最終編
ナイター
南国の強烈な太陽が、真っ赤に燃えて遥かな水平線の彼方に沈むと、透き通るように澄み切った
エメラルドグリーンの海がダークグリーンからライトブリューに、ライトブリューから
ダークブラックに、その色彩を刻刻と塗り替え、ぬばたま(射干玉)の闇にスッポリと包まれる。
地獄バリのついたロープを、力一杯拠りこむ。
漆黒の東シナ海の海がパシャリと小さな音を立て、孤独な釣り人の、
たった一つの希望が伸びていくロープに込められる。
小アジの撒餌が、青白鱗を放ちながら、ゆらゆらとたゆって、次第に淡く、闇の底に舞い落ちていく
巨大な岩礁が怪物のように黙々とうずくまり、死のような静寂があたりを支配する。
空は一面の星、海は池のように静かである。
ときどき四周の静寂をつんざいて、得体のしれぬ怪鳥がケッ、ケッ、と薄気味悪い鳴き声ををあげる。
と、手にしたロープが音もなく流れ出る。
クエだ!逆立った全神経の中で呼吸が停止する。
一ヒロ送りこんで、一瞬、力一杯ロープを引く、ガクッ、ズズズズッとした重量感に溢れた手応え
やった!、と、体中が無言で叫ぶ。
買い手が不気味に青白く光る。
巨大な燐光の塊まりが刻々と近づいて、海の底の青白い明かりが次第にひろがる。
無数の夜光虫のお供を引きつれて荒磯の夜の王様のご来光である。
クエは四貫前後の小型ながら、全夜収穫があってボーズなし、殊に鳥島でやったときには、
正体不明の怪物に引っ張り回されて、力一杯の奮闘も空しく、2度も鈎を折られて逃げられた。
クエならハリを折られるはずがない。
一体何か来たのだろうか?
ストームといっても、昔高等学校でやったそれではない。
西南の空が曇ってきたかと思うと、ついさっきまでエメラルドグリーンの、夢のように柔らかく
美しかった海がものの2分で暗転し、ものの5分もたてば、一面に白い牙をむいて、
海の上のすべてのものに襲いかかってくる。
東シナ海の荒海は、それから狂いに狂う。