B型ゲンゴロウのブログ

見たまま、感じるまま、想うままに岐阜から発信するゲンゴロウの日記

岐阜市初音町 魚半食堂

2019年05月08日 | 食べ歩き・グルメ

 

戦後まもなく開業して74年

魚半食堂さん

(うおはんしょくどう)

先日ロードバイクできた日は休業日だったんで

日を改めてランニングで参上

訪店は3年ぶりかな





お母さんと手伝いに来てる娘さんで切り盛りされてます


 

 

 



筆で綺麗に書かれたメニュー表が芸術品のよう

 


 

 

 

 

 

カツ丼 650円

ここのカツ丼は唯一無二のオリジナルソースが特徴

トマトケチャップベースの洋風なソース



 

他のお客さんがいなかったのでいろいろお話できました

明治生まれの先代が岐阜空襲のあと

空襲をまぬがれて残った家(この地)に店を構えたのが始まり

この建物は80年は経ってる

それまで勤めていた洋食の店から名前を分けてもらったのが魚半の起源

当時は「ぎょはん」と言ってたらしく

今でも古い常連さんはそう呼ぶそうです

嫁いで50年

出前が多くて自転車の横に台車がついた

サイドカーみたいなので配達していた

当時の岐阜県庁(今のメディアコスモス)・鶯谷中高・銀行

この辺に数軒あった製本屋さん(今はない)とか

とにかく出前が忙しかったそうです

この界隈でも飲食店が増えたけど

今ではほとんど廃業された

 

いつまで続けられるか思案しながら今日に至ると

今でも創業当時の「おかもち」を現役で使ってるそうで

わざわざ出して見せてくれました


 

 



 すごいお宝だ!

( ゚Д゚)

ドエライものを見せてもらってるんじゃないの


昭和二十四年七月調とある

釘で直しながら使い込まれてます

これを見た大工さんが言ったそう

立派な板木が使ってあるって

当時の墨で書かれた文字がくっきり健在であることに驚きです

字も美しい

 

 

出前の品が5品ちょうど入る

今でも平日の昼は常連さんの出前注文が入るそう






もうひとつ


この立方体形したおかもちも現役だそう


ガムテープで何度も補強されてます

当時の2局8562番の電話番号

下4桁は今も同じだって




「いろいろ長い話しちゃってごめんなさいね」

やさしいお顔のお母さん

娘さんもそっくりで笑顔がステキです


「こちらこそ貴重なお話聞かせてもらって、

お宝まで見せていただいてありがとうございます」


昔を懐かしんで素敵な話を聞かせていただけました

いい時間でした

 

 

 

明治生まれの創業者が洋食出身だからこその

オリジナルソースなんですね

表の看板にはちゃんと「和洋食」ってかいてある

 


 もっと通いたいとしみじみ思った次第で

カタカナの洋食メニューをぜんぶ食べてみたい

 

 

 

 

 

 

 


 

ランニングしてゴールが魚半食堂でした

 



金公園のなんじゃもんじゃが満開で



 



なぜに?

 

ほじってもないのに

突然鼻血が吹き出して意気消沈

タオルで鼻を押さえながら

とぼとぼと

岐阜駅まで歩いて

バスで帰ったとさ

 

 

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