釣船 開進丸(鯛ラバ、ジギング、一つテンヤ)

釣れる日もあれば、釣れない日もある。楽しかったり、悔しかったり「船釣り」の一時を過ごしてみませんか。

3月2日 大切な思い出

2020年03月03日 | 日記
私が、彼と出会ったのは40年以上前になる。

「都井岬に釣りに行こうか」

当時の先輩に誘われて、初めて都井岬に釣りに行った。

その時に乗船した船が「室丸」だった。

室丸の船長も私も若くて、怖い者知らずの処も少しあった。

荒崎に都井にと、多いときは毎週のように通った。


今では「室さん」と、気軽に呼び合える仲間であり大切な友である。


その室さんが、昨年末に体調を崩して緊急入院。 

釣り仲間から知らせを聞いて、すぐに自宅に電話。

運良く、奥さんが出られた。

すぐに見舞いに行きたかったが、手術後の体調のことを考えて年明けまで待った。

年が明けて、正月が過ぎ「もう良いだろう」と、室さん宅に電話して見舞いに行った。

彼の顔を見たときは、嬉しくて、ホッとした。

顔を見るまで「どうしているだろう」「元気に話ができるだろうか」と、心配ばかりしていた。

室さんの顔を見て「心配したど」と、声を掛けて、がっちりと握手。

握手した手に、室さんの暖かさと力強さが伝わってきた。

嬉しかった。





室丸の話になると、室さんが寂しそうに「瀬渡しをやめることにした…」と、話し始めた。

もしかしたらと思っていたが、私も寂しかった。

この船で、どれだけの釣果を上げさせてもらったか。

大黒、コシカケ西と東、中ノ瀬、荒崎0番、二番、三番、トセンベ等々

大切にしていた思い出が、一度にワッと出てきた。

「大切なお客様の命を守ることが難しいと思う」と、寂しそうに語る。

「がんばろうや」とは、言えなかった。


「船に乗りたくなったら、俺の船に遊びに来てよ。一緒に海に出ようや」

と、返したら「もちろん行くよ」と、笑顔で返事が返ってきた。

室丸の次の船長も、決まっている。

懐かしの「室丸」は、いつでも都井の海を走っている。

室さんと「室丸」の思い出は、一度では書ききれない。


室さんの元気回復を祝して、明日まで、都井の釣り話を少し書いてみたい。