古田史学とMe

古代史を古田氏の方法論を援用して解き明かす(かもしれない…)

「シリウスの謎」(一) ―「瓊瓊杵尊」と「シリウス」―

2024年03月04日 | 古代史
以前会報へ投稿した(二〇一六年四月一日送付)もののアップデート版です。

「シリウスの謎」(一) ―「瓊瓊杵尊」と「シリウス」―

「要旨」
 「天孫降臨神話」の解析から「猿田彦」等の「登場人物」と「天空の星座」(星)との対応が考えられる事。その場合「天孫降臨神話」の主役である「瓊瓊杵尊」に対応する「星」も存在するものと見られ、「おおいぬ座」のα星「シリウス」が最も措定できること。ただし、「火」や「瓊瓊杵」という表現が「赤い色」を示すことと「シリウス」の色が「白い」ことと整合していないとみられること、過去において「シリウス」が「赤かった」という記録があること。以上を考察します。

Ⅰ.「星座」と「神話」の対応について
 『日本書紀』(以下『書紀』と記す)の神話の中に「天鈿女」と「猿田彦」の話が出てきます。天下りの前に地上界を調べに来た「天鈿女」の前に「猿田彦」が立ちふさがり問答する場面があり、この場面は従来解釈が難解な場面でした。それは話の展開と関係ない描写があるように思えるからです。たとえば、「雨の鈿女が胸をあらわにむき出して、腰紐を臍の下まで押し下げてあざ笑った。」というような描写です。
「…已而且降之間。先驅者還白。有一神。居『天八達之衢。其鼻長七咫。背長七尺餘。當言七尋。且口尻明耀。眠如八咫鏡而?然似赤酸醤也。』即遣從神往問。時有八十萬神。皆不得目勝相問。故特勅天鈿女曰。汝是目勝於人者。宜往問之。『天鈿女乃露其胸乳。抑裳帶於臍下。而笑?向立。』…」(『日本書紀巻第二神代下第九段の一書」』より)
 ここには「猿田彦」の顔などの描写が異常に詳しく出ており、唐突な印象を受けます。この部分やその後に続く「天八達之衢」とか「天鈿女乃露其胸乳。抑裳帶於臍下。而笑?向立。」というような妙に具体的な描写が何を意味するものか今までは不明でした。
 しかし、長崎大学の勝俣隆氏の研究(註一)ではこれらの部分については「天空の星座をなぞったもの」という解釈が行われており、有力と思われます。それによれば「猿田彦」の描写の部分は「牡牛座」の「ヒアデス星団」付近のことであり、「且口尻明耀。眠如八咫鏡而?然似赤酸醤也。」という部分の中で「口尻明耀」とされ「似赤酸醤」と書かれているのが「牡牛座」α星の「アルデバラン」のことと考えられるようです。「アルデバラン」は「赤色巨星」であり、その赤い色は「似赤酸醤」とされる色合いとも矛盾がなく、また冬の星座を代表するともいえる星であり、かなり目立ちますから、「神話」に取り入れられたとして不自然ではありません。この「ヒアデス星団」は大きく広がった明るい「散開星団」であり、「牡牛座」において「牡牛」の「顔」の部分を形成しています。肉眼でもその中に多数の星が数えられるほどであり、太古の人々にもなじみの星達であったと考えられます。
 さらに、勝俣氏も指摘されていますが(註二)、この「猿田彦」が「牡牛座」であるということからの連想として「天鈿女」の部分は「オリオン座」のことではないかと考えられます。上に見るように「天鈿女」と「猿田彦」は「向かい合って」立っていることとなりますが、「オリオン座」と「牡牛座」も向かい合っている形になっています。「ギリシャ神話」でも「突進する雄牛」とそれを迎え撃つ「オリオン」という見立てになっており、この星々の配列から「互いに向かい合う」という姿を想像するのはそれほど難しくありません。
 また「天鈿女」は「汝是目勝於人者」と「瓊瓊杵」から言われており、それは「天鈿女」の「目」が「猿田彦」の「赤酸醤(ほうずき)」のように輝く光に負けない光と色であることを意味すると思われ、これは「オリオン座」のα星「ベテルギウス」を指すものとみて間違いないでしょう。「ベテルギウス」も「アルデバラン」も共に「赤色超巨星」に分類される星ですが、「ベテルギウス」の方が「アルデバラン」よりも明るく、それが「瓊瓊杵の言葉」に反映していると考えられます。
 このように配列に特徴のある星達(星座)があることにインスパイアされて「天上」から下りてくる「天鈿女」とそれを迎える「猿田彦」というストーリーが組み立てられたと考えられるわけです。

