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和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

【SS】死刑

2011-11-10 21:15:38 | 小説。
「だから、俺は死刑がいいと言っているだろう」

被告人はそう繰り返す。
自分は死刑になって構わない。
むしろ、死刑に処して欲しい。
そう弁護士に主張した。
困ったのは担当の弁護士である。
「そうは言っても、君――」
まだ若い弁護士は、ぶつかったことのない壁に頭を抱える。
咄嗟に、「それじゃあ僕の仕事が成り立たないんだよ」と言いそうになった。
危ないところである。
断じて、「仕事にならないから死刑を認めてはならない」ということではない。
被告人が、死刑に相当しないから弁護するのである。

「いいかい弁護士さん」
被告人はしつこく主張する。
「俺は一般的に、社会的に、生きてちゃいけない人間なんだよ」
――彼は、殺人容疑で逮捕されている。そして、本人も容疑を認めている。
しかし、本人が容疑を認めたから100%確定、というほど単純ではない。
きちんと調べて、証拠を見つけ出して、間違いないと確認する必要がある。
とはいえ。
とはいえ――である。
自供していて、状況的にも矛盾がなくて。
指紋なり何なり具体的な証拠さえ出れば、間違いなく確定ではあるだろう。
それでも死刑はありえないと、弁護士は考える。
理由は大きく2つ。
まず、被告は初犯であり、殺したのがひとりだけであること。
そしてそもそも死刑という刑そのものに反対であるということ。
以上の理由で、弁護士は何とか刑を軽くしようと考えている。
と、そんなところに、本人の自殺願望とも言える発言だ。

「そもそも、君は何故死刑を望んでいるのだ?」
まさか、遠回しな自殺だろうか、と弁護士は怪しんだ。
自暴自棄となっての犯行。
であれば、分からなくはない・・・のだろうか。
「生きるため」
そんな弁護士の歩み寄りなど、全て撥ねのけるように。
被告人は言った。
「俺は、人を殺さないと生きていけないのさ」
「どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。人を殺さないと生きていけない。だから殺した」
「それは、何だ。快楽殺人とか、そういう意味か?」
「んー、どうなんだろうな?」
被告人は首を捻る。どうにも納得しない、とでも言うように。
そして、少し考えて、
「やっぱり違うかなぁ」
と言った。
「もっと切実なんだよ。娯楽で殺してるわけじゃない。殺さないと死ぬんだ。
 例えば、人間は生きるために食い物を食うよな?
 そのためには、牛なり豚なり草なり、殺さないといけないだろ。
 そういう感覚だよ。
 できるなら殺したくない。けど、殺さないと自分が死ぬ。だから殺す」
「そこが分からない」
「分からなくて結構。あんただって、何でモノを食わないと生きられないか説明できまい?
 消化吸収とか、そういう現象を正しく誤解なく精密に理解はしてないはずだ。
 ただ、腹が減るから食う。本能的に食う。そういうことだ」
「つまり君は、人を殺さないと死ぬ、と本能的に感じていると?」
「そう。だから仮に俺を釈放すれば、また殺す。可能なら牢屋でも殺す」
そこまで分かっていて、俺を殺さない理由はないだろう?
そんな風に、被告人は締め括った。

弁護人は考える。
人を殺した、犯罪者。
そんな人間であっても、死刑はよくないというのが彼の持論だ。
死んでは何にもならない。実益がない。
それより、生きて何がしかの償いをすること。
それが被害者――否、被害者の遺族に利することだと考える。
しかし、今回のケースではどうだろう。
被告人の言い分を全て信じるならば。
彼を生かすことは、不特定多数の人間の死を意味する。
その度彼は逮捕されるだろう。
しかし、釈放される度、あるいは獄中で、彼は罪を犯し続ける。
彼を生かすことで生じるマイナスが、プラスをはるかに上回る。
ならば――殺すしかないのか。死刑しかないのか。

例えば、こういうのはどうだろう。
死刑ではなく、無期懲役――否、日本ではまだ認められていない、終身刑。
しかも、完全に人と接することを避けた終身刑だ。
被告人を食事を与えるための窓がひとつあるだけの部屋に監禁する。
無論、自殺などしないよう常時監視つきだ。
これならば、あるいは死刑を免れるのではないか――?

否。
それで何の利があろうか。
生きていることで罪を償うというのは、何も宗教的な意味だけではない。
生きていれば、経済活動を行う。
何かしらを生産し、消費する。それは懲役中であっても例外ではない。
そして、その経済活動は確実に他者への利益となる。
――しかし、これが完全に消費だけになった場合、あるいは著しく消費に偏った場合。
それはただの、税金の無駄遣いというものである。
生きているだけ、消費するだけ。
極論、実は消費だけでも経済的にはプラスなのだが――如何せん、今は殺人者の話だ。
殺人者を立派な個室に閉じ込めて定期的に食事を与えるだけ、など許されるはずもない。

駄目だ。
死刑以外に、適切な対処が見当たらない。

勿論、被告人の突拍子もない話を鵜呑みにするなら、という前提付きだ。
だが、それでも弁護士は考えてしまう。
極論は極論、例外は例外――ではあるけれども。
それが、万分の一であれ、ありえない話でないならば。
考えるのは、法律に携わる自分の仕事だ。

さあ、どうする?

死刑を望む稀有な被告人は、そんな弁護士を見ながら、余裕の笑みを浮かべるのだった。
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