中国語学習者のブログ

これって中国語でどう言うの?様々な中国語表現を紹介します。読者の皆さんと一緒に勉強しましょう。

『紅楼夢』第十一回

2025年03月12日 | 紅楼夢
 寧国府では賈敬の誕生日のお祝いで、庭に芝居の舞台が設置され、一族の人々がお祝いにやって来ます。賈敬の孫の賈蓉の嫁の 秦可卿の身体の具合が悪いと聞き、王熙鳳(鳳姐)らがお見舞いに行きます。その後、お庭に向かった 鳳姐に、一族の賈瑞がちょっかいを出し、良からぬ下心を抱きます。『紅楼夢』第十一回の始まりです。


-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

寿辰を慶し寧府は家宴を排し、
熙鳳を見て賈瑞は淫心を起こす

 さて、この日は賈敬の寿辰(老人の誕生日)で、賈珍は先に上等な食べ物、珍しい果物を、十六の大捧盒(大きな蓋付きの箱で、両手で捧げ持つ)に詰め、賈蓉に家の召使たちを連れて、賈敬のところに届けに行かせ、賈蓉に対してこう言った。「おまえ、お爺様が喜んでおられるかどうか、注意して見て、お辞儀をしたら、こう言うんだ。「父はお爺様のお言葉を守り、敢えて罷(まか)り越しませんので、家で一家の者を率いて、今朝拝礼をして参りました。」と。」賈蓉は聞き終わると、召使を連れて出て行った。

 ここには次第に人々がやって来た。最初に賈璉、賈蔷が来て各所の座席を見て、尋ねた。「どんな出し物をやるの。」召使は答えて言った。「うちのご主人様のお心積もりでは、元々お爺様に今日うちにお越しいただくので、あえて出し物を準備する予定は無かったのですが、おとついお爺様が来られないと聞いたので、今はやつがれどもに小さな劇団や十番鑼鼓の演奏をする楽隊を捜させ、皆お庭の舞台で準備しております。」

 これに続き、邢夫人、王夫人、鳳姐(王熙鳳)、宝玉が皆やって来たので、賈珍と尤氏が出迎えに入って来た。尤氏の母親は既に先にここに来ており、皆が挨拶すると、それぞれ譲り合って座った。賈珍と尤氏のふたりは茶を手渡し、それから笑って言った。「お婆様は元々我が一族の祖で、わたしの父はその甥でありますが、こんなにご高齢であられ、またこのような特別な日でもあり、元々敢えてお婆様にお越しいただくつもりはありませんでした。けれどもこの時期、天気は涼しくさわやかで、庭園中菊の花が満開ですので、お婆様にお越しいただき日頃の憂さを晴らしていただき、子供や孫たちが賑やかにしているのをご覧いただく、そういう趣旨でございます。――ところがあいにく、お婆様もお顔を出されないとは。」 鳳姐が、 王夫人が口を開く前に、先にこう言った。「お婆様は昨日はまだ来ると言っていたのですが、夜に宝兄さんが桃を食べるのを見て、このお年寄りは口が卑しくて、お婆様も桃をおおかた一個召し上がったものだから、五更(夜中の三時から五時)の時分に、続けざまに二度も目が覚め、今日は早朝に少し身体がだるく感じられ、それでわたしからお爺様に、今日はきっと来れないだろうと回答させられたのです。美味しいものを何種類か準備し、それらは柔らかくて噛み砕きやすいものにしろとおっしゃっていました。」賈珍はそれを聞いて笑って言った。「お婆様は賑やかなことがお好きなのに、今日お越しにならないのは、きっと何か理由があると思っておりました。――そういうことでしたか。」

 王夫人が言った。「おとつい妹( 王熙鳳 )が申してましたが、蓉兄さんの奥様(秦可卿)のお身体が少しお悪いとか。いったいどのようですの。」尤氏が言った。「あの娘の病気の症状は奇妙なんです。先月の中秋の時はまだお婆様、奥様とご一緒に夜中まで遊んでいて、帰ってきてもピンピンしていたのです。二十日以降になると、一日一日身体がだるくなり、また食欲も無くなったのです。この状態が半月以上続いています。月経も二(ふた)月来ていないのです。」 邢夫人は続けて「おめでたじゃないの。」と言った。