Ⅱ.「瓊瓊杵尊」の星は何か
 上のように解析すると、他の登場人物も天空の星との対応があると考えるのが自然です。勝俣氏も神話世界の登場人物の多くが天上の星と対応しているとされていますが、肝心の「瓊瓊杵尊」に対応する星については触れられていません。しかし「瓊瓊杵尊」はこの「天孫降臨神話」の中心人物であり、彼を抜きにして神話は語れないわけですから、彼の表象としての「星」も存在して当然と思われるわけです。
 「瓊瓊杵尊」は「天鈿女」に案内されて来たとされ、その前方に立ちふさがるように「猿田彦」がいるとされているわけですから、「瓊瓊杵」は星座で言うと「牡牛座」から見て「オリオン座」の向こう側にいるはずであり、「火(ほ)」の「瓊瓊杵尊」という名にふさわしく明るく輝く星であると考えると、該当するのは「おおいぬ座」のα星「シリウス」である可能性が高いでしょう。
 「全天第一」の「輝星」である「シリウス」は周囲を圧するように明るく輝き、その姿は神々しいほどです。また「おおいぬ座」の「おおいぬ」は「オリオン」が引き連れていたお供の犬(「猟犬」)であるとされていますから、「オリオン座」のすぐ背後に位置しており、「天鈿女」と「瓊瓊杵」の位置関係によく似ているともいえます。しかも「瓊瓊杵」は「皇孫」であり、特別な存在ですからその投影である「星」も他と一線を画するような存在でなければならないと思われます。さらにそれが「オリオン」の至近になければならないとすると「シリウス」以外には候補として見あたらないのが現実です。
 この星が「瓊瓊杵尊」として「神格化」されていたとしても全く不思議はないと考えられます。ただし、問題がないわけではありません。それは「色」の表現です。
「瓊瓊杵尊」には「火」(ほ)という美称が付けられています。この「火」は「赤」いという意味があります。これは「穂」に通じるという説もありますが、「穂」の色はいわゆる「黄金色」であり、もし古代米であったなら「赤米」であってその色はやはり「赤」であったと思われますから、少なくとも「白」や「青白」ではないと思われます。
 また、当時の技術では「火」の温度として「白色」になるほどの高温は作れなかったであろうと思われ、人工的に作る「火」はすなわち「赤」であったと思われます。
 語源的にも、「あかるい」という語の語源は「火」の色を示すものであり、「赤」という色のイメージからできた言葉ではないかと思われ、今も日本人が太陽を描くと「赤」に塗るなど太陽に「赤」というイメージを持っているのは「火」が赤いことからの類推と思われます。そう考えると「シリウス」に対して「火」という美称が使用されていることは、「赤」と「白」というように「色」が整合しない不審があることとなります。「太陽」はともかく星の場合色はよくわかりますから、合わない色を形容として使用するとは考えられません。
 また「瓊瓊杵」という名前に使われている「瓊」という文字は『説文解字(巻二)』(註三)では「瓊 赤玉也」とされており、そうであれば「火瓊瓊杵」とは「燃えるような赤い宝石」という形容を持つ名前となってしまいますから、「赤」のイメージがさらに強まることとなります。
 しかし前項で行った「神話」と「天空」の星との関係の解析からは「シリウス」が最も「火瓊瓊杵尊」に該当する可能性が高いとみたわけですが、「シリウス」は天文学的には「主系列」に属し、色としては「白」あるいは「青白」とされています。上で見たように「猿田彦」や「天鈿女」などの場合そこに見られる特徴と「星」の色などは正確に整合しているわけですから、この「シリウス」の例はかなり不審といえるわけです。ところが古代において「シリウス」が「赤かった」という記録が複数あるのです。

