ひまわり
夏の朝大ひまわりの蕊(しべ)ひかる いがぐり頭が汗噴くごとく
葱坊主のうす皮ごしに花の見ゆ はちきれそうな少女のふともも
山吹(やまぶき)色のむすめの着物干しおれば母の箪笥(たんす)とおなじ香のする
珈琲を淹れてもいれても色の出ぬ夢に起きだす秋冷えの朝
結納にひと日限りの夫婦なり十年前に別れし人と
正月に皿鉢(さわち)を食べに来てくれと言われたる子に高知が近づく
皿鉢=高知の名物料理
ここに来て触れよとばかり光りいるアキノエノコロ種落ちやすし
秋の蚊はこめかみと手の四箇所を刺して今宵もわが部屋に生(い)く
手に残るアカイエ蚊の漿(しょう)液を真夜(まよ)に洗いつ冷たき水に
公園のひまわりの蕊に爪たてて盗人(ぬすっと)のごとく種はがしゆく
晩秋に肋(あばら)のごとき雲うかぶ つね痩せていし父のその胸
トラクターに掘り起こされし広き野にひまわりの茎あちこち刺さる
熟柿(じゅくし)
金泥(きんでい)の海のごとくに照り返す凍(い)てし朝(あした)の路面の雪は
熱き湯に雪の塊(かたまり)入れくれし母若かりき そとは雪ふる
冬の朝触れしノートは冷え切りてたちまち指の熱の奪わる
屋上に発声練習せし朝は「ア・エ・イ・ウ・エ・オ・ア・オ」空にぶつけて
冬空を噴き上げいたる水ふいに止(や)みて一気にわれも落ちゆく
その記憶われにあらねど子はここを叩(はた)かれたると指差して言う
今日ひとに触るることなき手のひらに湯に浮く柚子を握りしめたり
くずれたる熟柿(じゅくし)に蜂のうごく見ゆ 夭折(ようせつ)知らせる手紙がとどく
寒き夜(よ)は祈るかたちに手を組みぬ十本の指ひったりつけて
火の見えぬファン・ヒーターに暖をとる輪郭のなき冬のいちにち
山ざくら
ぷっくりと空気をはらむ葱の葉が春の畑を一面おおう
そのうろこ螺鈿(らでん)のごとく光りいて春のくちなわ道に死におり
螺鈿=貝の真珠色の部分を漆器にはめ込んだ飾り
くちなわ=蛇
雀は鵯(ひよ)と交わることのあらざるや鵯の木のあり雀の木あり
鵯=ヒヨドリ
白髪のなびくがごとく風にのり吉野の谷にさくら散りゆく
弁当の煮しめに降りくる山ざくら雀の色に染まりてゆけり
前登志夫のうたに誘われ来し吉野 十日前にはここに在(いま)せり
2008年4月5日逝去
菜の花は莟(つぼみ)切られて並び立つ首級(しるし)とられし戦士のごとく
絵の隅にくれないのすじ過(よ)ぎりいるムンクの鮮血(あらち)を塗りこめたるか
大鰺(おおあじ)の腸(わた)を抜かむとわが指がやわきに触れて一瞬ひるむ
ブルマーの脚に包帯巻かれおり痣(あざ)をかくしし十五歳(じゅうご)の写真
くふくふと体(からだ)の奥にひそみいる甘えたかりし幼きわれが
球形の薊(あざみ)のつぼみ棘(とげ)立ちてゆうべの風を傷(いた)めつけおり
マンガーノの映画観し夜(よ)のバスタブに扁(ひら)たきわれが浮かびていたり
マンガーノ=イタリアのグラマラス女優
茗荷(みょうが)の芽が幟(のぼり)のごとく突き立てる朝(あした)アドレス一つ削除す
言い返すまえに勝負はついており入道雲を見ずに夏逝(ゆ)く
ふいごのように
黒土よりチューリップの芽でて来たりひな鳥が餌(え)を欲(ほ)るくちに似て
八年間ひとり暮らししアパートを去りぎわ娘はカメラに納む
子のかたえ今日より眠るひとのいる 春の夜道を帰り来たりぬ