 そう話していると、外の者がこう言って来た。「大旦那様、若旦那様はじめご一家の旦那様方が皆お越しになりました。広間におられます。」賈珍が急いで出て行った。ここで尤氏がまた言った。「以前お医者様の中にもおめでただという方がいらっしゃいましたが、昨日馮紫英様が推薦された、あの方が幼い時に一緒に勉強なさった先生がおられて、医術に優れた方で、診ていただくとおめでたではなく、重い病気の症状だと言われたのです。昨日お薬を処方され、それを飲むと、今日は目がくらむのは多少良くなったのですが、それ以外はあまり効き目が見られないのです。」鳳姐が言った。「わたしはあの娘の病状は、身体を十分支え切れないほど悪くはないと思いますけど、今日のような大切な日でも、もはや無理をして起きて来ようと思わないとは。」尤氏が言った。「あなたは今月の三日にここであの娘に会われて、あの娘は半日なんとか我慢していたけれど、これもあなた方ふたりがとても仲が良くて、恋々として別れられないからよ。」鳳姐はそう聞いて、(悲しみで)眼の縁を少し赤くし、それからようやく言った。「「天には不測の風雲が起こり、人生には思いがけない災いが起こる」よ。この年齢で、もしこの病気のために不幸な結果となれば、人がこの世で生活して、どんな楽しみがあると言うの。」

 ちょうどこう話していると、賈蓉が入って来て、 邢夫人、王夫人、鳳姐に挨拶をし、それから尤氏に回答して言った。「さきほどわたしはお爺様に食べ物をお届けに行き、またわたしの父が家で皆さまのお世話をし、一族の方々をおもてなしし、お爺様のお言葉を守り、敢えてこちらには参りませんと申し上げました。お爺様はそれを聞いてたいへん喜ばれ、「それでこそ良いのだ。」と言われ、お父様、お母さまには、よくよく旦那様方、奥様方にお仕えするよう言われました。またわたしには、よく叔父様、叔母様、お兄様方にお仕えするよう言われました。またこうも言われました。「かの『陰騭文』(いんしつぶん)は彼らに急いで版に彫らせ、一万枚印刷し、人に配るように」と。わたしは今これらのことを皆お父様にお伝えさせていただきました。わたしはこれからまだ急いで出かけて、皆さま方や一族の方々にお食事のお世話をしないといけないです。」鳳姐が言った。「蓉兄さん、ちょっと待って。奥様は今日はいったいどんなご様子なの。」賈蓉は眉間にしわを寄せて言った。「良くないです。叔母様がお帰りの際に、ちょっと見舞いに行ってもらえば分かります。」そう言って賈蓉は出て行った。

 ここで尤氏は 邢夫人、王夫人に言った。「奥様方はここで食事をお召し上がりになりますか、それともお庭で食べられますか。芝居の劇団が今庭で準備をしております。」王夫人は 邢夫人に向け言った。「ここはとてもいいわ。」尤氏はそれで召使たちに言いつけた。「早く料理を並べてちょうだい。」門の外では一斉に「はい」と回答があり、めいめい皿を持って行った。程なくして、料理が並べられた。尤氏は 邢夫人、王夫人と自分の母親を上座に座らせ、自分は鳳姐や宝玉の側の席に座った。邢夫人、王夫人は言った。「わたしたちが来たのは元々お爺様の長寿をお祝いするするためでしたのに、これではわたしたちが誕生会をしに来たみたいじゃありませんか。」鳳姐が言った。「お爺様は元々静かにされているのがお好きで、仙人になる修行も積まれていて、もう仙人になられたようなものです。奥様方がこのようにおっしゃれば、「気持ちが自然に神様に通じる」ことになりますわ。」こう言うと、一座の人々は皆どっと笑った。