Ⅲ.シリウスについての古記録
 天文学者であり、「古天文学」という分野のパイオニアでもあった斉藤国治氏の『星の古記録』(岩波書店一九八二年)には、各種の古い記録に「シリウス」についてその色を「赤」と表現する記事があると書かれています。また海外でも同様にこの「シリウス」の「色」について議論が行われています。たとえば、二〇一一年に出された「Journal of Astronomical History and Heritage」(註四)でも同様の事が議論されています。
 それらによれば、エジプト、ギリシャそしてローマの古代の記録などに直接的あるいは間接的な表現として「シリウス」が「赤い」という意味のことが書かれているとされます。(註五)
 たとえば紀元前エジプトのプトレマイオス(トレミー)は「アルマゲスト」という天文書の中でシリウスについて「firely red」つまり「燃えるような赤」という意味の形容をしており、さらに同様の「赤い星」として、「アルクトゥルス」(うしかい座α星)「アルデバラン」(牡牛座α星)「ポルックス」(双子座α星)「アンタレス」(さそり座α星)「ベテルギウス」(オリオン座α星)という現在でも「赤い星」の代表ともいえるこれらの星の同列のものとして「シリウス」を挙げているのです。しかし他の赤い星の例に挙げられているものは確かに現代でも変わらず赤いわけですから、シリウスの例だけが不審であることとなります。(これが単に明るい星だけを挙げたものでないことは「カペラ」「プロキオン」「ベガ」など「明るくて白い星」が除かれていることでもわかります。)
 また「シリウス」の語源は「ギリシャ語」で「焼き焦がすもの」の意とされますから「火」に関係していると思われ、「赤色」のイメージが強い名前と言えます。
 たとえば古代ローマでは、炎暑の季節が来るとその原因を「シリウス」と太陽が一緒に出ているからだとして(註六)、「シリウス」を「赤犬」と称し、「生け贄」として実際に「赤い犬」を捧げたとされています。(註七)これも実際に「シリウス」と「赤」という色について関係があったからとも考えられます。
 さらにエジプトにおける「オシリス」神話では「シリウス」は犬の頭を持った冥土の神「アヌビス」とされていたようですが、壁画等を見ると「アヌビス」の頭は「黒褐色」あるいは「赤褐色」で表されており、「白」や「青白」のイメージとは程遠いと思われます。
 
Ⅳ.「シリウス」と「朱鳥」
 「シリウス」について「赤かった」という記録がヨーロッパでも日本でもあったと考えられるならば、当然中国の史料にもそれを示唆するものがなければならないはずです。たとえば「天狼星」という呼称もされていましたが、それは「シリウス」の「青白い」色を狼の目の色になぞらえたという解釈もされているようですが、実際の狼の目の色はアンバーあるいは赤銅色であり、青白はほぼ存在しないとされます。つまりかえって「赤」系統ともいえる色と関係のある命名ともいえるものなのです。
 また「司馬遷」の『史記』にシリウスが色を変えると思われる記述があるのが注目されますが、(註八)「シリウス」と中国史料の関係という意味においては「四神」の一つである「朱鳥」との関連を考えるべきかもしれません。
 「朱鳥」についての記録には以下のようなものがあります。
「…東方木也,其星倉龍也。西方金也,其星白虎也。『南方火也,其星朱鳥也。』北方水也,其星玄武也。天有四星之精,降生四獸之體。…」(「論衡」物勢篇第十四 王充)
「…南方火也,其帝炎帝,其佐朱明,執衡而治夏。其神為惑,其獸朱鳥,其音,其日丙丁。…」(「淮南子/天文訓」より)
 これらを見てもわかるように「天帝」を守護するとされる「四神」のうち「朱鳥」は「南方」にあり、色は「朱」つまり「赤」、季節は「夏」、また「火」を象徴するともされます。そのことは「炎暑の原因」とされることなど、「シリウス」についての伝承とよく重なるといえるでしょう。またこの「朱鳥」の起源は「殷周代」まで遡上するとされますから、時代的にも齟齬しません。後に別の星(コル・ヒドラ)が「朱鳥」の星であるとされるようになるのは「シリウス」が今のように「白い星」となって以降のことではなかったでしょうか。つまり、その色が「朱鳥」の名に似つかわしくなくなった時点以降、「うみへび座」のα星「コル・ヒドラ」(別名「アルファルド」)が「朱鳥」とされるようになったものと推測します。
 確かに「コル・ヒドラ」は「赤色巨星」に分類される星であり、「赤い星」と言い得ますが、また「シリウス」と「コル・ヒドラ」は天球上でそれほど離れてはいないことも重要な点です。
 「おおいぬ座」の一部は「うみへび座」と境界を接しており、また「シリウス」と「コル・ヒドラ」は天球上の離角で四十度ほど離れているものの、春の夜空を見上げると同じ視野の中に入ってきます。このことからいわば「シリウス」の代役を務めることとなったものではないでしょうか。それにしては「コル・ヒドラ」がそれほど明るい星ではないことは致命的です。周囲に明るい星がないため目立つといえるかもしれませんが、「天帝」を守護するという重要な役割を担う「四神」の表象の一つとするにはかなり弱いといえるでしょう。(2等級です)これが「朱鳥」として積極的に支持される理由はほぼ感じられなく、「シリウス」の減光と「白色化」よって急きょ選ばれることとなったというような消極的選定理由が隠れているようにみえます。
 いずれにしても「紀元前後」付近以降の「シリウス」については「白色」であったとみられるものの、(註九)それが紀元前をかなり遡上する時点でも同様であったかは未詳とせざるを得ないわけです。しかし「シリウス」は天文学的には「主系列」の星に分類されており、安定した状態にある星とされており、大幅な変光とか色変化というようなことが想像しにくいのは事実です。ただし鍵を握っているのは「シリウス」の「伴星」です。

