新古今和歌集の部屋

源氏物語 湖月抄 手習 袖ふれし人こそ

夜にあかたてまつらせ給。下らうの尼の
すこしわかきがあるめし出て、花をらすれ
  師かこちかほにと也
ば、かごとがましくちるに、いとゞにほひくれば
 手習君
  袖ふれしひとこそみえね花のかのそれか
                    三系圖に見
とにほふ春の明ぼの。おほあま君のむまご
えぬ人也
の紀守なりけるが、此ごろのぼりてきたり。
みそぢ
三十ばかりにて。かたちきよげにほこり
かなるさましたり。なにごとかこぞおとゝし
                     細尼君也
などとふに、ぼけ/"\しきさまなれば、こなた
     紀守詞    抄大尼の事をいふ也
にきて、いとこよなくこそひがみ給にけれ
あはれにも侍るかな。のこりなき御さまを、
切々見まひ申す事もなくてと也
みたてまつることかたくて、とをきほど
 
 
 
 
頭注
袖ふれし 浮舟の哥也。
うたにことなる事なし。
薫なるべし。匂にても有
べし。愚案前に小島の
色をためしに契給ひし
を、などておかしと思ひ聞えけ
んとこよなくあきにた
心ちす。はじめよりう
すきながらものどやかに
物し給ひし人は此折かの折
など思ひ出るぞこよなかり
けるとあれば薫の事可然か。
ぼけ/"\しき 大尼のぼけ
てかひなければむすめ
の方にきたる也。
のこりなき御さまを
大尼の餘命いくばく
もあらぬを紀國にほど
頭注
げだたるて見奉らぬこ
ろをいふ。
にとし月を過し侍るよ。おやたち物し給
      大尼君を父母のかはりと思しと也
はで後は、一所をこそ御かはりに思きこえ
    ひたち
侍つれ。常陸の北のかたはをとづれ聞え給
                  尼君の詞也。背信も
ふやといふは、いもうとなるべし。とし月にそ
なきと也
へては、つれ/"\にあはれなることのみまさり
てなん。ひたちはいと久しくをとづれ聞
給はざめり。えまちつけ給まじきさまに
             手習の心也。孟常陸守といふ我
なんみえ給ふとの給に、わがおやのなとあい
継父の事も思ひ給ふ也          紀守詞
なくみゝとまれるに、またいふやう、まかりの
ぼりて日ごろになり侍ぬるにおほやけごとの
いとしげく、むつかしくのみ侍にかゝづらひ
てなん。昨日もさぶらはんと思たまへしを、
 
 
頭注
ひたちの北のかたは 細花鳥
の説、浮舟の母とあり如
何。是は當時の常陸ノ守
なるべし。師紀守がいも
うとなり。手習君のま
ま母の子とにはらず。
 
えまちつけ 細大尼君のこ
との外老耄ありと也。
孟年よられたれば此
尼公は常陸の北の方を待
つけがたしと也。
 
 
むつかしくのみ侍にかゝづ
らひてなん 抄國よりの
ぼりては、日比へぬれど代
やけ事゙しげくて、是へま
頭注
いる事のをそなはりたる
事を紀伊守がいふ也。
薫の事也
右大将どのゝ、宇治におはせし御ともにつか
まつりて、故八条のすみ給し所におは
して日暮し給し。故宮の御むすめにか
      まづ 大君の事也
よひ給しを、先一ところは一とせうせ給にき。
  手習君也
その御おとうと、また忍びてすへたてまつ
         うきふね事也
り給へりけるを、こぞの春又うせ給にければ、
                     宇治のあざ
その御はてのわざせさせ給はんこと、かの寺
りの事也
のりしになんさるべきことの給はせて、なに
がしもかの女のさうぞくひとぐだりてうじ
      尼公へあつらへ付る歟 織べき物也
侍るべきを、せさせ給てんや。をらすべき物
はいそぎせさせ侍りなんといふをきくに、
手習の心也
いかでか哀ならざらん。人やあやしとみん
 
 
 
 
 
 
頭注
なにがしもかの女のさう
ぞく 紀伊守みづから
いふ詞也。女の装束は法
事の時布施の料也。
一くだりてつじ
一領調ずるなり。受領
に仰付る事也。此紀伊守
も薫の家人なるべし。
 
とつゝましうて、おくにむかひてゐ給へり。あま
   八宮也
君゙かのひじりのみこの御むすめはふたりと
     匂也         中君の事也
きゝしを、兵部卿のみやの北のかたは、いづれぞ
孟尼公の問侍れば紀伊守ありのまゝにそれ/"\とかたる也
との給へば、この大将殿゙の御のちのは、をとり
      薫のをろそかにし給ひてうせ給へるを歎給ふと也
ばらなるべし。こと/"\しくももてなし給
はざりけるを、いみじくかなしび給なり。は
                     出家
じめのはた、いみじかりき。ほど/"\すけも
                  手習の心也
し給つべかりきかしなどかたる。かのわたり
のしたしきひとなりけるとみるにも、さすが
      紀守詞  おなじやうの物と也。大君もこれも
おそろし。あやしくやうの物とかしこにてし
一樣にと也      きのふ
もうせ給けること、昨日もいとふびんに侍
しかな。川ちかき所にて水をのぞき給て
 
