数年振りに、妻と連れ立って娘の運動会に行った。京王線で高尾山まで行き、そこからスクールバス。15台ほ どのバスが循環しているので殆ど待つことはない。このキャンパスに来るのは2度目。八王子の丘陵地帯にあるグランドは色づいた広葉樹に囲まれている。太陽に照らされていれば色づき始めた紅葉が輝いていたのだろうが、この日は生憎の曇天。そして、午後には雨に変わった。
明るい女子高生達。きっと恵まれた家庭に育ち、大方の生徒は不自由のない生活をしてきたのだろう。この日の行事を精一杯楽しんでいる。
仲間に溶け込めてなさそうな少女が目に入った。少女が気になって何度となく目が行った。そして、運動会の山場、卒業してゆく三年生の最後の演技、「荒城の月」が始まる前に雨が本格的に降り出し、グランドが雨に光り初めた。演技の仕度をしていたその生徒のところに、顔も体型もそっくりで親子に間違いない母親らしき女性が近づいて、スカートを直し扇子をしっかりと手に持たせていた。傘で娘を庇いながら、「風邪をひかないように。頑張ってね。」。遠くにいる二人の会話は聞こえない。でも、口の動きと親子の交わす目線から、それがはっきりと聞こえた。集合に少し遅れてしまったその少女は、母の傘の中から雨の中に飛び出し、集合場所の仲間のところに向って思い切り走って行った。やがて、少女の姿は集団の中に吸い込まれ分からなくなった。でも、母はずっと娘の姿を追い、じっと見つめている。母の明るい黄色の傘は雨雲に映えるので、きっと遠くの娘にも母が見える。その母と娘の光景が何となく悲しくて、切なく思えた。
大人の仲間入りする少女達が雨の中で舞う。今日まで立派に育ててくれた両親に、恩師に、感謝して舞う。そして、間もなくひとり立ちしてゆく娘を育ててきた苦労や喜びが、思い出となって母の目に滲んだ。