今日は朝から曇で時々は晴れ間も見えましたが、なんとも湿度が高くて…一日中80%以上はあったでしょうか。だから蒸し暑くて不快指数の高いこと!
さて、昨日はM俳句教室、兼題は〝星月夜〟でした。本当はこれは先月の兼題だったのですが、コロナで会場が使えなくなって中止、それで持ち越しになったものなんです。
この季語を、星と月が出ている夜だと思う人が初心者には多いですね。今回はよく説明しておきましたので、そういう間違いの句はありませんでした。
「星月夜」というのは、月のない夜空が星明りで月夜のように明るいことをいうのですが、昔ならいざ知らず現代の電化生活ではこんな夜空を見ることは滅多にないでしょう。特に都会ではね。だから高い山の全く明りのない頂上近くの小屋やテントなどで体験するぐらいでしょうか。そういえば私はヒマラヤ・トレッキングに行ったとき、4000メートル近くのタンボチェから見た星空はまさしくこの星月夜でしたよ。
豪雨止み山の裏まで星月夜
この句の作者は、山岳俳人で有名な岡田日郎(おかだ にちお)。本名は岡田晃、1932年東京生まれ。福田蓼汀(ふくだりょうてい)の「山火」に投句、1951年より同編集人。蓼汀の没後、1990年より「山火」主宰を継承。1993年、句集『連嶺』で第32回俳人協会賞。山岳俳句を多く詠み、『山の俳句歳時記』などの著作もある。(Wikipediaより)
次の写真は、俳人協会の俳句カレンダー(平成23年8月)に載った日郎氏の書かれた色紙。その下は、俳句文学館発行の新聞に載ったこの句の解説文です。
「庚申山・庚申山荘。日本百名山中もっとも手こずったのは皇海山である」と作者の『自疏句集山』にある。
皇海(すかい)山登頂は、3度までも天候の急変等により阻まれる。昭和63年、4度目の挑戦。山荘の夕べは、凄まじい豪雨に見舞われた。しかし夜半に目覚め外に出た作者の頭上には、満天の星が清らかに輝いていた。
皇海山登山の前山である庚申山は、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』の奇々怪々な一舞台でもある。
山小屋の屋根を打つ激しい雨音、窓ガラスを叩く雨しぶき、豪雨は時には山崩れを引き起こし、人を死に陥れることもある自然の猛威である。しかし一方では、あらゆるものを浄化する大いなる力ともいえる。
掲句の魅力は「山の裏まで」という表現の圧倒的な存在感であろう。岳人の孤独な魂は「地球」という星の運行と天空の星の運行とをひたと見届けた。稜線を煌めきつつ昇ってきた星は、作者に啓示を与えた。
直視・直観・直叙に基づきながらも、悲しいまでに美しい宇宙の真理を捉えた。透徹した山岳美の世界である。(乘田眞紀子)
ちなみに、皇海山は栃木県日光市と群馬県沼田市との境界にある山で、足尾山地に属し、標高2,144m。日本百名山の一つです。
今回の最高点句は、〈明日登る槍の山影星月夜〉でした。〝これは創作かしらね〟と言うと、〝いいえ、本当に登りました〟と作者。〝エエッ、いつ?〟〝昔、若いときに…〟なんですって。やっぱり…作者のTさんがこの教室で一番若いんですが、そういってももうお孫さんがいる年ですものね。
この句はこれでいいとは思うのですが、登るとあれば槍だけで分かるでしょうからできれば山影を削りたい。またこのままでは中七から下五へのリズムがちょっと息苦しいでしょう。そこで〈明日登る槍前方に星月夜〉としました。
皆さんも2ヶ月ぶりの教室で生き生きとして、やっぱり俳句は〝連座の文芸〟ですね。こういうのは充実感があって、疲れても快いものですよ。皆さんもいかがですか。( ^_^)
星月夜 深い意味も知りませんでした
ただ この時期に皆さんが歌われる「里の秋」 これは海沼実さんが終戦直後 NHKから復員兵を励ます歌をと依頼され急遽 以前知り合った斎藤信夫さんの歌詞 昭和16年のものですが 童謡に軍国主義も交えた詩に これだと決めたのです
タイトルが「星月夜」でした
その部分だけ改訂させて 出来上がったのが「里の秋」 すぐ放送させたのが20年12月24日 その反響がものすごかったとあります