水切りの石は水面(みなも)を跳ねてのち沈みゆきたり五月の沼に
緑濃き人参の葉はジオラマの森のごとくに畑をおおう
ジオラマ=実際の風景に似せて小型模型を配したもの
たんぽぽの綿毛に変わる瞬間を見たことはなし 老眼すすむ
新しき姓にて届くカーネーション何かが違う今年の赤は
子はみんなそうだと言いてくれしこと われと夫の子にあらねども
子のためとアイスクリームの天麩羅(てんぷら)に醤油かけやる母なりしわれは
泣きたきを我慢するときわが胸はふいごのようにふくらみちぢむ
ふいご=足で踏むなどして風を押し出すもの
一日を咳して終わるゆうぐれは声を持たざる蟻(あり)を見ており
ジューン・ブライド
亡き母の帯のからだに馴染(なじ)みおりジューン・ブライドの母なりわれは
色白の子のなお白きおしろいを塗りてふっくら笑(え)まいつつ来る
水引を髪につけたる巫女(みこ)のあと一団となり黙(もだ)しつつゆく
ひと呼吸おきて斎主(さいしゅ)の読み継げる姓の違(たが)える父と母の名
高き音たててルージュの転がれり玉串をもつ巫女のかたえに
わが犬の最期を看取(みと)りくれし義姉(あね) 襁褓(むつき)あてしと声を詰まらす
襁褓=おむつ
「おばちゃん」と今なお呼びてくるる人 十一年の間(ま)に三児の母なり
中学の恩師のスピーチ続きおり「イベントになると燃える子でした」
ふるさとの鰹のたたき配りゆく婿は襷(たすき)をきりりと掛けて
わが詠みし歌の飾られたる横に高知の母の布の蝉とまる
里芋の煮っころがしの弁当の礼を娘は泣きながら言う
点滴を受けて臨(のぞ)みし結婚式とどこおりなくすべて終わりぬ
夏の朝大ひまわりの蕊(しべ)ひかる いがぐり頭が汗噴くごとく
葱坊主のうす皮ごしに花の見ゆ はちきれそうな少女のふともも
山吹(やまぶき)色のむすめの着物干しおれば母の箪笥(たんす)とおなじ香のする
珈琲を淹れてもいれても色の出ぬ夢に起きだす秋冷えの朝
結納にひと日限りの夫婦なり十年前に別れし人と
正月に皿鉢(さわち)を食べに来てくれと言われたる子に高知が近づく
皿鉢=高知の名物料理
ここに来て触れよとばかり光りいるアキノエノコロ種落ちやすし
秋の蚊はこめかみと手の四箇所を刺して今宵もわが部屋に生(い)く
手に残るアカイエ蚊の漿(しょう)液を真夜(まよ)に洗いつ冷たき水に
公園のひまわりの蕊に爪たてて盗人(ぬすっと)のごとく種はがしゆく
晩秋に肋(あばら)のごとき雲うかぶ つね痩せていし父のその胸
トラクターに掘り起こされし広き野にひまわりの茎あちこち刺さる
熟柿(じゅくし)
金泥(きんでい)の海のごとくに照り返す凍(い)てし朝(あした)の路面の雪は
熱き湯に雪の塊(かたまり)入れくれし母若かりき そとは雪ふる
冬の朝触れしノートは冷え切りてたちまち指の熱の奪わる
屋上に発声練習せし朝は「ア・エ・イ・ウ・エ・オ・ア・オ」空にぶつけて
冬空を噴き上げいたる水ふいに止(や)みて一気にわれも落ちゆく
その記憶われにあらねど子はここを叩(はた)かれたると指差して言う
今日ひとに触るることなき手のひらに湯に浮く柚子を握りしめたり
くずれたる熟柿(じゅくし)に蜂のうごく見ゆ 夭折(ようせつ)知らせる手紙がとどく
寒き夜(よ)は祈るかたちに手を組みぬ十本の指ひったりつけて
