷足枷をつけられている。昨日は破れた上着で寒さをあわれんでいたのが、今は紫の礼服の裾の長さを嫌がっている。むちゃくちゃにおまえが歌い終われば私が登場し、他人の郷のことだと思っていたことが、実は自分の故郷のことだと認めざるを得ない。実に荒唐無稽だが、ぎりぎりのところまでいくと、他人のために嫁入り衣装を作っているのだ。

● 陋室 lou4shi4 狭い部屋
● 笏 hu4 笏(しゃく)。大臣が朝見のとき右手に持つ細長い板。言上すべきことを裏に書いて備忘とした
● 謗 bang4 そしる。悪口を言う
● 方 fang1 方法。手段。処方箋
● 日后 ri4hou4 後日。将来
● 強梁 qiang2liang2 強暴である。横暴である
● 膏粱 gao1liang2 肥えた肉と上等な米。ごちそう。金持ち
● 承望 cheng2wang4 予想する(否定の形で用い、意外な感じを表す)
● 流落 liu2luo4 流れて(没落して)~へ行きつく
● 煙花巷 yan1hua1xiang4 花柳の巷。遊里
● 紗帽 sha1mao4 昔の文官のかぶった帽子の一種、官職のたとえ。
● 致使 zhi4shi3 ~の結果になる
● 鎖枷 jia1suo3 首かせと鎖(罪に落ち鎖につながれる)
● 扛 gang1 両手で重い物を差し上げる。物を担ぐ
● 蟒 mang3 “蟒袍”大臣が着た礼服。金色のウワバミの模様が刺繍してある
● 乱烘烘 luan4hong1hong1 “乱哄哄”:がやがや騒ぎたてる
● 到頭 dao4tou2 ぎりぎりのところまでいく。極限に達する

 那瘋跛道人聴了,拍掌笑道:“解得切,解得切!”士隠便説一声“走罷!”将道人肩上(衤荅) (衤連)搶了過来背着,竟不回家,同了瘋道人飄飄而去.当下烘動街坊,衆人当作一件新聞伝説.封氏聞得此信,哭個死去活来,只得与父親商議,遣人各処訪尋,那討音信?無奈何,少不得依靠着他父母度日.幸而身辺還有両個旧日的丫鬟伏侍,主仆三人,日夜作些針線発売,帮着父親用度.那封粛雖然日日抱怨,也無可奈何了.

[訳]あの気の狂ったびっこの道士は聞いていたが、手を叩いて笑って言った。「そのとおり、そのとおり。」士隠はそこで一声かけた。「行きましょう。」道士の肩に掛けた袋をひったくって背負い、ついに家に帰らず、きちがい道士といっしょに飄々と行ってしまった。すぐさまそれは隣近所で話題になり、人々は事件伝聞と見做した。封氏はこの知らせを聞くと泣き崩れ、父親と相談し、人を遣って尋ね歩いたが、どこに音信があるだろうか。仕方なく、父母に頼って暮らした。幸いにも身辺にはふたりの昔からの召使が仕え、主人と召使の三人で日夜針仕事をして商売をし、父親の出費を助けた。かの封粛は毎日文句を言ったが、どうしようもなかった。

● 切 qie4 ぴったりする。適合する。合う
● (衤荅) (衤連) da1lian  財布の一種。二つ折りにして帯にぶらさげ、大きいものは肩に振り分ける。両端がそれぞれ袋になっている
● 当下 dang1xia4 すぐさま
● 烘動 hong1dong4 “轟動”沸き立たせる。センセーションを巻き起こす
● 街坊 jie1fang2 隣近所
● 死去活来si3qu4hui2lai2 気絶したり生き返ったりする。極度に悲しんだり苦しんだりする 哭個死去活来:“哭得死去活来” 身も世もなく泣く
● 討 tao3 求める
● 少不得 shao3bude2 なくてはならない。欠くことのできない
● 度日 du4ri4 暮らす。貧しい暮らしを指していうことが多い
● 伏侍 fu2shi “服侍”:仕える
● 針線 zhen1xian 針仕事。裁縫
● 用度 yong4du4 出費