品川駅で復員兵を迎える時に西六郷少年合唱団が歌ったともあります
すみません 星月夜 に惹かれて(笑)
コメントありがとうございます。
知りませんでした。あの有名な童謡の「里の秋」の前の題名が「星月夜」だったなんて。
この綺麗な星月夜という題が戦争を鼓舞する歌だったとは驚きですね。
調べてみると、1,2番の歌詞はそのままで、3,4番に子どもたちを戦争へ掻き立てるような歌詞でした。それを3番だけ変えて復員兵を迎える歌詞に変っていました。
NHK始まって以来のヒットだったようですね。
この里の秋の歌詞もメロディーも、日本人のいわゆる原点への懐古とそれをしのぶ哀愁とが満ちあふれたものでしょう。
こんな詩を聞いたら兵隊さんが里心を起こして、戦意を失うだろうからと曲としては実現しなかったんですって。
さもありなんですね。
こんな貴重な話を教えていただいて、本当に有難うございました。
すご~い。ちあきさんは本格的な山ガールでしたのね~
星月夜の意味・知りませんでした(汗) またひとつ勉強になりました。
やっぱり、遮るものがない、山なら星月夜ですね。
添削後の句、スッキリしましたが、原句を書いた方も素晴らしいです。
のびたさんの、コメントも勉強になりました。
「里の秋」にそのような意味があったとは@@
そうなんですよ。昔の学生時代は〝山ガール〟、結婚してからは〝山おばさん〟…ヒマラヤに行ったのは退職してからだから、〝山おばあ〟かしらね。(^0^)
今はもう膝がダメになって…眺めるだけの〝山〟になってしまいました。悔しいけど…仕方がないです。
ミルクさんはオカリナ再開しましたか?何でも一旦中断すると元のリズムに戻すのが大変ですよね。だから継続するというのが一番いいんでしょうけど…
童謡の〝里の秋〟のこと、知っている人は少ないでしょうね。
いろいろ教えて頂けてアリガタイですね。
師匠が本格的な山ガールだったとは驚愕。
山はいいですよね。最後に登ったのは標高標高2,462mの火打山。
日本海から佐渡まで一望。
<這松に憩ひ遥けき雲の峰>
当時は俳句とは無縁でした。
田舎なので、今宵の月明かりは映えます。
<ほしづくよ一筆書の里の山>
最後に。。
愛犬を悼み桜ももみづるか ちわき
まことに、ありがとうございます。
このような素晴らしい句で愛犬”らら”も送られて幸せです。
ちと泣きました。
今日は家人も留守なので、またうんと泣きました。
おやすみなさいませ。
新潟県には行ったことがないんですよ。佐渡島に一度は行きたいと言いながら実現できないままに来ています。
火打山からの日本海や佐渡の一望は素晴らしいでしょうね。
〈荒海や佐渡に横たふ天の川〉
ご存じかも知れませんが、この句は新潟県出雲崎で、7月7日の句会の発句として芭蕉が詠んだもの。
しかし、この時は終日雨模様で、夜にはいっそう風雨が激しくなったとか。
また、夏の日本海は穏やかで波も静か、天の川が最も輝くのは佐渡島と反対の方角であるなどと研究者は唱えているとも。
ということは、この風景は虚構に近いものということになりますね。
これが俳句というものですが、でも土台はしっかりあるんですよ。
故に何処へ行っても、どんなものでもしっかり見て味わっておくこと。それが後々生きてきますから。
<這松に憩ひ遥けき雲の峰>
だから、信州人さんが俳句をやっていなくても、当時山に登って実感したことでしょうからいいのですよ。
俳句的に言えば、「雲の峰」なんだから〈遙けき〉は要らないでしょう。
この句は中七までをひとまとめにして切れなくてはいけませんから、考えてみましょう。
<ほしづくよ一筆書の里の山>
ウウ~いいとこまで行ってるんだけど…惜しい!中七が言い足りてないかな。もう一歩…考えて見て!
愛犬は〝らら〟というんですか。じゃあ…ららちやんをになりますね。ウン、ららちゃんは雄?だったらららくんですね。
でも、知らない人には人間かと思うかも。でもいいんですよ。こういう句は分かるもの同志のやりとりですからね。
今日は一人ですか?なら俳句にどっぷり浸かるには絶好のとき…ららちゃんを偲んでどうぞ!