郡保家の一日

極く有りふれた家庭です。その生活の一端を記録していきたいと思います。

雨上がる、オリンピック開催都市・東京に

2013年09月08日 | 日記
 雨が昼ころ上がり、洗濯をしました。TVでは56年ぶりに東京でオリンピックが開催されることが決まり、そのニュースばかりです。カウントダウンをしていたので朝5時きっかりに発表かと思いきや、20分ほどセレモニーがあり、ロゲIOC会長が会場にゆっくり出てきて運ばれてきた大きな封筒を徐〔おもむろ〕に開け、カードを出し、2020年開催都市は東京と読み上げ、カードを観客席の方に見せた。フェンシングの太田選手が感激で泣いていたのが印象的だった。
 今日の夕食は、
















◆秋鮭の塩麹焼き ◆かぼちゃサラダ ◆キャベツの生姜酢 ◆味噌汁 ◆ご飯
     1964年
 私は何をしていたのであろう。19歳である。おぼろげながらある記憶は神戸・摂津本山のJR線路沿いの兄のアパートでほんの少しTVで東京オリンピックを見た。大学1年生であり、中間試験が終わりホッとして県庁に勤めていた兄の所にでも遊びに行っていたのかも知れない。姉たちも同じアパートの別の部屋に住んでいた。おんぼろアパートだったが、神戸淡路大震災で潰れまでは建っていた。その後、その跡を電車で通ってもどうなっているのか分らない。3年生の時に友達と東京オリンピック会場の国立陸上競技場に行ったが、何の感慨も湧かなかったし、代々木だったのか、霞ヶ丘だったのかも定かではない。帰りは東京から新大阪まで新幹線・こだまに乗った。往きは夜行列車で小田原で下り、ライオン歯磨(株)の小田原工場を見学させてもらった。

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