 尤氏の母親と邢夫人、王夫人、鳳姐は食事を済ますと、口を漱ぎ、手を洗った。それからようやく庭園の方に行こうとすると、賈蓉が入って来て尤氏に言った。「旦那様方、並びに叔父様お兄様方は、皆お食事を取られました。大旦那様(賈政)は家で用事があるとおっしゃり、下の旦那様(賈郝)は芝居がお好きではなく、また人が大騒ぎするのが怖いとおっしゃり、おふたりともお帰りになりました。それ以外の一族の皆様方は、璉叔父様や蔷旦那様がお連れになって、芝居を見に行かれました。さきほど南安郡王、東平郡王、西寧郡王、北静郡王の四家の王様、並びに鎮国公牛府など六家、忠靖侯史府ら八家から、人を派遣し、名刺を持って誕生祝いの贈り物を届けに来られ、それぞれ父上が応対され、帳場に収納し、贈り物のリストは皆帳簿に記録しました。お礼のお手紙はそれぞれの家からのお客人にお渡しし、お客人方も皆さんいつも通りお芝居をご覧になり、お食事をお召し上がって行かれました。お母さま(尤氏)、おふたりの奥方様(邢夫人、王夫人)、お婆様(尤氏の母親)、叔母様(鳳姐)にお庭に行って座っていただいてください。」

 尤氏は言った。「こちらもちょうど食事が終わったところで、行こうとしていたのよ。」 鳳姐が言った。「奥様にお返事しますが、わたしは先に蓉兄さまの奥様のお顔を見に行ってから、行こうと思います。」王夫人が言った。「それがいい。わたしたちみんながお見舞いに行ったら、おそらくあの方が、わたしたちがひどく騒ぎ立てたと嫌がられるかもしれません。わたしたちがよろしくと言っていたと伝えてください。」尤氏は言った。「良い娘だね。あの娘に会ったら、あなたからちょっと諭してくだされば、わたしも安心できます。早くお庭に来てくださいね。」宝玉も 鳳姐と一緒に秦氏のお見舞いに行こうとしたので、王夫人が言った。「おまえはちょっとお顔を見たら失礼するんだよ。あの方はおまえの甥のお嫁さんなのだから。」そして尤氏は王夫人、 邢夫人と、彼女のお母さまをお連れして会芳園の方に行った。

 鳳姐、宝玉は賈蓉と秦氏の部屋にやって来た。入口を入ると、そっと奥の部屋に歩いて行くと、秦氏がそれを見て起き上がろうとしたので、 鳳姐が言った。「お願いだから起き上がらないで。眩暈(めまい)がするわよ。」そして鳳姐が更に一二歩近づき、秦氏の手をしっかり握ると、言った。「あなた、どうして何日か会わないうちに、こんなに痩せてしまったの。」そして秦氏が座っている敷布団の上に座った。宝玉も挨拶をし、向かい側の椅子に座った。賈蓉が大声で言った。「早くお茶を淹れて来ておくれ。叔母さんと下の叔父さんは、母屋でまだお茶を召しあがられていないから。」



 秦氏は鳳姐の手を握ると、作り笑いをして言った。「これも皆、わたしに幸運が無いのですわ。このようなお宅で、お父様もお母さまもご自分の家の娘のように接してくださいます。叔母様、あなたの甥御さんはまだお若いのに、わたしを敬ってくださり、わたしもこの方を敬い、これまで喧嘩をしたことがございません。ご一家の年配の方も同世代の方も、叔母様は言うまでもありませんが、他の方もこれまでわたしをかわいがってくださらない方はおられず、わたしと仲良くされない方もおられませんでした。今こんな病気になると、わたしのあの強い気持ちが全く無くなってしまいました。お義母様の前では未だ一日たりとも親孝行させていただいたことがありません。叔母様はこんなにわたしを可愛がってくださり、わたしは十分に孝行心がありますが、(実際の行動は)今も十分にはできていません。わたし、思うんですが、ひょっとすると年を越せないんじゃないかしら。」

