珈琲一杯分の話

2018年2月26日スタートのただのボヤキカフェです。
毒とユーモアを楽しんで頂ければ幸いでございます。

学校事情22

2021-04-29 | コロナ騒動
高校に進学しても子供へのマスク強制は変わらない。
が、娘いわく「マスクしていない子もたまにはいる」というので、一筋の光を覚えて学校にマスク事情を電話で問うてみた。

「父兄の者ですが、学校はマスクが強制なんでしょうか?中学の時は体育の時間までマスクで走らされたんです。まさかとは思いますが、高校に行ってまで、先生から指導をもって強制されるのか心配でございまして…」
「はい、あのそういう指導はしております。まだよくわからないウイルスですから」
「よくわからない?(判で押したようなことを言いやがって( ̄∀ ̄;))DNAの配列もペーパー上は明かされていますし、データならもうウンザリするほど事細かく取れたじゃないですか?これ以上何がわからないんですか?十代で誰が重症化して誰が亡くなりましたか?」
と言いたいのを吞み込んで、一体彼らはどこから指示されているのか、率直に訊いてみたら「県の教育委員会」だと言われた。
じゃあ教育委員会の電話番号を教えてくださいと言ったら、そこの保健の担当窓口を教えてくれたので、次は教育委員会に電話してみた。
祭日だったけど、そちらも担当者が在席で電話がつながった。

事情を話して、ストレートに問うてみる。
「中学では子供たちは体育の時間までマスクで走らせられていました。高校でもそのように指導されているのでしょうか?」
「はい、あの運動についてですが、マスクして息苦しいようでしたら、それは無理しないでという形で…」
「運動ですよ(笑)マスクして息苦しくない人なんていますか?(笑)」
「えっと、じゃあ運動中は外していいとして、先生とミーティングなどする時はして頂く形で…」
あくまでマスク着用を頑張る。
「あの、ウイルスって電子顕微鏡でしか見えないサイズですよね?マスクの繊維の穴で防げますか、ふつう?」
「……………」
「朝から日が暮れるまで、健康な子供にマスクさせて、無菌室でもあるまいし雑菌だらけになって、免疫が落ちて、肌荒れして、脳に酸素がいかなくなって、よほど健康被害ですよね?子供たちの保健の専門家なら当然そんなことわかっておられると思いますが」
「……………」
「子供たちが、自分が勉強を教わる立場の、敬わなければならない大人たちにぐるりと囲まれて強要されたら、逆らえない立場になってしまうのもわかると思います」
「……………」
「子供の教育に携わるプロとして、子供たちが可哀そうだと思いませんか?」
「……………」

そして一体、学校にそんな指導をする教育委員会はどこからの指示なんですか?と聞いたら文部科学省からのマニュアルだと言われた。
それは「学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル」及び「保健管理に関する学校の新しい生活様式」というものだそうで、詳しくは、初等中等教育局保険教育食育という担当部署に問い合わせてくださいと、内線番号を含む電話番号を教えてもらった。

今日はここまで。
言われたマニュアルは文部科学省のホームページで目を通すことができたので、明日にでも幾つかのツッコみをしようかなあと考えている。
彼らは全部解っていて、こんな非科学的なことをやっているのだ。
一体この上の指示はどこからなんだろう?
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信じること18

2021-04-29 | S教団関係
ちょっと前までは「人混みを避けて、遊ぶなら公園に行きましょう」とか「こまめな換気」何とか言っていた気がするけど、最近は、アウトドアもダメ、キャンプもダメ、外で飲むのもダメ。
何言ってるのよ、ひたすらステイホームよ、ステイホーム!!ハウスッ!!!となっている。
このままだと、ステイホームしながらマスク会食しないと罪悪感と恐怖で成仏もできないね(笑)

「もっと気をひきしめなければ!!まだ始まったばかりだ…」
やってろと言うしかない( ̄∀ ̄;)

Sアンチの口癖。
最初は幸せになるための手段だった活動が、いつの間にか活動自体が目的になっていた。
誰だって、入信したその日からバリ活だったわけじゃない。
だんだんとハードルが挙げられて慣らされいくうちに、それが当たり前になって、次から次と打ち出される活動に忙殺されて、気がついたら家庭も趣味も健康も忘れて毎日深夜まで活動していた。
そんなことが決して楽しいはずはないのに、ちょっと休んだら、魔に付け入れられるとか不幸になるとか、罪悪感と不安で落ち着かない。
でもまわりの誰もそれを「頭オカシイ」とは言わなかった。
逆に「良識的」と信頼されて、そこまでやらない人が身勝手で信頼できない人に見えた。
根幹に毎日、毎日煽られるように聞かされる「これは絶対に正しい」という信じ切った思いがあったから…

そして気づいた時に、何度も何度も言う。
「魔」なんてどこにいたの?誰が証明したの?
全部デタラメだった。私は幻想を信じていた。
家庭や趣味を犠牲にすることが正しいはずがない。
彼らの目的は全然別にあった。
私がつぎ込んだお金も労力も、自分たちの利権のためだった。
でも信じ込んでいた時は、冷静になれずに周りが見えなくなっていた。
騙し方も見事だったし、皆が正しいと言っていたし、あんないい人も信じていたし、全然胡散臭くなかったし、何しろ世界182ヵ国だったし…

いやー、今の騒動とソックリすぎて言葉が出ない。
でも同じには思えないのが「信じる」ということ。
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