 這日,那甄家大丫鬟在門前買線,忽聴街上喝道之声,衆人都説新太爺到任.丫鬟于是隠在門内看時,只見軍牢快手,一対一対的過去,俄而大轎抬着一個烏帽猩袍的官府過去.丫鬟倒発了個怔,自思這官好面善,倒象在那里見過的.于是進入房中,也就丟過不在心上.至晩間,正待歇息之時,忽聴一片声打的門響,許多人乱嚷,説:“本府太爺差人来伝人問話。”封粛聴了,嚇得目瞪口呆,不知有何禍事,且聴下回分解

[訳]この日、かの甄家の年上の召使が門の前で糸を買っていると、突然、街で先払いの声を聞き、人々は皆、新しい知事がお着きになったと言った。召使が門の内に隠れて見てみると、軍隊と警察が一組一組と通り過ぎていき、俄かに大きな駕籠に担がれて黒の帽子、緋色の官服の役人が通って行った。召使はびっくりしてぼおっとなった。この役人は顔に見覚えがあり、どこかで見たことがある。その後、部屋に入ると、そのことはすっかり忘れてしまった。夜になって、寝ようとしていた時、突然門を叩く音が聞こえ、たくさんの人が叫んで言うには、「当地の知事の使いの者がお尋ねしたいことをお伝えに参りました。」封粛はそれを聞くと、びっくりして呆然となった。どんな事件が起こったかは、次回にご説明いたします。

● 喝道 he4dao4 大官の外出の際に先払いをする
● 太爺 tai4ye2 知事
● 軍牢快手 jun1lao2kuai4shou3 軍隊や警察
● 対 dui (量詞)二つでひと組のものを数える
● 俄而 e2er2 にわかに
● 烏帽猩袍 wu1mao4xing1pao2 黒の帽子、緋色の官服
● 官府 guan1fu3 役人
● 発怔 fa1zheng4 ぼんやりする
● 面善 mian4shan4 顔に見覚えがある
● 丟 diu1 ほったらかす。忘れる
● 歇息 xie1xi 寝る
● 片 pian4 (量詞)状況、音声、話声、気持ちなど。ある範囲や程度を示す。数詞は一に限る
● 乱嚷 luan4rang3 やたらにわめく
● 差人 chai1ren2 “差事”:使い
● 伝人 chuan2ren 人に伝える
● 目瞪口呆 mu4deng1kou3dai1 呆然とする

 これにて、紅楼夢第一回は終わりです。紅楼夢のすごいところは、甄士隠や賈雨村、士隠の娘の英蓮、更には召使の女と、いわば脇役の人間模様もしっかり描かれていることで、その細かい描写は、第二回以降で出てきます。この後も、第二回以降、お付き合いいただければと思います。

 尚、「好了歌」を士隠が解釈するくだりで、「訓有方,保不定日后作強梁.択膏粱,誰承望流落在煙花巷」の部分、上田さんに訳の間違いをご指摘いただき、修正しました。ありがとうございました。
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紅楼夢 第一回 (その5)

2009年11月03日 | 紅楼夢

 さて、第一回も終盤に入り、賈雨村は出世の糸口をつかみ、甄士隠は不幸のどん底に突き落とされます。

 士隠聴了,大叫:“妙哉!吾毎謂兄必非久居人下者,今所吟之句,飛騰之兆已見,不日可接履于云霄之上矣.可賀,可賀!”乃親斟一斗為賀.雨村因干過,嘆道:“非晩生酒后狂言,若論時尚之学,晩生也或可去充数沽名,只是目今行囊路費一概無措,神京路遠,非頼売字撰文即能到者。”士隠不待説完,便道:“兄何不早言.愚毎有此心,但毎遇兄時,兄并未談及,愚故未敢唐突.今既及此,愚雖不才,‘義利’二字却還識得.且喜明歳正当大比,兄宜作速入都,春闈一戦,方不負兄之所学也.其盤費余事,弟自代為処置,亦不枉兄之謬識矣!”当下即命小童進去,速封五十両白銀,并両套冬衣.又云:“十九日乃黄道之期,兄可即買舟西上,待雄飛高挙,明冬再晤,豈非大快之事耶!”雨村收了銀衣,不過略謝一語,并不介意,仍是吃酒談笑.那天已交了三更,二人方散.