 
 
頭注
はじめのはたいみじかりき
宇治のあね君゙の事
をいふ。
ほど/"\すけもし給ひつべかり
殆出家。薫の出家も
し給ふべかりしとなり。
師かほるの事也。あげま
きの君に別給し時
の事をいふ也。
かのわたりのしたしき人
なりけると
薫へ紀伊守がしたし
しき人なるをむつかしく
おそろしく思ふ也。
 
 

夜に閼伽奉らせ給ふ。下臈の尼の少し若きがある、召し出でて、花
折らすれば、かごとがましく散るに、いとど匂ひ來れば、
 手習君
  袖触れし人こそ見えね花の香のそれかと匂ふ春の曙
大尼君のう孫(むまご)の紀守なりけるが、此比上りて來たり。三
十(みそぢ)ばかりにて。形姿清げに誇りかなる樣したり。
「何事か去年一昨年」などとふに、惚け惚けしき樣なれば、此方に
來て、
「いとこよなくこそ僻み給ひにけれ。哀にも侍るかな。残り無き御
樣を、見奉る事難くて、遠き程に年月を過し侍るよ。親達物し給は
で後は、一所をこそ御代はりに思ひ聞こえ侍りつれ。常陸の北の方
は、訪れ聞こえ給ふや」と言ふは、妹なるべし。
「年月に添へては、徒然に哀なる事のみ増さりてなん。常陸は、い
と久しく訪れ聞こえ給はざめり。え待ちつけ給ふまじき樣になん見
え給ふ」と宣ふに、我が親の名とあいなく耳とまれるに、また言ふ
やう、
「まかり上りて日比になり侍りぬるに、公事のいと繁く、難しくの
み侍るに、かかづらひてなん。昨日も候はんと思ひ給へしを、右大
将殿の、宇治に御座せし御供に仕りて、故八条の住み給ひし所に御
座して日暮し給ひし。故宮の御女に通ひ給ひしを、先づ一所は、一
年失せ給ひにき。その御弟、又忍びて据へ奉り給へりけるを、去年
の春又失せ給ひにければ、その御果てのわざせさせ給はん事、かの
寺の律師になんさるべき事宣はせて、某も彼の女の装束一領(ひと
ぐたり)調じ侍るべきを、せさせ給てんや。織らすべき物は、急ぎ
せさせ侍りなん」と言ふを聞くに、如何でか哀ならざらん。人やあ
やしとみんと慎ましうて、奧に向かひて居給へり。尼君、
「彼の聖の親王の御女は二人と聞きしを、兵部卿の宮の北の方は、
いづれぞ」と宣へば、
「この大将殿の御後のは、劣り腹なるべし。ことごとしくも、もて
なし給はざりけるを、いみじく悲しび給ふなり。はじめのはた、い
みじかりき。ほどほど出家(すけ)もし給つべかりきかしなど語る。
彼の辺りの親しき人なりけると見るにも、さすが恐ろし。あやしく
樣の物と、彼処にてしも失せ給ひけること、昨日もいと不便に侍り
しかな。川近き所にて、水を覗き給て
 
 
 
和歌
手習君
袖触れし人こそ見えね花の香のそれかと匂ふ春の曙
 
よみ:そでふれしひとこそみえねはなのかのそれかとにほふはるのあけぼの
 
意味:私が知っている人が、梅の香りに触れて来たかと思ったが、彼は何処にも居らず、もしかしたら来てくれたかと思ってしまった梅の香りにの満ちている春の曙であるよ
 
備考:人とは、薫なのか匂宮なのか不明。抄「薫なるべし。匂にても有べし」全集は薫としている。
本歌 
古今和歌集春歌上
                よみ人知らず
色よりも香こそあはれと思ほゆれ誰が袖触れし宿の梅ぞも
 
略語
※奥入 源氏奥入 藤原伊行
※孟 孟律抄  九条禅閣植通
※河 河海抄  四辻左大臣善成
※細 細流抄  西三条右大臣公条
※花 花鳥余情 一条禅閣兼良
※哢 哢花抄  牡丹花肖柏
※和 和秘抄  一条禅閣兼良
※明 明星抄  西三条右大臣公条
※珉 珉江入楚の一説 西三条実澄の説
※師 師(簑形如庵)の説
※拾 源注拾遺
 
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