『リンゴ』、と言っても野鳥の餌にしているりんごではない。
餌のりんごを見て、ご主人様は『リンゴ』という題名の曲を思い出した。
知る人ぞ知る、吉田拓郎の『リンゴ』だ。
なつかしくなって拓郎のレコードをかけ出した。
拓郎のライブを最初に見たのは高校生の頃。
まだ、メジャーになる前だったが、ギター一本であそこまでやるのは、衝撃的だった。
拓郎の虜になりレコードを集め出した。
ギターを弾いたりもした。
詩の意味などどうでもよかった。
皆と一緒にのっていたかった。
ただそれだけだった。
当時は当然のごとく髪は長髪。
今の容姿からは絶対に想像できない。
大学に入り、レイバンのサングラスをかけ、長髪にトレンチコート、ヒールの高い靴を履いて渋谷を歩いている時のことだった。
急に後ろから腕をつかまれた。
「ねえ、お茶のみに行かない?」
声をかけられたご主人様は、一呼吸おいてから振り返った。
「おめー、なんかようか」
振り返ったご主人様のあごには立派な髭が生えていた。
声をかけた相手は、腰を引いて逃げ出したのは言うまでもない。
あれから30年近くたった。
今、スピーカーからは『やっと気づいて』が流れている。
ご主人様はバーボンを飲みながらポツリと言った。
「やっと詩の意味がわかってきたような気がする」
・・・・と。