いてゝ佛乃みくにゝむまれんとねか者ん人いかてか
すつとならはなをさり乃事侍へきさき乃よに
かゝる御おこなひ乃なかりけるゆへにこそかゝる
うきめを御らんつる事にて侍るらめ。といひけり。
御ともの人ゝもすかたよりハあ者れなるものいひ
かな。といひしろひまた院もあハれにおほし
めしたりさ○○。御すまゐを御らんしま者
しけれハ一まにハあミた乃三尊たてまいらせて
者なかういといみしくそなへさせたまへり。一まにハ
ふさせ給所とみえてあやしけなる御そかみ乃き
ぬなとありさうしには経乃ようもんともかゝれた
り。つくゑには経よミさしてあむめり。心おしつ
むへきふミともならひに地獄ゑなとさもとおほ
ゑ○ならへおかれたり。これを御らんつるになに
となくむかし能御あたりちかき御たから物ともに
はたとしへなきをあ者れにかなしくおほさる。
(憂き世を)
出でゝ、佛の御國に生まれんと願はん人、如何でか捨つとならば等閑の事侍べき。
先の世に係る御行ひの無かりける故にこそ、係る憂き目を御覧ずる事にて侍るらめ。」
と言ひけり。
御供の人々も、
「姿よりは、あはれなる物言ひかな。」
と言ひしろひ、また、院もあはれに思し召したり。
さて、御住まゐを御覧じまはしければ、一間には、阿弥陀の三尊たてまゐらせて、花、香いといみじく供へさせ給へり。
一間には、臥させ給所と見えて、あやしげなる御衣、紙の衣などあり。
障子には、経の要文ども書かれたり。
机には、経読みさしてあむめり。
心を鎮むべき文ども、並びに地獄絵など、然もと覚えて列べ置かれたり。
これを御覧ずるに、何となく、昔の御辺り近き御宝物どもには譬へなきを、あはれに悲しく思さる。