火の見えぬファン・ヒーターに暖をとる輪郭のなき冬のいちにち
山ざくら
ぷっくりと空気をはらむ葱の葉が春の畑を一面おおう
そのうろこ螺鈿(らでん)のごとく光りいて春のくちなわ道に死におり
螺鈿=貝の真珠色の部分を漆器にはめ込んだ飾り
くちなわ=蛇
雀は鵯(ひよ)と交わることのあらざるや鵯の木のあり雀の木あり
鵯=ヒヨドリ
白髪のなびくがごとく風にのり吉野の谷にさくら散りゆく
弁当の煮しめに降りくる山ざくら雀の色に染まりてゆけり
前登志夫のうたに誘われ来し吉野 十日前にはここに在(いま)せり
2008年4月5日逝去
菜の花は莟(つぼみ)切られて並び立つ首級(しるし)とられし戦士のごとく
絵の隅にくれないのすじ過(よ)ぎりいるムンクの鮮血(あらち)を塗りこめたるか
大鰺(おおあじ)の腸(わた)を抜かむとわが指がやわきに触れて一瞬ひるむ
ブルマーの脚に包帯巻かれおり痣(あざ)をかくしし十五歳(じゅうご)の写真
くふくふと体(からだ)の奥にひそみいる甘えたかりし幼きわれが
球形の薊(あざみ)のつぼみ棘(とげ)立ちてゆうべの風を傷(いた)めつけおり
マンガーノの映画観し夜(よ)のバスタブに扁(ひら)たきわれが浮かびていたり
マンガーノ=イタリアのグラマラス女優
茗荷(みょうが)の芽が幟(のぼり)のごとく突き立てる朝(あした)アドレス一つ削除す
言い返すまえに勝負はついており入道雲を見ずに夏逝(ゆ)く
ふいごのように
黒土よりチューリップの芽でて来たりひな鳥が餌(え)を欲(ほ)るくちに似て
八年間ひとり暮らししアパートを去りぎわ娘はカメラに納む
子のかたえ今日より眠るひとのいる 春の夜道を帰り来たりぬ
水切りの石は水面(みなも)を跳ねてのち沈みゆきたり五月の沼に
緑濃き人参の葉はジオラマの森のごとくに畑をおおう
ジオラマ=実際の風景に似せて小型模型を配したもの
たんぽぽの綿毛に変わる瞬間を見たことはなし 老眼すすむ
新しき姓にて届くカーネーション何かが違う今年の赤は
子はみんなそうだと言いてくれしこと われと夫の子にあらねども
子のためとアイスクリームの天麩羅(てんぷら)に醤油かけやる母なりしわれは
泣きたきを我慢するときわが胸はふいごのようにふくらみちぢむ
ふいご=足で踏むなどして風を押し出すもの
一日を咳して終わるゆうぐれは声を持たざる蟻(あり)を見ており
ジューン・ブライド
亡き母の帯のからだに馴染(なじ)みおりジューン・ブライドの母なりわれは
色白の子のなお白きおしろいを塗りてふっくら笑(え)まいつつ来る
水引を髪につけたる巫女(みこ)のあと一団となり黙(もだ)しつつゆく
ひと呼吸おきて斎主(さいしゅ)の読み継げる姓の違(たが)える父と母の名
高き音たててルージュの転がれり玉串をもつ巫女のかたえに
わが犬の最期を看取(みと)りくれし義姉(あね) 襁褓(むつき)あてしと声を詰まらす
襁褓=おむつ
「おばちゃん」と今なお呼びてくるる人 十一年の間(ま)に三児の母なり
中学の恩師のスピーチ続きおり「イベントになると燃える子でした」
ふるさとの鰹のたたき配りゆく婿は襷(たすき)をきりりと掛けて
わが詠みし歌の飾られたる横に高知の母の布の蝉とまる
里芋の煮っころがしの弁当の礼を娘は泣きながら言う
点滴を受けて臨(のぞ)みし結婚式とどこおりなくすべて終わりぬ