「註」
一.勝俣隆『星座で読み解く日本神話』(大修館書店 二〇〇〇年六月)の第十二章によります。(同内容の議論を勝俣氏は『星の手帖』四十四号(一九八九年五月)でも試みています。)
二.同上資料の第十四章によります。
三.『説文解字』とは『後漢」の「許慎」の作であり、漢字を五百四十の部首に分け、その成り立ちを解説し、字の本義を記したものとされます。
四.Efstratios Theodossiou, Vassilios N. Manimanis,Milan S. Dimitrijevi and Peter Z. Mantarakis『SIRIUS IN ANCIENT GREEK AND ROMAN LITERATURE: FROM THE ORPHIC ARGONAUTICS TO THE ASTRONOMICAL TABLES OF GEORGIOS CHRYSOCOCCA』(Journal of Astronomical History and Heritage, 14(3),2011)。同様の議論は他にも各種確認できます。
五.たとえば紀元前から紀元後にまたがって活躍したローマの政治家で哲学者の「セネカ」(Seneca Lucius Annaeus)はその著書『自然研究』(『Natural Questions』の中で「…the redness of the Dog Star is deeper, that of Mars milder, that of Jupiter nothing at all…」と記しています。(一九七一年にThomas H. Corcoran により訳されたものを参考にしています。The Loeb classical library 450、457)、さらに紀元前三世紀に活躍したギリシャの詩人「アラトス」(Aratos)の書いた『現象』(『Phaenomena』)を訳した「ローマ」の政治家「キケロ」(Cicero)や「司令官」であった「ゲルマニクス・カエサル」(Germanicus Caesar)は、「アラトス」が「シリウス」について表現した「poikilos」という語を「with ruddy Light fervidly glows」つまり「燃えるような赤」と表現したり、「シリウス」のことを「vomits flame」つまり「炎を吐き出している」と表現しています。(ただし、今回参考にしたのは一九二一年にA.W.Mairにより訳されたものです。The Loeb Classical Library No.129)
六.現在でも欧米圏などでは夏の一番暑い時期を「the Dog days」と称しており、この場合の「dog」とは「The Dog Star」つまり「おおいぬ座のアルファ星シリウス」のことなのです。すでにそこに「シリウス」が現れる理由も不明となっているようですがこれは「古代ローマ」の農耕儀式の記憶が残っているものと思われます。
七.「古代ローマ」の風習であった「ロビガリア」(Robigalia)。「作物」が旱魃(水不足)などで生育が不順とならないように「ロビゴ」(Robigo)という「神」に「生贄」を捧げるとされていますが、それが「赤犬」であったものです。この「ロビガリア」の起源は伝説では「紀元前七五〇年付近」の王である「Numa Pompilius」が定めたとされています。その儀式では四月二十五日に「赤犬」を「生贄」にすることで「ロビゴ」という女神を祭り、「小麦」が「赤カビ」「赤いシミ」が発生するような「病気」やそれを誘発する「旱魃」に遭わないようにするためのものであったとされます。
八.「參為白虎。…其東有大星曰狼。狼角變色,多盜賊。…」(『史記/卷二十七 天官書第五』より)
 「參」(これはオリオン座とされます)の東側に「大星」(明るい星)があり、「狼」というとされます。これは「シリウス」を意味すると思われますが、さらに「狼」の「角」(これが何を意味するか不明ですが)は色を変えるとされ、そのようなときは盗賊が増えるとされています。この記事はやや曖昧ですが、シリウスが時に色を変えるとされているようにも受け取ることが出来そうです。
九.Jiang Xiao-yuan「The colour of Sirius as recorded in ancient Chinese texts」(CHINESE ASTRONOMY AND ASTROPHYSICS, 1993)でも、紀元前後以降中国の記録では「シリウス」について「白い」というものしか見あたらないとされています。
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