 宝玉はちょうどあの「海棠春睡図」とあの秦太虚の書いた「嫩(よわい)寒さが夢を鎖(とざ)すは春の冷たさに因り、芳気の人を襲うは是酒香」の対聯を眼にし、思わずここで昼寝をし、夢の中で「太虚幻境」に行ったことを思い出した。ちょうどぼんやりしていて、秦氏がこうしたことを言うのを耳にし、まるで心に万の矢が貫いた(万箭攢心 wàn jiàn cuán xīn)ような気がして、涙が思わず流れ落ちた。鳳姐は見たところ、心の中がとても堪えがたい様子であった。しかし病人がこんな様子を見て、却って悲しみを増し、ここへ来て秦氏を諭そうとした意図に反してしまうのを恐れ、それでこう言った。「宝玉、おまえあまりにめそめそし過ぎてるわ。病人がこんなことを言ったからって、どうしてそんなことになるものですか。ましてや歳もそんないっている訳じゃなし、ちょっと伏せったら良くなるわ。」また秦氏の方に応えて言った。「あなた、変な考えは止して。どうして病気をひどくしようとするの。」賈蓉は言った。「こいつの病気も他でもなく、食事をしっかり食べていさえすれば、恐れることはないんです。」鳳姐が言った。「宝ちゃん、お母さんがおまえに早くおいでと言われていたわ。おまえはここでこんなことばかりしていてはだめよ。却ってお嫁さんも落ち着かないわ。奥さんがあちらでおまえのことを気にされていますよ。」それで賈蓉に言った。「あなた、先に宝叔父様と行ってください。わたしはまだちょっと座っていますから。」賈蓉はそれを聞いて、 宝玉と会芳園の方に行った。

 ここで鳳姐はまた一度(秦氏を)慰め、また低い声でいろいろ心に秘めた思いを話した。尤氏が人を二三回派遣して来たので、鳳姐はようやく秦氏に言った。「あなた、よくよく養生するのよ。わたしまたお見舞いに来るからね。当り前だけど、あなたは良くならないといけないのよ。だからおとつい良いお医者さんに出会えたのだし、もう病気を恐れることはないわ。」秦氏は笑って言った。「たとえそのお医者様が仙人であっても、「解決できることは解決しても、人の力で解決できないことはどうしようもない」(治了病,治不了命)の。叔母様、わたしこの病気は時間を引き延ばしているだけだと思うわ。」鳳姐は言った。「あなたがそんなふうにばかり考えていたら、どうして病気が良くなるの。とにかく心を広く持った方がいいわ。まして先生が言われるのを聞いたでしょ。もし治らなければ、ひょっとすると春によくないことになるって。わたしたち、もし(貧乏で)人参を食べれない家だったら、分からないけど、あなたのお義父さんもお義母さんも治ると聞いたら、たとえ毎日二銭の人参だって、二斤だって飲めるくらいの財力はあるわ。よく養生なさい。わたしはお庭の方に行くから。」秦氏はまた言った。「叔母様、わたし一緒に行けなくてごめんなさい。お暇な時にまたわたしに会いにいらして。わたしたち女同士で座って、いろいろ世間話をしましょう。」鳳姐はそれを聞いて、思わず眼の縁を赤くして、言った。「わたし、閑ができたら必ずあなたに会いに来ますからね。」そして一緒に来た召使たち、また寧国府の召使たちを連れて、家の中からぐるりと回って庭園の通用門を入った。そこで見えた光景は以下のようであった。

   黄色い花が一面に咲き、白い柳が池のほとりに横たわる。小さな橋が若耶‌の渓谷を通り、曲がりくねった小径は天台山に通じる道に続いている。石中の清流から一滴一滴水がしたたり、垣根の間から芳しい樹木の香りが漂う。木々の紅葉は秋風の中ひらひらと舞い、木の疎らな林は絵のように美しい。西風がにわかに強く吹き、まるで鶯が鳴いたように聞こえる。暖かい陽光の下、天気は温暖になり、またコオロギの鳴き声が聞こえる。遥か東南を望めば、何ヶ所か山に依って高殿が建ち、近く西北を観れば、三間の水辺の小さな家が建っている。簫やチャルメラの音が響き渡り、この上なく趣がある。華麗な衣裳を着た人々が林の中を行き交い、趣を倍増させる。