[訳]士隠はそれを聞くと、大声で叫んだ。「すばらしい。私はいつも、あなたはこんな所に長く居られる人ではないと言っていましたが、今吟じられた句には飛翔の兆しが見てとれ、近いうちに踵を接して雲の上に上がって行かれましょう。いやめでたい、めでたい。」そして自ら一斗の酒を注ぎお祝いをした。雨村はそれを飲み干し、嘆いて言った。「酒の上での暴言ではないのですが、今流行りの学問を論じるのであれば、私も或いは員数合わせに名を連ねることもできるかもしれません。ただ、今のところ旅装を整えたり旅費の一切が準備できておらず、都への道は遠く、売字撰文に頼る者が到底できることではありません。」士隠は話が終わるのを待って、言った。「兄上、どうしてもっと早く言ってくれなかたのですか。愚弟はそのつもりがありましたが、いつも兄上に会っても、兄上が切り出されないので、愚弟の方からは敢えて失礼になることは申しませんでした。今ここに及びましては、愚弟は不才といえども、「義理」の二文字は知っております。しかも喜ばしいことに来年はちょうど会試の年に当たっており、兄上は速やかに都へ入られ、試験を受けられてこそ、兄上が学んで来られたことに申し訳が立ちましょう。旅費その他のことは、愚弟が代わって対処しますので、それで兄上と誤って知り合いになったことも無駄にならずにすみましょう。」すぐに小僧に命じて、五十両の銀子を包ませ、また冬の着物も二着用意させ、言った。「十九日は黄道の日に当たっていますから、兄上はすぐに船を雇って西に向かってください。雄飛高挙を期待しています。来年の冬にまたお目にかかれれば、すばらしいではありませんか。」雨村は銀子と衣料を受け取ると、簡単にお礼を言っただけで、別段気にするふうでもなく、酒を飲んだり談笑したりしていたが、その日も三更(夜中の12時頃)になり、二人は別れた。

● 不日 bu4ri4 ちかいうち
● 接履 jiellv3 =接踵 jie1zhong1 踵を接する。次々と
● 云霄 xun2xiao1 空
● 晩生 wan3sheng1 (先輩、または1世代上の人に対する自称)私
● 充数 chong1shu4 員数をそろえる
● 沽 gu1 売る (沽名釣誉:売名行為をする)「充数掛名」とするテキストもある。
● 行囊 xing2nang2 旅行用の袋
● 撰文 zhuan4wen2 文章を書く
● 唐突 tang2tu1 軽率な言動で失礼になる
● 大比 da4bi3 科挙の会試。各省の挙人(郷試の合格者)が3年ごとに首都で受けた。
● 春闈 chun1wei2 科挙の会試。春試とも言う。春に行われたことから。闈wei2とは、科挙の試験場のこと。
● 盤費 pan2fei4 旅費
● 枉 wang3 むだになる
● 謬識 miu4shi2 誤って知りあいになる
● 黄道 huang2dao4 黄道吉日:民間の信仰で、万事順調にいくとされる日。日本の大安吉日に当たる。「黄道日」ともいう。
● 晤 wu4 会う


 士隠送雨村去后,回房一覚,直至紅日三竿方醒.因思昨夜之事,意欲再写両封薦書与雨村帯至神都,使雨村投謁個仕宦之家為寄足之地.因使人過去請時,那家人去了回来説:“和尚説,賈爺今日五鼓已進京去了,也曾留下話与和尚転達老爺,説‘読書人不在黄道道,総以事理為要,不及面辞了.’”士隠聴了,也只得罷了.

