新古今和歌集の部屋

源氏物語 湖月抄 手習 中将から「憂き物と」と逃げる浮舟

 
 
     中将のうらみて也
たるべし。いとことおほくうらみて、御こゑ
もきゝ侍らじ。たゞけぢかくてきこえん
ことを、きゝにくしともおぼしことはれと、
よろづにいひわびていと心うく、所につ
けてこそものゝ哀もまされ、あまりか
      いさめうらむる心也
かるはなどあばめつゝ
 中将
  山里のあきの夜ふかきあはれをも物思
人はおもひこそしれ。をのづから御心もかよ
             少将ノ尼の手習ノ君にいふ詞也
ひぬべきをなどあれば、あまぎみおは
せでまぎらはしきこゆべき人もはべら
ず。いとよづかぬやうならんとせむれば、
 
 
 
 
頭注
山ざとの 中将の哥也。手
習ノ君物思ふ人ながら、あ
はれをしらずがほなる
はいかゞと也。物思ふ人こそ
おもひしるべき事をと也。
落句おもしろき哥なり。
をのづから御心もかよひぬべ
き たがひに物思ひ
のある身ぞとなり。
わが物思ふ心をも思
ひしり給べきをと也。
頭注
まぎらはしきこゆべき人も このほどは尼君の返哥などし給しかばこそあれ
今はまぎるらはすもなしと也。尼君おはせねば手習のかはりに返哥せん人なきをいへり。
 手習君
  うき物と思ひもしらですぐす身を物
思人とひとはしりけり。わざといふとも
   少将尼聞てかの中将にいひつぐ也 中将の心也
なきをきゝてつたへきこゆれば、いとあはれ
と思て、なをたゞいさゝかいで給へときこえ
         少将尼左衛門などを也
うごかせど、この人々゛をわりなきまでう
      少将尼の詞也
らみ給ふ。あやしきまでつれなくぞ見え給
    孟さらば申さんとて也
やとて、いりてみれば例はかりそめにもさし
       大尼公のかたに手習のにげのがれゐ給ふ也
のぞき給はぬおい人の御かたにいり給にけ
  少将尼の心也
り。あさましう思ひてかくなんときこゆれ
  中将の少将尼にいふ詞也
ば、かゝる所にながめ給らん心の中の哀に、
おほかたの有樣などもなさけなかるまじ
頭注
うき物と 思ひはもと
よりあれば、卑下した
り。吾身はんいのわき
まへもなきと也。
身は木石のごとくして物
の哀もしらぬを人は
ものおもふと御覧ずるか
と也。
 
 
 
 
おい人の御かたに入
少将尼の返哥をいひ
つたふる間にはひかくれた
る也。
 
なさけなかるまじき人の
いとあまり思ひしらぬ人
頭注
よりもげにもとなし
物思ひをも思ひするべき
手習の君のあまりに
あべての世のなさけし
らぬ者よりまさりて
つれなくもてなし給ふ
はもしあだなる人にあひ
てもごりし給ひと人にや
と也。
き人の、いとあまり思しらぬひとよりも
げにもてなし給めるこそ。それも物ごり
し給へるか。なをいかなるさまによを恨て
いつまでおはすべき人ぞなど、有さまと
                       少将尼
ひて、いとゆかしげにのみおぼいたれど、こま
が詳細には中将にいひきかさぬと也
かなることはいかでかはいひきかせん、たゞ
尼君の也
しり聞え給べき人の、とし比はうと/\し
きやうにて過し給しを、はつせにまう
であひ給てたづね聞え給へるとぞいふ。
手習君也              大尼也
姫君゙はいとむつかしとのみきくおい人゙の
あたりに、うつぶしふしていもねられ
  大尼のさま也。前にもよひまどひする心あり
ず。よひまどひはえもいはず、おどろ/"\
 
 
 
 
 
 
頭注
こまかなる事は
此人々の用意ある也。
委細にはかたらぬ也。
しりきこえ給ふべき人の
是は尼公の知給ふ人
の疎々しきさまなり
しを、初瀬にてたづね
あひ給へりと中将にか
たる也。
              大尼の年齢にちかき心也
しきいびきしつゝ、まへにも打すがひたるあ
                孟しほらしくかけり
ま共゙ふたりふして、をとらじといびきあ
      手習君の心也
はせたり。いとおそろしうこよひこの人々゙
にやくはれなんと思も、おしからぬ身な
                  はし
れど例のこゝろよはさは、ひとつ橋あや
うがりてかへりきたりけんものゝやうにわ
        手習君のめしつかふ小童女也
びしくおぼゆ。こもきともにゐておはし
つれど、色めきて此めづらしき男のえん
だちゐたるかたにかへりいにけり。いまやくる
            こもきを草子地にいふ也
くるとまちゐ給へれど、いとはかなきたの
もし人゙なりや。中将いひわづらひてかへりに
     少将尼左衛門などの詞也
ければ、いとなさけなくむもれてもおはしま
 