鳳姐は庭園の中の風景を眺めながら、一歩一歩進み、この風景をちょうど愉しんでいる時、突然築山の石の後ろからひとりの男が進み出て、前から鳳姐に向かって言った。「姉さん、ごきげんよう。」鳳姐はびっくりして、身体を後ろに退かせ、言った。「これは瑞旦那様ではないですか。」賈瑞は言った。「姉さん、わたしまでお忘れですか。」鳳姐は言った。「忘れたんじゃないわ。突然現れたから、まさか旦那様がここにおられるとは思わなかったのですよ。」賈瑞は言った。「幸い、わたしと姉さんには縁があるのですよ。わたしは今しがたこっそり席をはずし、この静かな場所で、ちょっと気晴らしをしようと思ったら、思いがけず姉さんをお見受けしたんです。これは縁があるんじゃないですかね。」一方でそう言いながら、一方で眼は休まず鳳姐を見つめていた。


 鳳姐は聡明な人で、この光景を見れば、十中八九相手の魂胆を悟らぬことがあろうか。それで賈瑞に向かってわざと笑みを浮かべて言った。「道理でお兄様はいつもわたしに挨拶されるのね。今日お目にかかり、あなたの言われることを聞いて、あなたが聡明でやさしい人だと分かりました。今はわたし奥様方のところに行かなければならず、あなたとお話しすることができません。落ち着いたらまたお会いしましょう。」賈瑞は言った。「わたしが姉さんの家にご挨拶に行ったら、ひょっとすると姉さんは年若いから、軽々しく人に会ってはくださらないのじゃないですか。」鳳姐はまた作り笑いをして言った。「わたしたちは同じ家族ですから、歳が若いのなんのは関係ありませんわ。」賈瑞はこのことばを聞いて、心の中で密かに喜び、それでこう思った。「今日こんな奇遇なことがあるなんて、思いもしなかった。」そして益々思いが募った。鳳姐は言った。「あなた、早く席に戻られて。あの方たちに捕まったら、罰として酒を飲ませられますよ。」賈瑞はそれを聞くと、身体の半分がもう麻痺したようになり、ゆっくりと歩きながら、一方で振り返って鳳姐を見た。鳳姐はわざと歩みを遅くし、賈瑞が遠く離れたのを見て、心の中で密かに思った。「これこそ「人の見かけを知るのは易しいが、内心を理解するのは難しい」(知人知面不知心)よ。どこにこんな人でなしがいるものですか。あいつがまたこんなことをしたら、いつかあいつをわたしの手の中で殺してやれば、あいつもわたしのやり口が理解できるわ。」

 そして鳳姐はようやく歩を進めてやって来た。一層目の山の斜面を曲がったところで、二三の年配の召使たちがあたふたとやって来るのが見え、鳳姐を見ると、笑って言った。「大奥様が若奥様が来られないので、とてもそわそわされ、手前どもにまた、若奥様に来ていただくよう遣わされました。」鳳姐は言った。「おまえんとこの大奥様は本当に「せっかち」じゃな。」鳳姐はゆっくりと歩きながら尋ねた。「芝居は何幕やられたの。」かの召使は答えて言った。「八九幕やりました。」話している間に、もう天香楼の裏門に着き、宝玉と多くの小間使いや小者たちがそこで遊んでいるのが見えたので、鳳姐が言った。「宝ちゃん、あまりやんちゃをしちゃだめよ。」ひとりの小間使いが言った。「奥様方は二階にお座りになっています。若奥様、こちらからお上がりください。」

 鳳姐はそう聞くと、ゆっくりとした足どりで、スカートのすそを持ち上げ二階に上がった。尤氏は既に階段の上り口で待っていた。尤氏は笑って言った。「あんたたち女ふたりは本当に仲良しね。顔を合わせたら、ずっと離れられないんだから。あんた明日引っ越して来て、あの娘と一緒にお住まいなさいよ。――お座りなさい、わたしが最初にあなたに一献お酒を差し上げますわ。」そして鳳姐は邢夫人、王夫人の前に行って座った。尤氏は芝居のプログラムを持って来て鳳姐にリクエストさせると、鳳姐は言った。「奥様方がここにおられるのに、わたしがどうしてリクエストなんてできるでしょう。」邢夫人、王夫人が言った。「わたしたちや親戚の奥様がもう何幕も選んだのよ。あなたが何幕かいい芝居を選んでわたしたちに聞かせて。」鳳姐は立ち上がって「はい」と答え、芝居のプログラムを受け取ると、最初から見て、「還魂」と「弾詞」をリクエストすると、プログラムを返して、言った。「今歌っている「双官誥」が終わったら、この二幕を歌ってもらえば、もういい時間になるわ。」

