クリスがいなくなって、数週間もすると、クラスの皆は平常を取り戻したようだった。しかし僕の心にはポッカリ穴が空いたままだ。
使う者を失った机と椅子だけが、クリスの存在を微かに感じせせてくれていた。
クリスはとうしているんだろう?
そんな気持ちで過ごしていたある日、またうちのクラスに転校生がやって来た。
大阪からやって来た、その転校生は身長も大きかったが横にもデカかった。いわゆるデブというやつだ。そのデブは、カラダがデカいが、見るからに小心者な印象だ。
先生は大きな文字で彼の名前を黒板に書いた。
高木 一
「今日から、このクラスで一緒に勉強することになった高木一(タカキハジメ)君です」
僕は、まだ一言も会話を交わしてないこの高木君が嫌いだった。
それは・・・
微かにクリスを感じさせてくれていたあの席に、高木君が座ることになるだろうことを予想していたからだ。
何も知らない高木君は、照れた笑みを浮かべながら、その席に腰を落とし、隣の僕に「よろしくね」とぎこちなく言った。
僕にとっては、クリスの想い出が、彼の体重で押しつぶされた瞬間だった。
そんな気持ちが、そうさせたのかは定かではないが、僕は休み時間に、黒板に書かれた、「高木」と「一」の間に、カタカナで「ブ」と書き込んだ。
それから、彼はクラスのみんなから「ブー」と呼ばれるようになった。
転校して来てまもなく、ブーはその見かけと、小心者ということで、イジメの対象になった。この時はまだ、今ほどイジメにたいして敏感な時代ではなかった。
その当時、東京では野球と言えば巨人。ゴールデンタイムには毎晩テレビで巨人の試合が放映されていた。少年たちは皆ジャイアンツの帽子をかぶり、ジャイアンツの勝利に一喜一憂の毎日だった。誰もが王や長島に憧れていた。
そんな時代に、ブーは阪神タイガースの帽子をかぶって登校して来ていたことも、イジメられる要因だったのかもしれない。
そんなある日、ブーの父ちゃんが無職という噂が広がった。
今なら、無職も珍しくはないが、当時、日本は高度成長の時代、仕事がないなんてことは考えられなかった。
僕はブーに、「お前の父ちゃん、無職なんだってな」とストレートに言ってやった。
ブーは少し考えて・・・
「ちゃうよ」と小さな声で応えた。
「じゃ、何してんだよ?」
その問いに、ブーは驚くべき答えを返してきた。
「サンタクロース」
あまりの意外な答えに一瞬言葉を失った。
「ばっかじゃね~の、こいつ! サンタクロースなんていないよ」と僕が言うと、ブーは「じゃ、プレゼントいらんのか?」と言った。
「いや、プレゼントは欲しいけど・・・」
実際には、僕はサンタクロースの存在を半信半疑に思っていた。
半信半疑のサンタクロースだったが、僕はひそかに野球盤をお願いしていた。この頃ちょうど「消える魔球」の機能がついた野球盤が発売されたのだ。
「信じてへん人には、サンタはんは来ないよ」
ブーの言葉が心にひっかかった。
そして迎えたクリスマス・イブの夜。
はたして、サンタクロースは本当にいるのだろうか? そしてクリスマス・プレゼントは届くのか?
僕は必死に眠い目をこすりながら、布団の中で息をこらし、サンタクロースを待ち構えていた。
しかし、いつの間にか眠りについてしまい、目が覚めた時には枕元にプレゼントが。
しかし、そのプレゼントはあまりにも小さかった。どう見ても野球盤ではないことは、箱を開けなくても明らかだ。
箱の中から出て来たモノは、カルタだった・・・
カルタかぁ~ 野球盤とはほど遠いよな~ ブーに優しくしなかったから、野球盤来なかったのかな?
そんなことを考えていたら、ブーにはどんなプレゼントが届いたのかが無性に気になり始めた。
僕はブーに電話をして、何をもらったか聞いてみた。
ブーは、「見に来る?」と言った。
何をもらったかすごく気になった僕は、すぐにブーの家に向った。
「おいブー、何をもらったんだ?」僕は、顔を見るなり、そう問いかけた。
「これや」ブーが自慢げな顔で指差したモノは・・・
なんと、僕の欲しかった野球盤じゃないか!
しかし、その野球盤は僕の知っているモノとはちょっと違っていた。
なんと、その野球盤にはラッキーゾーンがついていたのだ!
こ、これは、甲子園球場!
野球と言えば、ジャイアンツの時代、阪神タイガースのホームグランドである甲子園球場の野球盤なんて・・・
「これは父ちゃんの手作りや」
ブーが誇らしげに言った。
その完成度の高さに僕は思わず、こう言った!
「ブー、お前の父ちゃん、本当にサンタクロースだな!」
僕とブーは早速、その野球盤でゲームを楽しんだ。もちろん僕がジャイアンツで、ブーがタイガース(笑)
消える魔球はついてなかったけど、そんなのは全然気にならなかった。夢中で何度も何度も試合を繰り返した。
あまりにも熱中し過ぎて、さすがに疲れて来たので、ちょっと恥ずかしかったけど、僕は「カルタでもしない?」って言ってみた。
ブーは「サンタはんにカルタもらったんだ。カルタもええね!」って。
その言葉を聞いて、僕のプレゼントも悪くないかと思えた。
そして、ブーの大きなカラダが、ポッカリ空いてしまった心の穴を塞いでくれたようにも感じた。
今思えば、ブーのその優しさが、僕にとって本当のクリスマス・プレゼントだったのかもしれない。
その日以来、僕とブーはクラスで一番の友達になったのは言うまでもない。
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使う者を失った机と椅子だけが、クリスの存在を微かに感じせせてくれていた。
クリスはとうしているんだろう?
