先日、学校にマスク着用を推奨(実質、強制)するガイドラインを作った文部科学省の職員と、直接話すことができた。
この貴重な内容を共有すべく、内線番号を教えてくれた県の教育委員会に電話した。
「先日はありがとうございました。そういうわけで無事、マニュアルを作成した職員の方と直接話して、真意を聞くことができました。本当はこういうことはあなた方にやって頂きたかったんですが、誰もやって下さらないので私が代わりに訊いたまでです」
「はい、そうなんですね…」
「で、文部科学省が言うには、マスクは強制ではなく、打ち出されたガイドラインはあくまで参考にして、現場で判断して頂きたいと言ってましたよ。決して一方的な命令を押し付けて、これに従わなければ圧力をかけるなんてことはありません。そんなことをしたら犯罪です」
「そうですね…」
「でも現場で、先生の采配で判断なんて言っても、先生たちはやらないと思います。自分で判断したら自分で責任を取らなきゃいけないからです。もはや先生たちは、クラスターか熱中症かどっちの責任もとるのが怖くて、『生徒の判断に任せます』と言って、判断も責任も生徒に押し付けるしかないんです。
生徒は同調圧力に逆らえず、結局マスクを外せない。それで何かあったら『学校は強制はしていなかった』と逃げるんです。そして誰にも責任はない。コロナが悪い、こんな時代の悲劇だと、天災みたいにして終わらせる。この構図です。
いいですか?この構図をやめて頂きたいんです」
「はい…」
「冷静に考えて、こんな夏日に屋外でノーマスクでいたからって誰が風邪をひくっていうんですか?
運動会の練習をマスクしてやらす学校がまともですか?いつの間にかこんなことすら、もうマニュアルがないと解らなくなってしまったんですか?」
「はい…」
私も言っていて嫌になってきた。
こんなバカバカしい会話をしなければならない世の中を憂う。
ともかく最後は「お願いします」を連呼して電話を切った。
こんなことをしても、自己満足で終わってしまうのかもしれない。
でも私は後出しジャンケンをしたくないのである。
後になればなるほど「ワタシはあの時からオカシイと思っていた」「NOと言っていればよかった」になるのが厄介だからである。
「言っても組織なんて何も変わらない」というけど、いやいや、何より自分の感情が変わるんだよね。
言わなかったために、自分の不満や文句がその時の何十倍にもなって、延々と栄養満点のトグロを巻く。
それは嫌だ。