
いの
ろづに思給へてこそ、仏にも祈り聞こえつれ
と、ふしまろびつゝ、いといみじげに思給へ
細尤哀也。孟実母ならでもかやうに歎き給ふにと也
るにも、まことのおやのやがてからもなき
面白書やう也
物と思まどひ給けんほど、をしはからるぞ、ま
手習君の心中也
づいとかなしかりける。れいのいらへもせで
そむきゐ給るさま、いとわかくうつくしげ
細尼君の詞也
なれば、いとものはかなくぞおはしける。つら
き御心なれと、なく/\御ぞのことなど
いそぎ給。にび色はてなれにしことなれば、
孟小袿 孟袈裟
こうちぎけさなどしたり。ある人々も、か
かる色をぬひきせたてまつるにつけても、
人々のいふ也
いとおぼえず。うれしき山里゙のひかりと明
頭注
仏にもいのり 孟初瀬に
も浮舟の御祈のために
まいりしと也。
いと物はかなくぞおはし
けるつらき御心なれどな
くなく御ぞのことなど
師物はかなき御心とは
いひながらも、出家の御
ぞなどのよういする
となり。

くれみたてまつりつる物を、くちおしきわざ
孟仰条に尼になし給ひしと也
かなと、あたらしがりつゝ、僧都をうらみそ
女一宮也
しりけり。一品宮の御なやみ、げに彼でしの
僧都の修注に験どもあるさま也
いひしもしるく、いちじるきことどもあり
て、をこたらせ給にければ、いよ/\いとた
うときものにいひのゝしる。なごりもおそろ
僧都の也
しとて、御ず法のべさせ給へば、とみにもえ
かへりいらでさぶらひ給に、雨などふり
孟夜居の僧として験者を
て、しめやかなる夜めして、よゐにさぶらは
二間にをかると也 困
せ給。日ごろいたくさぶらひごうじたる人
はみなやすみなどして、御前に人ずくな
にて、ちかくおきたる人すくなきおりに、
頭注
げに彼でしのいひしもしる
く 三僧都ならでは法
験あらじと弟子どもの
いひしごとくと也。愚案前
に下す法師の猶僧都ま
いらせ給はではしるしなし
とてきのふ二たび三たび
めし侍しなどいひし事
なるべし。
名残もおそろしとて御ず法
のべさせ給ふ 僧都の法験は
あれど猶御物のけの名残
やあらんとて御修法を
のべおこなはせ給ふと也。
日ごろいたくさぶらひこう
じたる人は 孟一品宮の
御煩に終夜有し人の
御験なればやすむ也。

細中宮と一品の宮と也 細中宮の御詞也
おなじ御帳におはしまして昔よりたのませ
給中にも、このたびなんいよ/\後の世もか
くこそはと、たのもしきことまさりぬるなど
細僧都の詞
の給はす。世中に久しく侍るまじきさまに
佛などもをしへたまへること共゙侍るうちに、
ことしらいねん過しがたきやうになん侍け
れば、ほとけをまぎれなく念じつとめ侍ら
孟山籠を仰せふよりて退出と也
んとて、ふかくこもり侍るを、かゝる仰ごとにて、
中宮のの給ふ
まかりいで侍にしなどけいし給ふ。御ものゝ
なるべし●
けのしうねきこと、さま/"\になのるがおそ
ろしきことなどの給ついでに、いとあやし
細希有。師まれなる事也。僧の詞也
くけうのことをなんみ給へし。此三月に
頭注
いよ/\のちの世もかぐこ
そと 師正津の現世の
祈念のたふときに末來
もたのもしとおぼしめす
との心也。
いとあやしう 師僧都
うきふねをみつけし
時の事をかたり給へり。