そんな気持ちで過ごしていたある日、またうちのクラスに転校生がやって来た。
大阪からやって来た、その転校生は身長も大きかったが横にもデカかった。いわゆるデブというやつだ。そのデブは、カラダがデカいが、見るからに小心者な印象だ。
先生は大きな文字で彼の名前を黒板に書いた。
高木 一
「今日から、このクラスで一緒に勉強することになった高木一(タカキハジメ)君です」
僕は、まだ一言も会話を交わしてないこの高木君が嫌いだった。
それは・・・
微かにクリスを感じさせてくれていたあの席に、高木君が座ることになるだろうことを予想していたからだ。
何も知らない高木君は、照れた笑みを浮かべながら、その席に腰を落とし、隣の僕に「よろしくね」とぎこちなく言った。
僕にとっては、クリスの想い出が、彼の体重で押しつぶされた瞬間だった。
そんな気持ちが、そうさせたのかは定かではないが、僕は休み時間に、黒板に書かれた、「高木」と「一」の間に、カタカナで「ブ」と書き込んだ。
それから、彼はクラスのみんなから「ブー」と呼ばれるようになった。
転校して来てまもなく、ブーはその見かけと、小心者ということで、イジメの対象になった。この時はまだ、今ほどイジメにたいして敏感な時代ではなかった。
その当時、東京では野球と言えば巨人。ゴールデンタイムには毎晩テレビで巨人の試合が放映されていた。少年たちは皆ジャイアンツの帽子をかぶり、ジャイアンツの勝利に一喜一憂の毎日だった。誰もが王や長島に憧れていた。
そんな時代に、ブーは阪神タイガースの帽子をかぶって登校して来ていたことも、イジメられる要因だったのかもしれない。
そんなある日、ブーの父ちゃんが無職という噂が広がった。
今なら、無職も珍しくはないが、当時、日本は高度成長の時代、仕事がないなんてことは考えられなかった。
僕はブーに、「お前の父ちゃん、無職なんだってな」とストレートに言ってやった。
ブーは少し考えて・・・
「ちゃうよ」と小さな声で応えた。
「じゃ、何してんだよ?」
その問いに、ブーは驚くべき答えを返してきた。
「サンタクロース」
あまりの意外な答えに一瞬言葉を失った。
「ばっかじゃね~の、こいつ! サンタクロースなんていないよ」と僕が言うと、ブーは「じゃ、プレゼントいらんのか?」と言った。
「いや、プレゼントは欲しいけど・・・」
実際には、僕はサンタクロースの存在を半信半疑に思っていた。
半信半疑のサンタクロースだったが、僕はひそかに野球盤をお願いしていた。この頃ちょうど「消える魔球」の機能がついた野球盤が発売されたのだ。
「信じてへん人には、サンタはんは来ないよ」
ブーの言葉が心にひっかかった。
そして迎えたクリスマス・イブの夜。
はたして、サンタクロースは本当にいるのだろうか? そしてクリスマス・プレゼントは届くのか?
僕は必死に眠い目をこすりながら、布団の中で息をこらし、サンタクロースを待ち構えていた。
しかし、いつの間にか眠りについてしまい、目が覚めた時には枕元にプレゼントが。
しかし、そのプレゼントはあまりにも小さかった。どう見ても野球盤ではないことは、箱を開けなくても明らかだ。
箱の中から出て来たモノは、カルタだった・・・
カルタかぁ~ 野球盤とはほど遠いよな~ ブーに優しくしなかったから、野球盤来なかったのかな?
そんなことを考えていたら、ブーにはどんなプレゼントが届いたのかが無性に気になり始めた。
僕はブーに電話をして、何をもらったか聞いてみた。
ブーは、「見に来る?」と言った。
何をもらったかすごく気になった僕は、すぐにブーの家に向った。
「おいブー、何をもらったんだ?」僕は、顔を見るなり、そう問いかけた。
「これや」ブーが自慢げな顔で指差したモノは・・・
なんと、僕の欲しかった野球盤じゃないか!
しかし、その野球盤は僕の知っているモノとはちょっと違っていた。
なんと、その野球盤にはラッキーゾーンがついていたのだ!
こ、これは、甲子園球場!
野球と言えば、ジャイアンツの時代、阪神タイガースのホームグランドである甲子園球場の野球盤なんて・・・
「これは父ちゃんの手作りや」
ブーが誇らしげに言った。
その完成度の高さに僕は思わず、こう言った!
「ブー、お前の父ちゃん、本当にサンタクロースだな!」
僕とブーは早速、その野球盤でゲームを楽しんだ。もちろん僕がジャイアンツで、ブーがタイガース(笑)
消える魔球はついてなかったけど、そんなのは全然気にならなかった。夢中で何度も何度も試合を繰り返した。
あまりにも熱中し過ぎて、さすがに疲れて来たので、ちょっと恥ずかしかったけど、僕は「カルタでもしない?」って言ってみた。
ブーは「サンタはんにカルタもらったんだ。カルタもええね!」って。
その言葉を聞いて、僕のプレゼントも悪くないかと思えた。
そして、ブーの大きなカラダが、ポッカリ空いてしまった心の穴を塞いでくれたようにも感じた。
今思えば、ブーのその優しさが、僕にとって本当のクリスマス・プレゼントだったのかもしれない。
その日以来、僕とブーはクラスで一番の友達になったのは言うまでもない。
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