 王夫人が言った。「確かにそうね。早めにお兄様や奥様に休んでいただかないと。皆さん、気持ちも慌ただしくされているから。」尤氏が言った。「奥様方はめったにお越しになれないんですから、お嬢様方もう少しゆっくりして行かれたら、面白みも出て来ましょう。まだ時間も早いですし。」鳳姐は立ち上がって階下を見ると、言った。「旦那様方はどちらへ行かれたの。」傍らでひとりの年配の召使が言った。「旦那様方は今しがた凝曦軒に行かれ、十番(鑼鼓の楽隊)を連れてそこでお酒をお召し上がりです。」鳳姐は言った。「ここでは都合が悪いから、陰で何をしてるか分かったもんじゃないわ。」尤氏が笑って言った。「あんたみたいにまじめな人ばかりじゃないわよ。」

 そしてわいわいがやがや、選んだ芝居が皆終わると、ようやく酒の席が片付けられ、食事が並べられた。食事が終わると、皆庭園から出て、母屋に来て座ると、お茶を飲み、ようやく準備した車を呼ぶと、尤氏の母親に暇を告げた。尤氏は一家の女たちや家人たちを連れてお見送りに出、賈珍は子弟たちを連れて車の脇にかしずき、お客様をお待ちした。邢、王の両夫人を見ると、言った。「おふたりの叔母様方、明日また遊びに来てください。」王夫人は言った。「もういいわ、わたしたち今日は丸一日ずっと座って、疲れたわ。明日は休息しないと。」そして皆車に乗り込んだ。賈瑞はなおずっと鳳姐の方を見つめていた。賈珍が家に戻って後、李貴はようやく馬を牽いて来て、宝玉が馬に跨り、王夫人に随い出発した。

 ここで賈珍は一家の子弟たちと一緒に食事をし、それから皆解散した。翌日、相変わらず一族の人々は一日がやがやと働いたが、細かく言うまでもない。この後、鳳姐は時々自ら秦氏に会いに来た。秦氏も何日かは具合が良かったが、何日かは具合が悪かった。賈珍、尤氏、賈蓉は甚だいらいらした。

 さて、賈瑞は栄国府に何度か訪ねて来たが、毎回その度にあいにく鳳姐は寧国府の方へ行っていた。この年はちょうど十一月三十日が冬至であった。節気の当日、賈のお婆様、王夫人、鳳姐は日々人を遣って秦氏を見舞わせた。帰って来た者は皆、「この数日、新たな症状が出た様子も見えませんが、良くなった様でもないです。」と言った。王夫人は 賈のお婆様に言った。「この病気は、このような節気になって、新たな症状が出ていないようなら希望が持てますよ。」賈のお婆様は言った。「ほんにそうじゃな。愛しい娘、もし万一のことがあったら、死ぬほどの痛みを感じぬわけにはいかぬ。」そう言いながら、ひとしきり心の中で悲しみに打ちひしがれていたが、鳳姐に言った。「おまえたちふたりはずっと仲が良かったから、明日は農暦十二月一日なので、明日が過ぎたら、あんたまたあの娘のお見舞いに行っておいで。詳しくあの娘の様子を見舞ってやって、もしひょっとして多少良くなっているようなら、あんた帰って来たらわたしに言ってくれるかい。あの娘がふだん好きな食べ物を、あんたいつも人を遣ってあの娘に届けておくれ。」

