七十七段 盛大な法事
七十五
むかし男、いせの国にゐていきて、あはんといひければ女
大よどの濱におふてふみるからに心はなぎぬかたらはねども
とひいて、ましてつれなかりければ男
袖ぬれてあまのかりほすわたつ海のみるを逢にて山んとやする
女
岩まより生るみるめしつれなくはしほひ塩みちかひも有なん
又男
泪にてぬれつゝしぼる世の人のつらき心は袖のしづくか
よにあふ事かたき女になん。
七十六
むかし二条のきさきの、まだ春宮のみやすん所と申ける時、氏神
にまふで給ひけるに、近衛つかさにさぶらひける翁、人〃のろくたま
わるついでに、御車より給はりて、よみて奉りける。
古今
大原やおしほの山もけふこそは神代のことも思ひ出らめ
とて心にもかなしとや思ひけん。いかゞおもひけんしらずかし。
七十七
むかし田村のみかどと申みかどおわしましけり。其時の女御
たかきこと申みまそかりけり。それうせ給ひて、安祥寺にてみ
わざしけり。人〃さゝげ物奉りけり。奉りあつめたる物、千さゝげば
かり有。そこばくのさゝげ物を、木のえだにつけて、だうの前に立た
れば、山もさらに、だうの前にうごき出たるやうになんみへけり。それ
を右大将にいまそかりける、藤はらの常行申いまそかりて、か
うのおはるほどに、哥よむ人〃をめしあつめて、けふのみわざ
を題にて、春の心ばへある哥奉らせ給ふ。右の馬のかみなり
けるおきな、目はたがひながらよみける。
山のみなうつりてけふにあふ事は春のわかれをとふと成べし
とよみたりけるを、今みれば、よくもあらざりけり。そのかみは
これやまさりけん、あはれがりけり。
七十八
昔たかきこと申女御おわしましけり。うせ給ひて七〃日
のみわざ、安祥寺にてしけり。右大将藤はらの常行といふ人
いまそかりけり。そのみわざにまふで給ひてかへさに、山科のぜん
じのみこおわします。その山科の宮に瀧おとし水はせらせ
などして、面白くつくられたりにまうで給ひて、年比よそには
つかふまつれど、ちかくはいまだつかふまつらず。今宵は爰にさぶら
はんと申給。みこよろこび給ふて、夜のおましのまうけせさせ給ふ。
さるにかの大将出てたばかり給ふやう。宮つかへの始に、たゞなをやは
給べき。三条のおほみゆきせし時、紀の国千里のはまに有ける。
いと面白き石奉れりき。おほみゆきのゝち奉れりしかば、ある人
のみざうしの前のみぞにすへたりしを、嶋このみ給ふ君なり。此石を
奉らんとの給ひて、みずいじんとねりして、取につかはす。いくばく
もなくてもてきぬ。此石聞しよりは、みるはまされり。是をたゞに
奉らば、すゞろなるべしとて、人〃に哥よませ給ふ。右の馬のかみな
りける人ノをなん。青き苔をきざみてまきゑの方に此哥を付てなりける
あかねとも岩にぞかふる色みへぬ心をみせんよしのなければ
となんよめりける。
七十九
むかし氏の中に、みこ生れ給へりけり。御うぶ屋に人〃哥
よみけり。御おぼぢがたなりける翁のよめる。
わが門にちひろ有かげをうへつれば夏冬誰かかくれざるべき
是はさだかずのみこ。時の人中将の子となんいひけり。兄の中
なごん行平のむすめのはらなり。
八十
昔おとろへたる家に、藤の花うへたる人有けり。弥生のつごもり
に、その日雨そほぶるに、人のものとへ折て奉らすとてよめる。
古今
ぬれつゝぞしひて折つゝ年の内に春はいくかもあらじと思へば
八十一
むかし左のおほいまうち君、いまそかりけり。かも川の邊に、六
条わたりに、家をいと面白く作りて住給ひけり。神無月は
晦日がた、菊の花うつろひ盛なるに、もみぢのちくさにみゆる