独立行政法人 理化学研究所 の プレスリリースより
- ティコの超新星の残骸をX線天文衛星「すざく」で精密観測 -
平成20年9月11日
◇ポイント◇
生活に不可欠なクロム、マンガンの生成現場を核融合暴走型超新星と特定
ドップラー観測により超新星爆発の3次元構造がタマネギ状と発見
核融合暴走型の超新星爆発を理解する手がかりに
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、デンマークの著名な天文学者ティコ・ブラーエ(Tycho Brahe)が1572年にカシオペア座で発見した超新星「SN1572;通称、ティコの超新星」の残骸から、鉄との合金に重要なレアメタル※1であるクロム※2、マンガン※2の生産現場を発見しました。わが国5番目のX線天文衛星「すざく」※3を活用してティコの超新星の残骸をX線で精密に観測したところ、電離した鉄の出す強いシグナルに加え、クロム、マンガンが発する微弱なX線のシグナルを検出し、核融合暴走型の超新星爆発がその生成現場であることを初めて特定しました。理研基幹研究所牧島宇宙放射線研究室(牧島一夫主任研究員)の玉川徹専任研究員らの研究グループ※4の成果です。
クロムとマンガンは、ステンレスやフェロマンガンといった鉄との合金を作る重要なレアメタルとして、現代社会に欠かせない元素です。これらのレアメタルは、宇宙では鉄の100分の1ほどしか存在しない微量な元素ですが、超新星爆発の温度や物質密度によって生成量が敏感に変わるので、星の爆発メカニズムを知るために最も重要な元素だと考えられています。研究グループは、これまでの観測衛星より優れた感度を持つ測定器を備えたX線天文衛星「すざく」でティコの超新星の残骸を観測し、クロム、マンガンの発するX線シグナルの検出に成功、爆発時の燃焼に衝撃波が関与していたことを示唆する結果を得ました。
さらに、残骸中に存在する、電離したケイ素、硫黄、アルゴン、鉄から発せられるX線の強いシグナルを詳細に観測したところ、超新星爆発の2次元的な広がりだけでなく、奥行き方向の構造を測定することに成功しました。星が爆発したときに生成された元素がどのように分布しているか、その立体構造を明らかにしたのは世界で初めてのことです。最新の3次元シミュレーション研究では、爆発の過程で生成された元素は混ざり合うことが予想されていましたが、研究グループが得た立体構造は、生成された元素は混ざらずに、中心から外側に向かって、元素の重さの順に層を構成している「まん丸なタマネギ構造」という極めてシンプルなものでした。今後の超新星爆発のシミュレーション研究に重要な方針を示唆します。
本研究成果は、9月11日(木)から9月13日(土)に岡山理科大学で開催する日本天文学会で発表します。
1. 背景
星は、その一生の最後に、超新星と呼ばれる大爆発を起こして宇宙に飛び散ります。ビッグバンにより137億年前に宇宙ができた当初、この世界には水素とヘリウムしかありませんでした。私たちの身の回りにある元素の大半は、星の内部の核融合で作られ、さらに超新星爆発の際、激しい合成や分解の過程を経て宇宙空間に飛び散り、長い年月をかけて現在の姿になったと考えられています。超新星爆発は、いわば、宇宙における錬金術師です。
超新星爆発の痕跡は、爆発後1,000年から10,000年の間、超新星の残骸としてX線などで観測することができます。超新星の残骸を観測することによって、あたかも広がった花火の色や形が、元の火薬の種類や詰め方を反映しているように、爆発した瞬間の元素の種類や分布の情報を得ることができます。
研究グループは、これまでの衛星より優れた感度を持つ、日本のX線天文衛星「すざく」に搭載した高感度X線CCDカメラを用いて、カシオペア座にある「ティコの超新星」と呼ばれる天体の残骸を観測しました。この超新星は1572年に突如現れ、宇宙は安定の象徴と考えていた当時の人々を驚かせました。最初に報告したのは、デンマークの著名な天文学者ティコ・ブラーエ(Tycho Brahe)で、肉眼による観測ながら、明るさの変化が詳細に記録された世界で初めての超新星となりました。この星の残骸は、現在でもX線放射を極めて明るく観測できる天体として知られています(図1)。今回の「すざく」のデータは、2006年6月27~30日のX線観測によって取得したものです。その結果の重要性から、2008年8月4日~8日には、さらに時間を伸ばした詳細な観測を行っています。
「ティコの超新星」のようなタイプの爆発(核融合暴走型(Ia型)の超新星爆発※5)は、宇宙全体の超新星爆発の、おおよそ3分の1を占めます。このタイプの超新星爆発は、宇宙に存在する鉄の大半を生成していることが知られており、宇宙の進化を知る上で欠かすことができない現象です。さらに重要なのは、このタイプの超新星爆発は、宇宙の膨張、すなわちダークエネルギー※6の量を知るための灯台(標準光源)として利用されていることです。しかし、その爆発メカニズムは誰も解明しておらず、詳細な研究を行うことは、私たちの宇宙の理解を変える可能性を秘めています。