[訳]士隠は雨村を見送ってから、部屋に戻って寝た。そして日が真上に来る頃にようやく目覚めた。昨晩の事があったので、さらに二通の推薦状を書いて雨村に都へ持たせ、雨村がお役人にお目通りし、寄宿できるようにしたいと思った。それで家の者に呼びに行かせると、その者が帰って来て言うには、「和尚様が言われるには、賈様は本日五鼓(朝8時頃)にはもう都に向かわれたとのことで、また和尚様に旦那さまへお伝えくださいと言われたことは、「読書人には黄道も道もなく、常に事の道理を以てすることが肝要と存じ、ご挨拶には伺いません」とのことでございました。」士隠はそう聞くと、どうすることもできなかった。

● 三竿 san1gan1 竿三本分の高さ
● 謁 ye4 目上の人、地位の高い人にお目にかかる
● 事理 shi4li3 事の道理

 真是閑処光陰易過,倏忽又是元霄佳節矣.士隠命家人霍啓抱了英蓮去看社火花灯,半夜中,霍啓因要小解,便将英蓮放在一家門檻上坐着.待他小解完了来抱時,那有英蓮的踪影?急得霍啓直尋了半夜,至天明不見,那霍啓也就不敢回来見主人,便逃往他郷去了.

[訳]誠に閑居していると光陰矢のごとしで、たちまち元霄の佳節となった。士隠は召使の霍啓に命じて英蓮を抱いて、出し物や提灯を見に行かせた。夜半に霍啓が小便に行きたくなり、英蓮を一軒の家の敷居の上に座らせ、小用を終えて帰って来ると、どこにも英蓮の影も形も無くなっていた。慌てた霍啓は夜中のあいだ尋ね歩いたが、あたりが明るくなっても見つからず、かの霍啓は戻って主人に会うこともできず、故郷に逃げ帰ってしまった。

● 倏忽 shu1hu1 たちまち
● 元霄 yuan2xiao1 旧暦の1月15日
● 社火 she4huo3 祭りのとき民衆が集団的に行う娯楽演芸
● 花灯 hua1deng1 飾りをつけた燈籠。ランタン
● 小解 xiao3jie3 小便をする
● 門檻 men2kan3 (門や入口の)敷居

 那士隠夫婦,見女儿一夜不帰,便知有些不妥,再使几人去尋找,回来皆云連音響皆無.夫妻二人,半世只生此女,一旦失落,豈不思想,因此昼夜啼哭,几乎不曾尋死.看看的一月,士隠先就得了一病,当時封氏孺人也因思女構疾,日日請医療治.

[訳]かの士隠夫婦は、娘が一晩中戻って来ていないことを知ると、何かよくないことが起こったと知り、もう一度何人かを尋ねに行かせたが、帰って来ても皆何の知らせも無いと言うばかりだった。夫妻は半生でこの娘しか産んでいないので、一旦それをなくすと、そのことばかり考え、昼も夜も泣き続け、危うく自殺するところであった。ひと月みてみると、士隠が先に病気になり、すぐに夫人の封氏も病気になり、毎日医者に来てもらい治療した。

● 不妥 bu4tuo3 適当でない。よくない
● 半世 ban4shi4 半生
● 失落 shi1luo4 なくす。紛失する
● 啼哭 ti2ku1 声を出して泣く
● 構疾 gou4ji2 病気になる

 不想這日三月十五,葫芦廟中炸供,那些和尚不加小心,致使油鍋火逸,便焼着窓紙.此方人家多用竹籬木壁者,大抵也因劫数,于是接二連三,牽五挂四,将一条街焼得如火焰山一般.彼時雖有軍民来救,那火已成了勢,如何救得下?直焼了一夜,方漸漸的熄去,也不知焼了几家.只可怜甄家在隔壁,早已焼成一片瓦礫場了.只有他夫婦并几个家人的性命不曾傷了.急得士隠惟跌足長嘆而已.只得与妻子商議,且到田庄上去安身.偏値近年水旱不收,鼠盗蜂起,無非搶田奪地,鼠窃狗偸,民不安生,因此官兵剿捕,難以安身.士隠只得将田庄都折変了,便携了妻子与両個丫鬟投他岳丈家去.

