「しっかし、暑いわね。最近ちょっと地球おかしいんじゃないの?」
――変わり映えのしない通学路にて。
幼馴染の新村古町は独り言のようにそう言った。
いや、もちろんこの状況で話す相手は俺しかいないわけだが。
「あー。まぁ、近頃温暖化がどーのこーの言ってるからな」
苦笑しながら、そう返した。
「誰が」
「あ?」
「誰が、あたしの許可もなくそんなことしてるのよ」
「・・・あー、古町。何で温暖化するのにお前の許可を得る必要がある」
我ながら妙な突っ込みだ。まさか温暖化の肩を持つ日がこようとは。
そんな俺の言葉に、古町は元気いっぱいに答える。
「あるに決まってるじゃない。毎日登下校するのも大変なんだから!」
そして、あたしのためにあと5℃くらい涼しくなりなさい、と続けた。
スケールのデカいわがままだった。
そんな、いつもの――俺たちにとって当たり前の会話が、楽しかった。
「ちょっと。歩く位置交代」
「はい?」
何を言い出すかと思ういとまもなく。
古町は、無理矢理俺の腕を引き、立ち位置を入れ替えた。
「・・・あー、暑いな」
「暑いでしょ?だからあんたがそっち」
――つまり、日なたが嫌だから狭い日陰に逃げた、ということなのだが。
「俺に拒否権は」
「あるわけないでしょ、バカ。女の子は日陰を歩くものなの」
「日陰者」
「・・・意味分かんない」
まぁ、いいけどさ。
「っていうか、日陰でもまだ暑い。あと、蝉、超うるさい」
「知らねーよ・・・」
「あんた、ちゃんと責任取って何とかしなさい」
「できるか!」
というか、そんなのは俺の責任ではない。
その当たり前の反応に、何故か古町は機嫌を良くしたらしい。
久しぶりに、満面の笑みを浮かべるのだった。
「そういえば」
歩きながら、古町は少し緊張するように、話題を変えた。
「最近、どうなの?」
「どうなの、って言われてもな。まぁ、普通?」
「普通・・・かぁ」
そう言って、古町は視線を逸らす。
「あー、普通だな。良くも悪くも」
一瞬の沈黙。
それを打ち破るように、古町は言った。
「ふんっ、つまらない。あんたはもっとオモシロ人生を送りなさい」
「ヒトの人生に何を期待してるんだよ・・・」
「っていうか、今あんた何してるの?まだ学生?」
「いんや、今年から社会人。サラリーマンさ」
「うっわ、マジで?」
「マジで。これでも毎日大変なんだから」
「はー、そりゃまた、ご苦労様だわね」
古町は、ひときわ大きな声でそう言って、微笑んだ。
ああ、こいつ、また無理してるな。
――なんてことは、幼馴染として当然のように理解できた。
間もなく、俺たちは大きな通りへと差し掛かる。
「ここまで、か」
早かったな。時間にして、10分そこそこか。
――以前は、この通学路も異様に長く感じたものだけど。
俺は、足を止めて古町へと向き直る。
「久しぶりなのに、特に面白い話もなくて悪かったな」
「・・・・・・」
古町は、応えない。
その顔からは既に、無理な微笑みは消えていた。
「でも、俺は・・・会えて、嬉しかったよ」
だから俺は――古町の代わりに、笑うんだ。
嬉しそうに。
楽しそうに。
精一杯努力して、笑うんだ。
そんな俺を見て、古町は。
「――うん」
と、小さく頷いた。
「あたしも――あたしも、嬉しかった。1年、待ってたから」
気の長い話だと、そう思う。
だが、そこで古町は我に返ったのか、
「・・・いやっ、違っ、今のナシ!ナシだから!」
――と、露骨に慌てて否定しだした。
俺は、そんな古町を見て、少しだけ和んだ。
「くっ、な、何ニヤけてるのよ、気持ち悪い。バッカじゃないの!?」
言って、真っ赤な顔のままそっぽを向く。
相変わらず、面倒な性格だな・・・。
本当に、本当に変わらない。あの時のままの、古町だった。
「じゃあ・・・またな」
「え・・・?も、もう行っちゃうの?」
「ああ、ここまで、だから」
「そ、そうだけど。もう少しゆっくりしてもいいじゃない・・・」
「ん?何?聞こえない」
「・・・ば、バカ!知らない!何も言ってない!」
「あー・・・さいですか」
「とっとと帰りなさい!あ、あたしも、もう・・・帰らなきゃ、だから」
「・・・そか」
そして僕は、手を振りながら言った。
「また、来年のお盆に――」
「――うん、帰ってくるから。現世に」
古町も、手を振る。
少し涙目になりながら。
そして――彼女は、霧のように拡散して、消えた。
「また、来年も――楽しみにしてるから」
もう、そこに古町はいないけど。
俺はひとり、そう呟いた。
足元には、小さな花瓶。
古町の好きだった小さな花を挿して、手を合わせる。
日なたはきっと暑いから。
花瓶を日陰へと移して、俺はその場を離れた。