2. 研究手法と成果
研究グループは「ティコの超新星」の残骸から、電離した鉄の強いシグナルに加え、レアメタルであるクロムとマンガンが発する鉄の50分の1程度の微弱なX線のシグナルを検出することに成功しました(図2)。核融合暴走型の超新星爆発では、その内部が50億℃以上もの高温になるので、鉄とともにクロムやマンガンが生成されることは理論的に予測されていましたが、実際にその生成現場が核融合暴走型の超新星爆発だと特定されたのは、初めてのことです。
クロムとマンガンは、日本で国家備蓄が義務づけられているレアメタル7種(ニッケル、クロム、タングステン、モリブデン、コバルト、マンガン、バナジウム)のうちの2つです。鉄にクロムやニッケルを加えると、ステンレスと呼ばれる、さびない優れた素材となりますが、包丁などの刃物としては切れ味が悪くなります。逆にマンガンを加えると鉄の硬度があがるので「焼き入れ※7」が効果的になり、硬くて切れ味の良い刃物となります。鉄をしなやかにするクロムと、鉄を硬くするマンガンは、鉄に大きく依存した私たちの産業や生活を支える重要な元素です。
今回の観測では、クロムとマンガンの生成現場を宇宙で初めて特定しただけでなく、その生成量も測定しました。レアメタルという名にたがわず、鉄に比べて圧倒的に生成量が少なく、その生成量は爆発の温度や物質密度に大きく依存するため、超新星内部を調べる手段として観測が待ち望まれていました。ティコの超新星でのクロムとマンガンの2種類のレアメタルの生成量は、鉄の約50分の1で、爆発の理論モデルから予想される値に極めて近いことがわかります(図3)。
このように、現代社会で鉄を助ける脇役として活躍しているクロムとマンガンが、宇宙において、私たちが超新星爆発を知るための主役として活躍しているのです。ちなみに地球上では、私たちが採掘できるクロムやマンガンの量は、鉄の何1,000分の1しかありません。それに比べると「ティコの超新星」での生成量は多く、宇宙では、もはやレアメタルをレア(希少)と呼ぶことは正しくないのかもしれません。
さらに、超新星爆発により生成されたケイ素、硫黄、アルゴン、鉄が発する強いシグナルを詳細に調べたところ、立体的にどのように元素が分布しているのか、3次元構造を初めて明らかにすることができました。
通常の観測では、図1のように、正面から見た写真を撮ることは可能ですが、奥行き方向にどのように残骸が広がっているか、確認する手段はありませんでした。今回はドップラー効果※8により、元素が奥行き方向にどのような速度で飛んでいるかを測定することで、その立体構造を暴き出すことができました(図4)。その結果、超新星残骸の中心から外に向け、重い元素から軽い元素の順で、きれいなタマネギ状をしていることが判明しました(図5)。
この結果は、最近の3次元シミュレーション研究で示されているような、爆発の時に生成された元素が、複雑に混ざり合うという描像を否定しており、きわめてシンプルな爆発であったことを初めて示しました。
これまで核融合暴走型の超新星爆発は、通常の物質が燃えるような「遅い燃焼」により爆発すると考えられていました。しかし、今回のX線解析によるクロムとマンガンの鉄に対する生成量の違いから、さらに、衝撃波による「速い燃焼」が加わっていたことがわかりました。きれいなタマネギ状の立体構造の解明は、その燃焼過程では物質がかき混ぜられないという結果を導き出したもので、これらは、今後の3次元シミュレーション研究に大きな制限となります。
3. 今後の期待
今回の研究は、「ティコの超新星」の残骸がX線で極めて明るかったこと、プラズマの温度が重い元素であるクロムやマンガンを輝かせるのに十分に高かったこと、「すざく」衛星の感度が優れていたことなどが幸いしました。燃焼方法や立体構造を明らかにすることで、理論シミュレーションが不十分であることを示したわけですが、今後は、さらに細かい立体構造を観測し、ほかの多くの超新星残骸で同様の研究を行うことで、核融合暴走型の超新星爆発を完全に理解していく考えです。ティコの弟子でドイツの著名な天文学者ヨハネス=ケプラー(Johannes Kepler)が1604年に発見した「ケプラーの超新星」の残骸などが、次の重要なターゲットです。
さらに、私たちが生存する銀河系の内部だけでなく、近くの銀河である大マゼラン星雲、小マゼラン星雲にある残骸も重要です。マゼラン星雲は、私たちの銀河と違って、水素やヘリウムに比べ重い元素の量が少なく(つまり進化の速度が遅く)、太古の宇宙環境を維持していると考えられています。このような場所での超新星爆発を調べることは、遠方宇宙(つまり昔の宇宙)を知ることにつながります。マゼラン星雲は遠いので「すざく」衛星ではX線観測が難しいのですが、現在打ち上げ計画が進められている次世代X線天文衛星ASTRO-Hに搭載される、よりエネルギー分解能の高い装置を用いると、同じような研究ができると期待されます。太古の宇宙でも超新星爆発が同じような振る舞いをしているのか、それを観測から確立したいと考えています。
これは、直接関係ないけど、興味深いですわ。