 
 
 
 
頭注
ひとつ橋あやうかりて
本縁なしと也。師説
心は只身をなげんと
せし人の行道に一橋
の危を見て、道より帰り
たるといふ事也。本説た
しかならざれど心叶へ
り。可用也。同義。
 此義何の書にに見え
たるとはなし。只此心尤
かなへり。手習ノ君もす
でに身をなげんとて出
し人の、不意に命あり
て又老尼にやくは
れんとおぢたる心に
たとへり。
 

さるべし。いと言多く恨みて、
「御声も聞き侍らじ。ただ氣近くて、聞こえん事を聞き難しともお
ぼしことはれ」と、万づに言ひ詫びて、
「いと心憂く、所につけてこそ物の哀も勝れ、余りかかるは」など
あばめつつ、
 中将
  山里の秋の夜深き哀れをも物思ふ人は思ひこそ知れ
自づから御心も通ひぬべきを」などあれば、
「尼君、御座せで紛らはし聞こゆべき人も侍らず。いと世づかぬや
うならん」とせむれば、
 手習君
  うき物と思ひも知らで過ぐす身を物思人と人は知りけり
わざと言ふともなきを聞きて、伝へ聞こゆれば、いとあはれと思て、
「なをただ聊か、出で給へ」と聞こえ動かせど、この人々を、わり
無きまで恨み給ふ。
「あやしきまで、連れ無くぞ見え給ふや」とて、入りて見れば、例
は仮初めにも、さし覗きき給はぬ、老い人の御方に入り給ひにけり。
あさましう思ひて、かくなんと聞こゆれば、
「かかる所にながめ給ふらん心の中の哀に、大方の有樣なども、情
け無かるまじき人の、いとあまり思ひ知らぬ人より、もげにもてな
し給ふめるこそ。それも物ごりし給へるか。猶、如何なる樣に世を
恨みて、いつまで御座すべき人ぞ」など、有樣問ひて、いとゆかし
げにのみおぼいたれど、細かなる事は、いかでかは言ひ聞かせん、
ただ、
「知り聞え給べき人の、年比は、うとうとしきやうにて、過し給ひ
しを、初瀬に詣であひ給ひて、尋ね聞え給へる」とぞ言ふ。姫君は、
いと難しとのみ聞く老い人の辺りに、打つぶし臥して、いも寝られ
ず。宵惑ひは、えも言はず、おどろおどろしき鼾しつつ、前
も打すがひたる尼ども二人臥して、劣らじと鼾合はせたり。
いと恐ろしう、今宵この人々にや食はれなんと思ふも、惜し
からぬ身なれど例の心弱さは、一つ橋危うがりて帰り來たり
けん者のやうに、侘びしく覚ゆ。こもき供に居て御座しつれ
ど、色めきて、この珍しき艶だち居たる方に帰り去にけ
り。今や來る來ると待ち居給へれど、いと儚き頼もし人なり
や。中将、言ひ煩ひて帰りにければ、
「いと情けなく埋もれても御座しま
 
 
和歌
中将
山里の秋の夜深き哀れをも物思ふ人は思ひこそ知れ
 
よみ:やまざとのあきのよふかきわはれをもものおもふひとはおもひこそしれ
 
意味:山里の秋の夜深き侘しさを、物思いに耽っている人なら、お分かりになり、私と自づから通じ合えると思うのですが。
 
 
浮舟
うき物と思ひも知らで過ぐす身を物思人と人は知りけり
 
よみ:うきものとおもひもしらですぐすみをものおもふひととひとはしりけり
 
意味:世の中が憂き物だと言う思いも知らないで過ごしている私を、風流にも物思いに耽っていると人は勘違いしているのでしょう。
 
略語
※奥入 源氏奥入 藤原伊行
※孟 孟律抄  九条禅閣植通
※河 河海抄  四辻左大臣善成
※細 細流抄  西三条右大臣公条
※花 花鳥余情 一条禅閣兼良
※哢 哢花抄  牡丹花肖柏
※和 和秘抄  一条禅閣兼良
※明 明星抄  西三条右大臣公条
※珉 珉江入楚の一説 西三条実澄の説
※師 師(簑形如庵)の説
※拾 源注拾遺
 
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