おい はゝ ぐはん
年老て侍る母の願有て、はつせにまうでゝ
侍し。かへさの中やどりに、宇治゙の院といひ
侍る所にまかりやどりしを、かくのごと、ひ
とすまでとしへぬる、大なる所は、よからぬ
はうざ
物かならずかよひすみて、をもき病者のた
めあしきことどもやと、思給へしもしるく
とて、かのみつけたりし、こと共゙をかたり聞え
中宮詞
給。げにいとめづらかなること哉とて、ちかくさ
ぶらふ人々゙みなねいりたるを、おそろしくお
薫也
ぼされて、おどろかさせ給。大将のかたらひ給、
哢うちとけてねざめしなるべし 中宮のお
宰相のきゝしも、このことをきゝけり。おどろ
こさせ給ふ人々はよくねいりてきがさりしと也
かさせ給人々゙は、なにともきかず、そうづ
頭注
かの見つけたりしこと
共を 孟手習君見つ
けしこと此巻の始に
かきしかばこゝにかゝず
妙也。哢
(万)づに思ひ給へてこそ、仏にも祈り聞こえつれ」と、伏し転
(まろ)びつつ、いといみじげに思ひ給へるにも、真の親の、やが
て骸も無き物と思ひ惑ひ給けん程、推し量らるぞ、先づいと悲しか
りける。例の答へもせで背き居給る樣、いと若く美しげなれば、
「いと物儚くぞ御座しける。辛き御心なれ」と、泣く泣くなく御衣
の事など急ぎぎ給ふ。鈍び色は、手慣れにし事なれば、小袿袈裟な
どしたり。ある人々も、かかる色を縫ひ着せ奉るにつけても、
「いと覚えず。嬉しき山里の光と明け暮れ見奉りつる物を、口惜し
きわざかな」と、惜らしがりつつ、僧都を恨み誹りけり。
きわざかな」と、惜らしがりつつ、僧都を恨み誹りけり。
一品宮の御悩み、げに彼の弟子の言ひしもしるく、著じるき事ども
ありて、をこたらせ給ひにければ、いよいよいと尊きものに言ひの
のしる。名残も恐ろしとて、御修法延べさせ給へば、とみにもえ帰
り入らで候ひ給ふに、雨など降りて、しめやかなる夜召して、夜居
に候はせ給ふ。日比いたく候ひ困(こう)じたる人は皆休みなどし
て、御前に人少なにて、近く起きたる人少なき折に、同じ御帳に御
座しまして、
座しまして、
「昔より、頼ませ給ふ中にも、この度なんいよいよ後の世もかくこ
そはと、頼もしき事勝りぬる」など宣はす。
「世の中に久しく侍るまじき樣に、佛なども教へ給へる事ども侍る
内に、今年来年、過し難きやうになん侍りければ、佛を紛れなく念
じ勤め侍らんとて、深く籠り侍るを、かかる仰せ事にて、まかり出
で侍りにし」など啓し給ふ。御物の怪の執念(しふね)き事、樣々
に名乗るが恐ろしき事など宣ふ序でに、
「いとあやしく、希有の事をなん見給へし。この三月に年老ひて侍
る母の願有りて、初瀬に詣でて侍りし。帰さの中、宿りに、宇治の
る母の願有りて、初瀬に詣でて侍りし。帰さの中、宿りに、宇治の
院と言ひ侍る所にまかり宿りしを、かくのごと、人住まで年經ぬる、
大なる所は、良からぬ物必ず通ひ住みて、重き病者(はうざ)の為、
悪しき事どもやと、思ひ給へしも知るく」とて、彼の見付けたりし、
事どもを語り聞え給ふ。げにいと珍らかなる事哉とて、近く候ふ人々
皆寝入りたるを、恐ろしく思ぼされて、驚かさせ給ふ。大将の語ら
ひ給ふ、宰相の聞きしも、この事を聞きけり。驚かさせ給ふ人々は、
何とも聞かず、僧都
※
略語
※奥入 源氏奥入 藤原伊行
※孟 孟律抄 九条禅閣植通
※河 河海抄 四辻左大臣善成
※細 細流抄 西三条右大臣公条
※花 花鳥余情 一条禅閣兼良
※哢 哢花抄 牡丹花肖柏
※和 和秘抄 一条禅閣兼良
※明 明星抄 西三条右大臣公条
※珉 珉江入楚の一説 西三条実澄の説
※師 師(簑形如庵)の説
※拾 源注拾遺