[訳]思いがけず、この3月15日、ひょうたん廟ではお供えの菓子を油で揚げていて、和尚たちが注意を怠ったため、てんぷら鍋に火がつき、窓の紙を焼き、この地方の人家は多く竹垣や木の壁を用いており、おそらく劫(ごう)の数により、次々と燃え広がり、ひと筋の街路が火焰山のように燃えあがった。この時、軍民が救助に来たが、火に勢いがあり、どうして救い出せようか。一晩中燃え続いて、ようやく火は消えたが、何軒の家が焼けたかわからなかった。気の毒なことに甄家は隣であるので、とっくに焼けて瓦礫の山となってしまった。ただ夫婦と何人かの召使の命は損なわれることもなかった。慌てた士隠が地団太を踏み長嘆するばかりであった。仕方なく妻と相談し、田舎の荘園へ行って身を落ち着けることにした。折悪しく近年は干ばつで収穫ができず、盗賊が蜂起し、田や土地を奪い、こそどろが出て、民心が安定せず、官兵が討伐するも、身を安んじることができず、士隠は仕方なく田畑を売り払い、妻と二人の召使を連れて舅の家に身を寄せた。

● 劫数 jie2shu4 劫(ごう)の数
● 接二連三 =牽五挂四 次々と
● 瓦礫 wa3li4 がれき
● 跌足 die1zu2 地団太を踏む、足を踏み鳴らす
● 田庄 tian2zhuang1 官僚、地主が農村で所有していた田畑、荘園
● 安身 an1shen1 身を寄せる。身を置く
● 値 zhi2 ~に当たる。~にぶつかる
● 水旱不收 shui3han4bu4shou1 旱魃で収穫ができない
● 鼠窃狗偸 shu3qie4gou3tou1 こそどろ
● 剿捕 jiao3bu3 討伐して捕まえる
● 折変 zhe2bian4 売り払う
● 岳丈 yue4zhang4 岳父。妻の父。しゅうと

 他岳丈名喚封粛,本貫大如州人氏,雖是務農,家中都還殷実.今見女婿這等狼狽而来,心中便有些不楽.幸而士隠還有折変田地的銀子未曾用完,拿出来托他随分就価薄置些須房地,為后日衣食之計.那封粛便半哄半賺,些須与他些薄田朽屋.士隠乃読書之人,不慣生理稼穡等事,勉強支持了一二年,越覚窮了下去.封粛毎見面時,便説些現成話,且人前人后又怨他們不善過活,只一味好吃懶作等語.士隠知投人不着,心中未免悔恨,再兼上年驚嚇,急忿怨痛,已有積傷,暮年之人,貧病交攻,竟漸漸的露出那下世的光景来.

[訳]彼の岳父の名は封粛といい、本籍は大如州の人である。農業を生業にしているが、家は豊かであった。今、娘婿らが狼狽して来たのを見て、心中おもしろくなかった。幸いにも、士隠が田畑を売った金がまだ使いきっておらず、それを出してきて彼に託して必要な家や土地を適当に値をつけて買い、これからの暮らしに備えようとした。かの封粛は半ばだまして半ば儲けて、彼に痩せた田んぼとぼろ家を与えた。士隠は読書人で、商売や農業に慣れておらず、なんとか一二年は持ち堪えたが、益々生活に困るようになった。封粛は面と向かっては、あたりさわりのないことを言っているが、彼のいないところでは彼らは暮らし向きも立てられない、食いしん坊の怠け者だと非難した。士隠は舅が信頼できないとわかり、心の中でひどく悔やんだが、前年の事件の恐怖、怒りや悲しみで、既に十分傷ついており、人生の晩年を迎え、貧困と病に交互に攻められ、次第にこの世を去る光景が脳裡をよぎるようになってきた。

● 殷実 yin1shi2 富んでいる。豊である
● 置 zhi4 買う。買い入れる
● 薄田 bo2tian2 やせた田畑
● 稼穡 jia4se4 広く農事を指す
● 現成話 xian4cheng2hua4 部外者の無責任な発言
● 好吃懶作 hao3chi1lan3zuo4 食いしん坊の怠け者
● 上年 shang4nian2 去年
● 驚嚇 jing1xia4 怖がってびくびくする
● 急忿 ji2fen4 いらだち怒る
● 怨痛 yuan4tong4 恨み悲しむ
● 暮年 mu4nian4 晩年
● 下世 xia4shi4 この世を去る

 このように、不幸のどん底に落とされた甄士隠は厭世的になりますが、ここでまた、あのきちがい坊主と再会します。そのくだりは、次回でご紹介します。
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