 鳳姐は一々承った。十二月二日になり、朝食を食べると、寧国府に来て、秦氏の様子を見た。新たな病気の症状は出ていなかったが、顔も身体も肉が落ちて痩せさらばえていた。そして秦氏と半日一緒に座り、よもやま話をし、また病気に差し支えの無い話で彼女を諭してやった。秦氏は言った。「良くなるかどうかは、春になれば分かるわ。今は冬至を過ぎたところで、まだどうということも無い。ひょっとすると良くなるかもしれないけど、まだ分からないわ。叔母さん、お婆様にお伝えして。ご安心くださいって。昨日お婆様に頂いた、棗(なつめ)餡のお饅頭(山薬糕)、わたし二切れ食べましたが、どうやらちゃんと消化できたようですわ。」鳳姐は言った。「明日またあなたにお届けするわ。わたし、あなたのお母様にご挨拶したら、急いで戻ってお婆様にお返事しに行くわ。」秦氏は言った。「叔母様、お婆様と奥様によろしくお伝えください。」

 鳳姐は「はい」と答えると部屋を出た。 それから尤氏の家の母屋に行って座った。尤氏は言った。「あなた、冷静に見て、うちの嫁の具合をどう思う。」鳳姐はしばらく俯(うつむ)いていたが、言った。「これはどうしようも無いですね。あなたも、もしもの際の後のことを準備されておかないといけないですわ。――厄払いをするのもいいですね。」尤氏は言った。「わたしもこっそり人に言いつけて準備しているんですよ。だけどあれ(棺桶)は良い木材を使ってはいけないので、まあゆっくりと手配してるの。」そして鳳姐はお茶を飲み、ひとしきり話をすると、言った。「わたし、早く帰ってお婆様にご報告しないと。」尤氏は言った。「よくご説明してね。ご老人をびっくりさせないように。」鳳姐は言った。「分かっていますわ。」

 そして鳳姐は立ち上がると、家に戻り、 賈のお婆様に会い、言った。「蓉お兄様の奥様が、お婆様によろしくと申され、お婆様に磕頭 kē tóu(ひざまずき両手をついて地面に額をつける礼)のお辞儀をして、ご挨拶されていました。どうかお婆様ご安心ください。あの方は幾分快方に向かわれており、またお婆様に磕頭の礼でご挨拶されていました。」賈のお婆様は言った。「おまえが見て、どんなご様子だね。」鳳姐は言った。「当面は問題無いです。お気持ちもまだしっかりしておられます。」賈のお婆様はそう聞いて、しばらく低い声でぶつぶつ言っていたが、それから鳳姐に言った。「服を着替えてゆっくりお休み。」

 鳳姐は「はい」と答えてお婆様の家から出て来ると、王夫人に出会った。家の中に入ると、平兒が暖めておいた普段着に、鳳姐に着替えさせた。鳳姐は座ると、尋ねた。「家で何か無かったかい。」平兒はお茶を捧げ持って来て渡すと、すぐに言った。「何もありませんでした。あの三百両の銀子の利銀を、旺兒叔母さんが送って寄越したので、受け取りました。それと、瑞旦那様が人を遣わし、奥様がご在宅かお尋ねでした。こちらにお越しになりご挨拶とお話があるとか。」鳳姐はそれを聞くと、「フン」と一声発し、言った。「この畜生は死にたいみだいだね。どうなるか見ておいで。」平兒は答えて言った。「この瑞旦那様はどうして、そんな後先構わず来られたいので。」鳳姐はそれで九月に寧国府の庭園で賈瑞に出会った時の光景や、彼の話しぶりを、皆平兒に話して聞かせた。平兒は言った。「ガマが白鳥の肉を食べたがる(癩蛤蟆想吃天鵝肉)――身の程知らずですわね。この人は道徳心というものが無いのでしょうか。こんな邪念をお持ちじゃ、往生はできないですわ。」鳳姐は言った。「あいつが来たら、わたしにも考えがあるわ。」さて賈瑞が来ると、どのような光景が待っているのか、それは次回に解説します。


 次回第十二回で、賈瑞にちょっかいを出された鳳姐が、どんな仕打ちをするか、そして賈瑞がどうなるかの因果応報が見どころとなります。次回をお楽しみに。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『紅楼夢』第十回 | トップ |   
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

紅楼夢」カテゴリの最新記事